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帝と幸太郎

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「桃井、お前はたしか結構ゲスなやつだったよな?」

「え、なんでいきなり罵倒されてるんですか?」

 櫻木帝に声をかけられたのは時嗣の部屋を掃除している最中。いきなりドアを開けてきた帝は開口一番そんなことを口走ってスマホを見せてきた。

「オレはラブホとやらに行ってみたいぞ。連れて行け」

「マジで何言ってるんですか?」

 帝と幸太郎はそこそこ仲が良い、と言うのもちゃんと理由がある。

 あれは時嗣が十八歳の時だった。

 帝の部屋に呼ばれた幸太郎は義務付けられている定期報告の最中だった。時嗣の担当メイドとして、自分の主人の体調、行動、変化を報告する週に一度の仕事。報告は特になし。元気に生活してらっしゃいます。その言葉に嘘はない。幸太郎がついている嘘は彼には好きな人がいない、それだけだ。

「……結局アイツの女嫌いは治ったのか」

「治る治らないじゃないんです。良い人がいないだけですよ」

 この時、幸太郎は自分と時嗣の関係は周りに隠し通せていると思っていた。少なくても殺されていないと言うことはそうであろうと。しかし現実はそんな上手くいかない。

「良い人、というのはお前か?」

「!」

 ぴら、と帝の指に挟まれぶら下がっているのは幸太郎と時嗣がキスをしている写真。いつの間に取られていたのだろう。幸太郎は無意識に顔を伏せてしまった。それが肯定を表すとも気づかずに。

「別に殺したりはしない。ひきこもられたら困るからな」

「……まだ、って話でしょう?」

「よくわかってるじゃないか。あの方と籍を入れれば廃棄だ」

「覚悟はしてました」

 そうだ、最初からそのつもりだったじゃないか。何を怖がっているんだ。前を向け。

 そうして顔を上げると、帝は怒るでも軽蔑するでもなく面白いものを見る目でこちらを見ていた。

「桃井」

「……はい?」

「どうせ死ぬならお前は面白く死んでくれ!」

「…………はい?」

「お前をアイツだけのものにするのは気が引ける! オレの遊び相手にもなってもらうぞ!」

 要するに「死んでもいいから時嗣の傍にいたい」と言う気持ちが帝の心に刺さったらしいのだ。今までの使用人は自分のことばかりだったのにお前は他人のために死ねるのかと。これは面白いおもちゃが来た、こんなの弟に独占させるのはずるい。暇なときはオレの遊び相手もしてもらうぞ、と。どんなガキ大将理論だよと思ったがこの館の旦那様は帝なので何も言えない。

 あれから一年、もうすぐ死刑宣告の日が近くなってきた。ラブホの一室で帝が食べてみたいと言っていたスイーツを幸太郎は帝とつつく。今日は男子会の名目でラブホに来ている。AVにつっこみを入れたり謎ジャグジーで遊んだり泡風呂を作ったりそれなりに庶民の遊びを楽しんだ。

「で、京都に行くのか」

「あてがあるだけなので決定ではないですよ。約束通り車とか資金援助はお願いしますね」

「別にお前の貯金で行けるだろ」

「ご主人様に何があるかわかりませんから。お金はあるにこしたことは無いです」

 帝との契約は「遊ぶのに付き合う代わりにひとつだけお願いを聞くこと」だった。一年前、時嗣との関係がバレた日。幸太郎は対価を求めた。何でもやる、何にでも付き合う、だからこの計画に協力してほしい。今では計画については館の皆が知っている。知らないのは当人の時嗣くらいだろう。

「GPSは着けさせるぞ」

「どうぞ。別に隠すつもりありませんけどね、館に定期連絡は入れますし」

「覚悟が決まってる奴はすごいな」

「ご主人様の為です。あ、上のアイスから処理しないと溶けますよ」

 こんな会話をしているが、幸太郎はこれでも死ぬ事が確定している。例に漏れず闇オークションに出品される予定らしい。別にもう十分幸せは貰ったからどんな殺されかたをされてもいいけれど。そう答えた時の帝の顔と言ったら。若干引いていたと言っても過言ではないだろう。

「楽しみだなあ、夏」

「そうですねえ」

 あと数ヶ月で夏が来る。そうしたらこの生活も人生ごと終わりだ。

 それでも時嗣を幸せにできるなら、この先絶望しかないあの子の人生に一瞬だけでも安寧をあげられるのなら。それでよかった。

「なあ、桃井」

「はい?」

「オレがお前の主人になってたらよかったなーって今結構後悔してる」

「そしたらいい遊び相手になったかもしれませんね、でも」

 でも帝じゃダメなのだ。幸太郎に愛情をくれたのは、必要としてくれたのは時嗣だから。

 だから、それ以外はあり得ない。

「もし貴方の使用人になってたら多分違う性格でしたよ」

「じゃあダメだな。オレは今のお前が好きだから」

「でしょー?」

 そうして二人で笑う。

「今日はこの後どうしましょうかー?」

「漫画喫茶とやらに行ってみたい」

「ほんと俺がいる時やりたい放題しますね……」

「オレの好奇心は誰にも止められない」

「止まって」

 まあその好奇心のおかげで生き延びているんだけども。

 友達とも言えない、主従でもない自分達の関係は協力者以外の何でもない。一緒にいると楽しいし、楽だけど、それでも。

 それでも自分が好きなのは時嗣だ。

 これだけは何があっても変わらない。
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