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冬、フリーゲームフェスタ。
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とうとう当日になってしまった。
「そういえば叶にはなんて言ってるの? サークルの事、言われた通り何も言ってないけど」
「フリーゲームフェスタが始まったらメールに完成品を直接添付する手筈になってます」
叶はおそらくSNSアカウントを持っているだろう。界隈内の小さな炎上だが、おそらく把握しているに違いない。
だからブラックボックスのままプレイしてもらう。スタート画面のタイトルでバレるかもしれないが、少なくともそこでプレイをやめることはないだろう。
人間の好奇心とは面白いもので、やばいものほど見ずにはいられない。例え、その後、自分が後悔したとしても。
「あ、始まったわ」
入場ができるようになり、アバターがわらわらと「ドリームスピカ」のサークルスペースに沸いてくる。特にコメントが来たりはない。どうやらみんなダウンロードだけが目的のようだ。まあ掲示板のコメント機能は閉じたし、半匿名のアバターでアンチ行動などできないという心理があるからかもしれないが。
「ダウンロードはそこそこされてるみたい」
「ですね、最速プレイは三時間後くらいでしょうか」
時刻は午前十時、昼過ぎには第一陣がSNSに沸いてくるだろう。叶は……わからない。個人として他のサークルも回っているか、既にプレイしてくれているか。今日はとても楽しみにしてくれていたようで「絶対部屋に入って来ないでね!」と念を押されてしまった。
そして、吉川。染衣はどうしても彼のことが気になっていた。
アップロード先の「フリーゲーム放流場」というサイトのカウンターは回り続けているようで、更新ボタンを押すたびに、数字は上がり、ランキングは現在一位。炎上効果がここまでとは。
しかし叶に響かなければ意味がないのだ。その他大勢に響いても、これは叶のための物語であって他の人間宛に書いたものではない。
「あら?」
ふたりで会場画面とカウンターを眺めていると、家の固定電話が鳴った。
「ごめんなさい、ちょっと出るわ」
「ああ、どうぞ」
どうせあと数時間は動きはないはずだ。桃華は急いでリビングの電話の前に立つと受話器を取った。固定電話って久しぶりに見たな。
「ええ、え、ええ!? わかった、会社すぐ行くわ!」
慌てた様子で桃華は電話を切ると、テレビの横に置いてあった茶封筒を持ち、こちらを向いた。
「ごめんなさい染衣さん! パパがすぐに会社に来てって! 会議の書類忘れたからすぐって!」
「えっ」
「ごめんなさい! 留守にするわ! 叶がいるから大丈夫よね!」
嵐のように桃華はリビングにかかっているアウターを引っ掴み家を出る。余程急ぎのようで、すぐに下の道路から車のエンジン音が聞こえてきた。
「信頼されすぎだろ……」
これが危ない人間だったら通帳なりなんなり盗まれるぞ。そういうことは考えないのだろうか。まあいくら社長の自宅だろうが、何か盗む気も起きない。大体自分の家に欲しいと言えば用意できるからだ。こっちは甘やかされて育ったひとり息子のボンボンだぞ。と誰にも誇れないことを誇ってみる。
それから数時間が経った。桃華が帰ってこない。車で行ったはずなのだが何かトラブルに巻き込まれたのだろうか。気になったので楓の方にメッセージを送ったらそもそも会社がここからかなり遠いところにあるのと、渋滞に巻き込まれてるかもしれないということだった。
暇なのでずっとノートパソコンの画面を見ている。カウンターは四桁まで行った。そろそろクリア者が出ても良い頃だが。
でも叶と吉川以外から感想とかいらないしな。そう思ったところにブラウザからメールを受信したことが通知される。なんだろう。
確認しようとした時だった。
がしゃん、と目の前に何か硬いものが跳ねた。銀色の、ノートパソコン?
飛んできた方を見ると、車椅子の叶がこちらを睨みつけていた。
「なに、これ」
彼の目には涙が浮かんでいた。
「そういえば叶にはなんて言ってるの? サークルの事、言われた通り何も言ってないけど」
「フリーゲームフェスタが始まったらメールに完成品を直接添付する手筈になってます」
叶はおそらくSNSアカウントを持っているだろう。界隈内の小さな炎上だが、おそらく把握しているに違いない。
だからブラックボックスのままプレイしてもらう。スタート画面のタイトルでバレるかもしれないが、少なくともそこでプレイをやめることはないだろう。
人間の好奇心とは面白いもので、やばいものほど見ずにはいられない。例え、その後、自分が後悔したとしても。
「あ、始まったわ」
入場ができるようになり、アバターがわらわらと「ドリームスピカ」のサークルスペースに沸いてくる。特にコメントが来たりはない。どうやらみんなダウンロードだけが目的のようだ。まあ掲示板のコメント機能は閉じたし、半匿名のアバターでアンチ行動などできないという心理があるからかもしれないが。
「ダウンロードはそこそこされてるみたい」
「ですね、最速プレイは三時間後くらいでしょうか」
時刻は午前十時、昼過ぎには第一陣がSNSに沸いてくるだろう。叶は……わからない。個人として他のサークルも回っているか、既にプレイしてくれているか。今日はとても楽しみにしてくれていたようで「絶対部屋に入って来ないでね!」と念を押されてしまった。
そして、吉川。染衣はどうしても彼のことが気になっていた。
アップロード先の「フリーゲーム放流場」というサイトのカウンターは回り続けているようで、更新ボタンを押すたびに、数字は上がり、ランキングは現在一位。炎上効果がここまでとは。
しかし叶に響かなければ意味がないのだ。その他大勢に響いても、これは叶のための物語であって他の人間宛に書いたものではない。
「あら?」
ふたりで会場画面とカウンターを眺めていると、家の固定電話が鳴った。
「ごめんなさい、ちょっと出るわ」
「ああ、どうぞ」
どうせあと数時間は動きはないはずだ。桃華は急いでリビングの電話の前に立つと受話器を取った。固定電話って久しぶりに見たな。
「ええ、え、ええ!? わかった、会社すぐ行くわ!」
慌てた様子で桃華は電話を切ると、テレビの横に置いてあった茶封筒を持ち、こちらを向いた。
「ごめんなさい染衣さん! パパがすぐに会社に来てって! 会議の書類忘れたからすぐって!」
「えっ」
「ごめんなさい! 留守にするわ! 叶がいるから大丈夫よね!」
嵐のように桃華はリビングにかかっているアウターを引っ掴み家を出る。余程急ぎのようで、すぐに下の道路から車のエンジン音が聞こえてきた。
「信頼されすぎだろ……」
これが危ない人間だったら通帳なりなんなり盗まれるぞ。そういうことは考えないのだろうか。まあいくら社長の自宅だろうが、何か盗む気も起きない。大体自分の家に欲しいと言えば用意できるからだ。こっちは甘やかされて育ったひとり息子のボンボンだぞ。と誰にも誇れないことを誇ってみる。
それから数時間が経った。桃華が帰ってこない。車で行ったはずなのだが何かトラブルに巻き込まれたのだろうか。気になったので楓の方にメッセージを送ったらそもそも会社がここからかなり遠いところにあるのと、渋滞に巻き込まれてるかもしれないということだった。
暇なのでずっとノートパソコンの画面を見ている。カウンターは四桁まで行った。そろそろクリア者が出ても良い頃だが。
でも叶と吉川以外から感想とかいらないしな。そう思ったところにブラウザからメールを受信したことが通知される。なんだろう。
確認しようとした時だった。
がしゃん、と目の前に何か硬いものが跳ねた。銀色の、ノートパソコン?
飛んできた方を見ると、車椅子の叶がこちらを睨みつけていた。
「なに、これ」
彼の目には涙が浮かんでいた。
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