31 / 35
届いたよ
しおりを挟む
雨が降っている。
「……どうだ? 人生の夏休み、少しは楽しめたか?」
「本当に感謝してもしきれないです」
いつかのメイド喫茶の中、幸太郎と館の旦那様である櫻木帝は向かい合っていた。これから自分は数年前と同じ場所に売られに行く。即殺されないのは帝の温情だろうか。まあ、価値の無い三十路の男なんて使い道は大体想像できる。末路は同じだ。
「死ぬ覚悟はあの子と『逃げよう』って約束したときからできてたんです」
「アイツは幸せもんだな」
「ひとつ心配なのはご主人様が、俺がいなくても人生を普通に過ごせるか。それだけ」
「それは大丈夫。安心して死ね」
「あはは、ひっでー」
今回の「夏休み」は帝や、他の使用人と協力して作った時間だった。まず、覚悟を決めた時に旦那様である帝へ相談。元々、幸太郎の目的は「婚約者と時嗣を結ばせること」で、その時嗣が自分に好意を持ったことは親代わりの帝としては本意ではなかった。だが、結果的に時嗣が一之宮と結婚するなら、少しは夢を見せてもいいだろうと判断したのだ。使用人の皆は時嗣と暮らす「夏休み」に不便が無いように色々な事を教えてくれた。
「俺は正しいことが出来ましたかねえ」
約束を叶える為にいろんなことをした。少しの間だけでもいい、夢を見せてあげたかった。しかし希望を与えてまた取り上げるのは、彼にとって幸せな事だっただろうか。自分は、逆に惨いことをしてしまったのではないだろうか。その想いが消えない。
「大丈夫だ、夢は叶えるものじゃない。見るものだ。少しの間だけでも夢が見れたならそれは幸せだろう」
「そうですか」
(――だったら、よかった)
「じゃあ、コイツをよろしく頼む」
「かしこまりました、櫻木様」
いつか見たメイドカフェ。その店長と数年ぶりに再会したが相手は覚えていないようだった。
「じゃあな、桃井」
「はい、いままでありがとうございました」
幸太郎は帝に頭を下げると店長についていく。途中でメイド服に着替えろと指示されて懐かしくて笑ってしまった。「狂ったのか?」そう言う店長に微笑みで返す。狂っているとしたらそれはあの子の願いを叶えようとしたあの日からだ。
「この檻に入れ。あとはこれからの自分の運命でも祈ってろ」
「どうせ殺されるんでしょ。裏ビデオとか」
「よくわかってんじゃねえか」
二回目になればそれはな。大人しく屈んで檻に入りその時を待つ。上から布がかけられて檻の車輪が動き出した。
(ま、殺されるよな)
可愛い女の子でも安値で売られて殺されてしまうのだ、何もない自分がどうなるかなんて想像はたやすい。
「さあ! 紳士淑女の皆さん! お待たせいたしました! MoeMoe♡メイドオークション! ただいま開催です! まずは商品番号一番!」
懐かしい口上。「商品」は自分以外にもいるらしく、次々と悲鳴や歓声が飛んでいく。
「——商品番号三番、三百万からです! こちらは……」
パッと檻を囲っていた布が取られる。その瞬間、男の声が飛んできた。
「とりあえず五百」
説明も無い時点での金額提示。顔を上げると仮面の男が腕を組んで幸太郎を見ていた。声はボイスチェンジャーで加工されているが、恐らく若いだろう。その横の女らしき人間がその台詞に重ねた。
「私は六百で行くわ」
「え、えっと……まだ説明しておりませんがこの男、身寄りも無く容姿も……使い道としては……」
「貴方には関係ないわ。六百以上はいないの?」
「七百万」
隣の男がすかさず値段を上げる。待て、自分にはそんな価値は無いんだが。
この男は何者なんだろう。
「……一千万」
女性がさらに提示した金額に、周りがざわついた。司会者の男も唖然としている。幸太郎だって同じ気持ちだ。これからこの女に何をされるんだろう。段々不安になってくる。普通に殺されれば御の字。特殊性癖に付き合わされる覚悟はしておこう。
「追加で三百、これ以上はいないでしょう?」
「に、二千万!」
男が叫んだ金額に、周りの人間が唖然とする。声も出ないとはこのことだ。
「二千万でその人を買う! これ以上はいる⁉」
「……正気?」
男の隣の女が小さく呟いた。
「え、えー……では二千万で売却です! 今までで指折りの高金額! この男にそれほどの価値があるとは思いませんが、ここは一言、落札者様にいただきましょう!」
男はマイクを奪うと、ボイスチェンジャーを取りマイクに向かって叫んだ。
「幸太郎ー!」
その声を自分が間違えるはずがない。どうしてこんなところに、いったい誰が、そんな事を色々考えたけれど、それ以上の感情に押しつぶされる。嬉しい。死ぬ事を回避したことではない。彼が、自分を迎えに来てくれたことがどうしようもなく。
「いままで無理させててごめんっ! 迎えに来たよっ!」
「ご主人様……」
視界に涙の膜が張られる。
――自分なんてどうでもよくて、死んだってよかった。どうなっても構わない。元々不要な命だ。それが誰かのためになるなら、それはそれで本望だから。
幸せな人生だった、と満足してこの檻に入った。
それなのに、こんな結果。
時嗣は顔を隠す為の布を引っぺがすと、キラキラした顔で声を上げた。
「大好き! だからもう一回、僕のメイドさんになって!」
「……っ、貴方は本当に……」
二度と会えないと思っていた。それだけの事をしたと覚悟していた。
「本当に……」
自分の人生なんてどうでもいい、周りの人には期待しない、クズで上等、ましな死に方はできないと思っていた。でも、神様はいるみたいで、自分に希望を与えてくれた。
「返事はー⁉」
ステージまで通る声。幸太郎は時嗣の言葉に笑顔で返した。
「勿論です! ご主人様!」
「……どうだ? 人生の夏休み、少しは楽しめたか?」
「本当に感謝してもしきれないです」
いつかのメイド喫茶の中、幸太郎と館の旦那様である櫻木帝は向かい合っていた。これから自分は数年前と同じ場所に売られに行く。即殺されないのは帝の温情だろうか。まあ、価値の無い三十路の男なんて使い道は大体想像できる。末路は同じだ。
「死ぬ覚悟はあの子と『逃げよう』って約束したときからできてたんです」
「アイツは幸せもんだな」
「ひとつ心配なのはご主人様が、俺がいなくても人生を普通に過ごせるか。それだけ」
「それは大丈夫。安心して死ね」
「あはは、ひっでー」
今回の「夏休み」は帝や、他の使用人と協力して作った時間だった。まず、覚悟を決めた時に旦那様である帝へ相談。元々、幸太郎の目的は「婚約者と時嗣を結ばせること」で、その時嗣が自分に好意を持ったことは親代わりの帝としては本意ではなかった。だが、結果的に時嗣が一之宮と結婚するなら、少しは夢を見せてもいいだろうと判断したのだ。使用人の皆は時嗣と暮らす「夏休み」に不便が無いように色々な事を教えてくれた。
「俺は正しいことが出来ましたかねえ」
約束を叶える為にいろんなことをした。少しの間だけでもいい、夢を見せてあげたかった。しかし希望を与えてまた取り上げるのは、彼にとって幸せな事だっただろうか。自分は、逆に惨いことをしてしまったのではないだろうか。その想いが消えない。
「大丈夫だ、夢は叶えるものじゃない。見るものだ。少しの間だけでも夢が見れたならそれは幸せだろう」
「そうですか」
(――だったら、よかった)
「じゃあ、コイツをよろしく頼む」
「かしこまりました、櫻木様」
いつか見たメイドカフェ。その店長と数年ぶりに再会したが相手は覚えていないようだった。
「じゃあな、桃井」
「はい、いままでありがとうございました」
幸太郎は帝に頭を下げると店長についていく。途中でメイド服に着替えろと指示されて懐かしくて笑ってしまった。「狂ったのか?」そう言う店長に微笑みで返す。狂っているとしたらそれはあの子の願いを叶えようとしたあの日からだ。
「この檻に入れ。あとはこれからの自分の運命でも祈ってろ」
「どうせ殺されるんでしょ。裏ビデオとか」
「よくわかってんじゃねえか」
二回目になればそれはな。大人しく屈んで檻に入りその時を待つ。上から布がかけられて檻の車輪が動き出した。
(ま、殺されるよな)
可愛い女の子でも安値で売られて殺されてしまうのだ、何もない自分がどうなるかなんて想像はたやすい。
「さあ! 紳士淑女の皆さん! お待たせいたしました! MoeMoe♡メイドオークション! ただいま開催です! まずは商品番号一番!」
懐かしい口上。「商品」は自分以外にもいるらしく、次々と悲鳴や歓声が飛んでいく。
「——商品番号三番、三百万からです! こちらは……」
パッと檻を囲っていた布が取られる。その瞬間、男の声が飛んできた。
「とりあえず五百」
説明も無い時点での金額提示。顔を上げると仮面の男が腕を組んで幸太郎を見ていた。声はボイスチェンジャーで加工されているが、恐らく若いだろう。その横の女らしき人間がその台詞に重ねた。
「私は六百で行くわ」
「え、えっと……まだ説明しておりませんがこの男、身寄りも無く容姿も……使い道としては……」
「貴方には関係ないわ。六百以上はいないの?」
「七百万」
隣の男がすかさず値段を上げる。待て、自分にはそんな価値は無いんだが。
この男は何者なんだろう。
「……一千万」
女性がさらに提示した金額に、周りがざわついた。司会者の男も唖然としている。幸太郎だって同じ気持ちだ。これからこの女に何をされるんだろう。段々不安になってくる。普通に殺されれば御の字。特殊性癖に付き合わされる覚悟はしておこう。
「追加で三百、これ以上はいないでしょう?」
「に、二千万!」
男が叫んだ金額に、周りの人間が唖然とする。声も出ないとはこのことだ。
「二千万でその人を買う! これ以上はいる⁉」
「……正気?」
男の隣の女が小さく呟いた。
「え、えー……では二千万で売却です! 今までで指折りの高金額! この男にそれほどの価値があるとは思いませんが、ここは一言、落札者様にいただきましょう!」
男はマイクを奪うと、ボイスチェンジャーを取りマイクに向かって叫んだ。
「幸太郎ー!」
その声を自分が間違えるはずがない。どうしてこんなところに、いったい誰が、そんな事を色々考えたけれど、それ以上の感情に押しつぶされる。嬉しい。死ぬ事を回避したことではない。彼が、自分を迎えに来てくれたことがどうしようもなく。
「いままで無理させててごめんっ! 迎えに来たよっ!」
「ご主人様……」
視界に涙の膜が張られる。
――自分なんてどうでもよくて、死んだってよかった。どうなっても構わない。元々不要な命だ。それが誰かのためになるなら、それはそれで本望だから。
幸せな人生だった、と満足してこの檻に入った。
それなのに、こんな結果。
時嗣は顔を隠す為の布を引っぺがすと、キラキラした顔で声を上げた。
「大好き! だからもう一回、僕のメイドさんになって!」
「……っ、貴方は本当に……」
二度と会えないと思っていた。それだけの事をしたと覚悟していた。
「本当に……」
自分の人生なんてどうでもいい、周りの人には期待しない、クズで上等、ましな死に方はできないと思っていた。でも、神様はいるみたいで、自分に希望を与えてくれた。
「返事はー⁉」
ステージまで通る声。幸太郎は時嗣の言葉に笑顔で返した。
「勿論です! ご主人様!」
10
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
わがまま放題の悪役令息はイケメンの王に溺愛される
水ノ瀬 あおい
BL
若くして王となった幼馴染のリューラと公爵令息として生まれた頃からチヤホヤされ、神童とも言われて調子に乗っていたサライド。
昔は泣き虫で気弱だったリューラだが、いつの間にか顔も性格も身体つきも政治手腕も剣の腕も……何もかも完璧で、手の届かない眩しい存在になっていた。
年下でもあるリューラに何一つ敵わず、不貞腐れていたサライド。
リューラが国民から愛され、称賛される度にサライドは少し憎らしく思っていた。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる