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賭け

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「幸太郎はまだこの家に居るの」

「いるぞ、お前には教えねーけど」

「いいよ、今日全部解決すればいいんでしょ」

 パーティ当日。久しぶりの実家は何も変わらなかった。ただひとつ、幸太郎が傍にいない事を除いて。

 よく手入れされたイングリッシュガーデン風の中庭には一之宮が既に椅子に腰かけている。時嗣は頭を下げると、慣れた笑顔を貼り付けた。

「一之宮様、お久しぶりです」

「あら、時嗣くん。一カ月ぶり、ご機嫌いかが?」

「変わりありませんよ」

 それから沈黙。おかしい、いつもならば、くだらない話をまくしたててくるのに。

「帝さんから聞いたわ。オイタをしたようね。そんなに私との結婚は嫌だったかしら?」

「……自分が何を期待されているかはわかってたんです」

 母が死んで、兄から今後の生活の説明を受けた時、時嗣は今後の人生を諦めた。婚約者との取引の為に生きてもらう、それ以上は期待しない。この女を喜ばせる為に息を続けろ、それが嫌で、この館も嫌で、何もかもを否定した。それでよかった。幸太郎に出会うまでは。

「貴方の婚約者としてふさわしくあれるよう、それだけ考えて生きていけばよかったんです。でも、恋をしてしまいました」

「恋……」

「男の使用人に、です。初恋でした」

 ——初恋だった。最初は顔が好みで、それから内面を好きになった。子どものくだらない約束を何年も大事にしてくれた誠実な人。一緒にいれると思ってた。幸太郎さえいれば何もいらなかった。

「恋、羨ましいわ」

「羨ましい?」

「私ね、こんなに長く生きてるのに人を本当に好きになったこと無いの。貴方の事は好きよ。でもね、多分アイドルを好きになる気持ちと同じなんだろうなあって思ってて」

 アイドル、手の届かない存在。

「ごめんなさいね、本当は気が付いてたの。貴方は私と結婚しても幸せになれないって。でも、アイドルと結婚できるなんてそんな嬉しいことないわ。だから、婚約破棄しなかったの。貴方の気持ちが私に無くても」

 一之宮は続ける。

「時嗣くんは、その使用人さんのこと好きなんでしょう? 私と結婚したら、一緒に嫁いでくるといいわ。そしたらみんな幸せ!」

 随分と歳の割にお花畑な思考だ。

「……もう使用人はいません。今日、裏ルートで売られます。」

「……いくらで?」

「相場の方は貴方の方が詳しいでしょう。貴方があそこのオーナーなんだから」

 彼女こそ、闇オークションの運営の大本。櫻木家がどうしても一之宮との縁を繋いでおきたい理由はここにある。裏社会のつながりの確保。父が兄に家の発展のために一之宮との関係を作れと遺言を残すくらい、家の繁栄には必要な存在だ。

「スペックを教えてくださる?」

「男性、もうすぐ三十歳、身長は一七〇センチ弱、顔は多分普通。ウチの使用人って事は身寄りはないと思う」

「と、なると……、底値スタート、手数料諸々足して三、四百万からくらいかしら。一千万は確実に行かない……」

 人間の価値というのはそれだけしかないのか。人間の相場はわからないが、自分の好きな人がそれだけの価値しかないのは微妙な感じがする。

「そうね……。うん、そうね!」

 一之宮は「いいことを思いついた」とでも言う様に表情を明るくする。

「時嗣くんに一千万貸してあげるわ!」

「……は?」

「一千万を貸してあげる。時嗣くんがやることは二つ。一つはこのお金で、その好きな人を買う事。もう一つは、今日中にこの一千万を私に返すこと! もし返せなければ私と結婚、返せば私は櫻木家との契約を切らずに、時嗣くんを自由にしてあげる。どう? 悪い話ではないでしょう?」

 悪い話も何も、これ以上に助かる話はない。時嗣は一之宮の提案にこくりと頷いた。
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