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家に帰ってからは、洗濯物を取り込んで、夕飯などの支度を済ませた。
そして、誠一を待ちながら、リボン作りを始める。
明日の日中は、また出かけたい。
そのためにも、今のうちに少しでも進めておきたかった。
しばらくすると、玄関の戸が開く音がした。僕は慌てて布をしまい、玄関へ向かう。
「おかえりなさい」
「……あぁ、今帰った」
誠一はどこか疲れた顔をしていた。
僕は、誠一の羽織と鞄を受け取る。
「お風呂、すぐに入れるようにしてあります」
「あぁ」
少し前までは「ご飯か?お風呂か?」と聞いていたけれど、誠一は夕飯の前に風呂に入るのが好みらしい。
それに気づいてからは、帰ってきたらすぐに入れるように、準備していた。
夕食のとき、誠一はすでにまぶたが重そうだった。
箸の動きもゆっくりで、どこかぼんやりしている。
「……今日はお疲れみたいですね。食べ終わったら、お布団敷いておきます」
「……あぁ」
返ってきた声は、力がない。
食事を終えると誠一はそのまま書斎へ向かった。
「君は先に寝てていい」と言い残して。
「おやすみなさい」と声をかけたけれど、返事はなかった。
僕は家のことをひと通り片づけてから、布団に入る。
夜中、ふと目を覚ますと、隣の布団は空っぽのままだった。
まだ起きてるのかな……。
大分疲れてる様子だったけど。
――いや、もう誠一とは別れるんだし、気にするのはおかしい。
そう思って目を閉じたのに、胸の奥がざわついて眠れなかった。
これは、心配してるんじゃない。
ただ――様子を見に行くだけ。
ため息をひとつ吐いて、書斎へ向かった。
明かりの灯る部屋では、誠一が畳の上に横になって寝ていた。
机の上には、生徒の答案用紙が重ねられている。
仕事していたんだ……。
教師の数は少ないと聞くし、色々大変なんだろうと思う。
きっと、採点が終わって、そのまま眠ってしまったのだろう。
僕は寝室から、綿をたっぷり詰めた袖付きの防寒着――『どてら』を持ってきて、誠一の肩にそっと掛けた。
そして、石油ランプの火を消して、静かに部屋を出る。
——朝。
目を開けると、隣の布団には誠一がいた。
夜中にこっちに来たんだ……。
畳の上で寝たら、疲れも取れないだろうと思っていたので、少しほっとする。
そして、僕はまた昨日のように、縁側でリボン作りを始めた。
「ここにいたのか」
突然背後から声がして、びくっと肩が跳ねる。振り返ると、誠一が立っていた。
「あ、誠一さん……おはようございます」
どうして。
いつもなら、まだ寝ている時間なのに。
「……こんな朝早くから、縫い物か?」
「これは、その……従姉妹の綾音ちゃんに頼まれたもので」
「またその親戚か」
「えぇ、まぁ」
また言い訳に綾音ちゃんの名を出してしまった。でも、売るために作りなさいと言われているし、嘘じゃないよね。
そう自分に言い聞かせながら、縫い物を再開する。
誠一は何も言わず、ふぅとため息をつき、僕の隣に座った。
「誠一さん?」
「……暖かいな。ここは」
そう言いながら、誠一はゆっくりと目を閉じる。
「そう、ですね」
「……母も、よくここで……縫い物をしていた」
ぽつりと漏れたその言葉。
誠一を見ると、ゆっくりと呼吸をしている。
――寝ちゃった……?
静かに寝息をたてている誠一。
その隣で針を動かすのは、不思議と嫌ではなかった。
誠一の母が亡くなったのは、彼が十二の頃だ。
同じ病院に入院していたけれど、僕は一度も会ったことがない。
ただ、母の見舞いの後は、誠一の表情がいつも沈んでいたのを覚えている。
幼い彼にとって、どれほど苦しかったことだろう。
あのとき泣いていた誠一の姿を思い出すと、少し胸が痛む。
ちらりと隣の誠一を見る。
誠一の寝顔は、眉間のしわもなくて、どこか幼い頃の面影を残していた。
けれど次の瞬間には、また眉間に小さなしわが寄って、いつもの表情に戻る。
――僕の嫌いな、誠一のぶすっとした表情。
まぁ、座ったまま眠っているし、きっと体勢が辛いのだろう。
ふと時計を見ると、そろそろ朝食の支度を始める時間になっていた。
僕は裁縫道具をまとめて立ち上がり、そっと声をかける。
「誠一さん、寝るなら布団で寝てください。起きるなら、着替えてくださいね。僕はもう行きますから」
「ん……。あぁ……」
誠一は寝ぼけたように短く返事をする。
僕は小さく息を吐いて、そのまま台所へ向かった。
****
(誠一視点)
薄暗い書斎で目を覚ますと、身体にどてらがかけられていた。
千尋か……。
そう思いながら寝室へ戻り、布団に潜り込む。
隣で静かに眠る千尋の寝息を聞いているうちに、眠りに落ちた。
その後、千尋が遠くへ離れていく夢を見た。
朝、目を開けると、隣に布団がなかった。
胸がざわつき、思わず布団を跳ねのける。
部屋を出て辺りを見回すと、縁側に小さな背中が見えて、ようやく息を吐いた。
……何を焦ってるんだ、俺は。
近づくと、縫い物をする千尋の姿が、生前の母の面影と重なった。
千尋のいる縁側は不思議と心が落ち着き、俺はまた眠りについた。
そして、誠一を待ちながら、リボン作りを始める。
明日の日中は、また出かけたい。
そのためにも、今のうちに少しでも進めておきたかった。
しばらくすると、玄関の戸が開く音がした。僕は慌てて布をしまい、玄関へ向かう。
「おかえりなさい」
「……あぁ、今帰った」
誠一はどこか疲れた顔をしていた。
僕は、誠一の羽織と鞄を受け取る。
「お風呂、すぐに入れるようにしてあります」
「あぁ」
少し前までは「ご飯か?お風呂か?」と聞いていたけれど、誠一は夕飯の前に風呂に入るのが好みらしい。
それに気づいてからは、帰ってきたらすぐに入れるように、準備していた。
夕食のとき、誠一はすでにまぶたが重そうだった。
箸の動きもゆっくりで、どこかぼんやりしている。
「……今日はお疲れみたいですね。食べ終わったら、お布団敷いておきます」
「……あぁ」
返ってきた声は、力がない。
食事を終えると誠一はそのまま書斎へ向かった。
「君は先に寝てていい」と言い残して。
「おやすみなさい」と声をかけたけれど、返事はなかった。
僕は家のことをひと通り片づけてから、布団に入る。
夜中、ふと目を覚ますと、隣の布団は空っぽのままだった。
まだ起きてるのかな……。
大分疲れてる様子だったけど。
――いや、もう誠一とは別れるんだし、気にするのはおかしい。
そう思って目を閉じたのに、胸の奥がざわついて眠れなかった。
これは、心配してるんじゃない。
ただ――様子を見に行くだけ。
ため息をひとつ吐いて、書斎へ向かった。
明かりの灯る部屋では、誠一が畳の上に横になって寝ていた。
机の上には、生徒の答案用紙が重ねられている。
仕事していたんだ……。
教師の数は少ないと聞くし、色々大変なんだろうと思う。
きっと、採点が終わって、そのまま眠ってしまったのだろう。
僕は寝室から、綿をたっぷり詰めた袖付きの防寒着――『どてら』を持ってきて、誠一の肩にそっと掛けた。
そして、石油ランプの火を消して、静かに部屋を出る。
——朝。
目を開けると、隣の布団には誠一がいた。
夜中にこっちに来たんだ……。
畳の上で寝たら、疲れも取れないだろうと思っていたので、少しほっとする。
そして、僕はまた昨日のように、縁側でリボン作りを始めた。
「ここにいたのか」
突然背後から声がして、びくっと肩が跳ねる。振り返ると、誠一が立っていた。
「あ、誠一さん……おはようございます」
どうして。
いつもなら、まだ寝ている時間なのに。
「……こんな朝早くから、縫い物か?」
「これは、その……従姉妹の綾音ちゃんに頼まれたもので」
「またその親戚か」
「えぇ、まぁ」
また言い訳に綾音ちゃんの名を出してしまった。でも、売るために作りなさいと言われているし、嘘じゃないよね。
そう自分に言い聞かせながら、縫い物を再開する。
誠一は何も言わず、ふぅとため息をつき、僕の隣に座った。
「誠一さん?」
「……暖かいな。ここは」
そう言いながら、誠一はゆっくりと目を閉じる。
「そう、ですね」
「……母も、よくここで……縫い物をしていた」
ぽつりと漏れたその言葉。
誠一を見ると、ゆっくりと呼吸をしている。
――寝ちゃった……?
静かに寝息をたてている誠一。
その隣で針を動かすのは、不思議と嫌ではなかった。
誠一の母が亡くなったのは、彼が十二の頃だ。
同じ病院に入院していたけれど、僕は一度も会ったことがない。
ただ、母の見舞いの後は、誠一の表情がいつも沈んでいたのを覚えている。
幼い彼にとって、どれほど苦しかったことだろう。
あのとき泣いていた誠一の姿を思い出すと、少し胸が痛む。
ちらりと隣の誠一を見る。
誠一の寝顔は、眉間のしわもなくて、どこか幼い頃の面影を残していた。
けれど次の瞬間には、また眉間に小さなしわが寄って、いつもの表情に戻る。
――僕の嫌いな、誠一のぶすっとした表情。
まぁ、座ったまま眠っているし、きっと体勢が辛いのだろう。
ふと時計を見ると、そろそろ朝食の支度を始める時間になっていた。
僕は裁縫道具をまとめて立ち上がり、そっと声をかける。
「誠一さん、寝るなら布団で寝てください。起きるなら、着替えてくださいね。僕はもう行きますから」
「ん……。あぁ……」
誠一は寝ぼけたように短く返事をする。
僕は小さく息を吐いて、そのまま台所へ向かった。
****
(誠一視点)
薄暗い書斎で目を覚ますと、身体にどてらがかけられていた。
千尋か……。
そう思いながら寝室へ戻り、布団に潜り込む。
隣で静かに眠る千尋の寝息を聞いているうちに、眠りに落ちた。
その後、千尋が遠くへ離れていく夢を見た。
朝、目を開けると、隣に布団がなかった。
胸がざわつき、思わず布団を跳ねのける。
部屋を出て辺りを見回すと、縁側に小さな背中が見えて、ようやく息を吐いた。
……何を焦ってるんだ、俺は。
近づくと、縫い物をする千尋の姿が、生前の母の面影と重なった。
千尋のいる縁側は不思議と心が落ち着き、俺はまた眠りについた。
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