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彼が俺のご主人様だそうです。

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「はえ~~おっきい」

櫻木邸を下から眺めた幸太郎はあまりの大きさに声を上げてしまった。

「今日からお前が暮らす家だ。従業員は十人いないくらいだな」

「はいっす。旦那様……って呼んだ方がいいですよね」

「呼びやすい名前でいい」

「じゃあ旦那様で」

旦那様は物騒な方だが、親しめそうな人だと感じた。

うまく働けるといいのだが。新しい職場へのドキドキとワクワクで緊張する。前職の販売業とはまるっきり違うがが大丈夫だろうか。

「それでは早速、弟を紹介しよう」

メイド服はそのまま、豪華絢爛なロビーを通り、階段を登る。それから少し歩いたところにその部屋があるらしい。 

旦那様は一つだけドアの色が違うその部屋に三回ノックをする。が、返事はない。彼は肩を落とすと、後ろに控えていた執事に声をかけた。

「伊藤、頼む」

「かしこまりました」

そう言うと伊藤と呼ばれた執事は主人に一歩下がるように頼むと、見事な回し蹴りでドアごと破壊することによってこじ開けた。プライバシーってなんだっけ。

「ひゃっ!」

デスクトップパソコンに向かっていた少年が、肩を跳ねさせて瞬時にこちらを向く。十四、十五歳くらいだろうか? まだあどけなさが残る少年は、いきなり破壊されたドアに口をパクパクと動かした。

「坊っちゃま、新しい従業員を紹介しに参りました」

「なっ……!」

中にいた少年は可哀想なくらい細く、白い肌を保つ白磁人形を思わせるような美少年だった。まつげは爪楊枝が何本も乗るほど長く、目は少しだけ青みがかっている。ハーフのような顔立ちは三流モデルなんて目じゃないだろう。 

「伊藤っ! ドアはノックするのは常識だろ⁉」

「坊っちゃまがお開けなさらなかったものですから」

「だからって!」

少年の言うことには百里ある。見るも無残になってしまったドアは金の力でどうにかなるとはいえ悲惨だ。

「まぁ時嗣、話を聞いてくれ。今日はお前に良いものを持ってきたんだ」 

そうしてミニスカメイドの幸太郎の両肩を引っ掴むと時嗣と呼ばれた少年の前に持って来られる。時嗣は幸太郎の姿を見ると「ひっ……」っと、小さな声を出して驚き、後退りをした。 

「好きだろう? こういうの。お前の秘蔵フォルダにあった奴とそっくりだ」

(旦那様ー‼ それは年頃の男子には酷でございますぅー‼)

勝手にエロフォルダ見られてあまつさえ兄に好みの男を当てがわれるなどの屈辱に泣かない男などいない。 

「ふえ……」

案の定泣き出しかけた時嗣に焦燥を覚え旦那様に向き直る。ここで泣かれたらこれからご主人様になる男の一生の傷になる。ただでさえひきこもりでゲイでそれを矯正するという高難易度イベントを持ちかけられているのに、カウンセラーの真似事なんて追加されたらたまらない。 

「だ、旦那様⁉ 自己紹介は自分でやりますので旦那様はお仕事に戻られてはいかがでしょう⁉ お忙しい身ですし、私ごときの紹介に時間を割くなどそれこそ時間の無駄なのではないでしょうか⁉」

必死にそう主張してみると、旦那様はふむ、とひとつ頭を縦に振った。

「そうだな……、じゃあ他のメイドに話はつけておくから、時嗣に挨拶をしたらロビーに向かうと良い、そこで館の案内やルールを説明させよう」

「し、承知いたしました……」

旦那様と伊藤が部屋を出て行ったことで、とりあえず一難は防げた。残されたのは新しいご主人様——、櫻木時嗣と自分のみ。幸太郎はついにぐすぐすと泣き出してしまった時嗣に正座をして声をかけた。

「お初にお目にかかります。今日から貴方のメイドとして買われました。桃井幸太郎と申します。不肖ながらこれから貴方のお世話をさせていただきますので、どうぞよろしくお願いします」

そうして頭を下げると「どうしてこんな変態を……」という声が聞こえてきた。待て、それはお前のせいやぞ。未だに着替えさせてもらえないミニスカートも時嗣の趣味なのだろうか。邪推しながらもフォローしてやる。

「この格好には事情がありまして……、着替えをいただいたらすぐに着替えますのでご安心を。それと、私はゲイではありませんので、性処理としてあてがわれたわけではありません。あくまで私の業務はご主人様のお世話と問題解決だけです」

「問題解決?」

「ひきこもりとゲイを治すようにと」

「そんなの余計なお世話っ!」

ダンっと机が叩かれる。時嗣は立ち上がって涙を震わせながら主張した。

「好きでひきこもりになったわけじゃないし、ゲイじゃなくて女の子が嫌いなんだもんっ! しょうがないじゃん! 父さんも兄さんも伊藤もメイド達もみんなおかしいんだもん!」

なんだか闇が深そうな事情がありそうだ。確かに、従業員を使い捨てするために闇オークションに通う身内とドアを叩き割ってくる執事の時点で登場人物全てヤバいのに、これ以上ヤバい奴がいるなら正常な人間なら頭がおかしくなるだろう。引きこもっていたからか知らないが、時嗣はまだ頭が正常なようだ。

「この館に僕の味方は誰もいない……」

力無く呟いた言葉にチャンスだ、と思った。ここで信頼関係を築いておけば、後々心を開いてもらいやすい。それにまだこの館にヤバい奴が控えているのなら唯一まともな時嗣を手に置いていないと、きっと自分も頭が狂った方に行ってしまうだろう。組織に思考が染まるのは早いのだ。

「だったら、私が貴方の味方になりますよ」

「え……?」

時嗣は涙に濡れた目を丸くした。

「私は貴方のメイドです。貴方用のメイドとして買われました。だったら、私が貴方の味方になるのは至極当然のことでしょう?」

「……お前は他の女みたいに変なことしない?」

「主人の意思に反することはいたしません」

今ちょっとヤバいワードが聞こえたな、と幸太郎は内心で頭を抱えた。ある意味での家庭内暴力が垣間見えてこの館の闇の片鱗を知ってしまった。

「本当? ……本当に本当? 今日から僕のメイドさんに、……味方になってくれるの?」

「本当です」

「……嬉しい」

不安が頭をよぎりつつも時嗣の心が開けたようでホッとする。

「ま、とりあえずまずは」

立ち上がって後ろを向く。そこには金具二つごと吹っ飛ばされたドアの残骸が転がっていた。あの執事は何者なんだ。 

「お片づけからはじめましょうか」
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