陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――

黒鯛の刺身♪

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第六話……信玄の遺言

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「勝頼様! 同盟国の北条家から使者が参りましたぞ!」



 ……きっと父上の容態を探りに来たのだろう。

 勝頼のみのみならず、居並ぶ重臣たちも同じように考えた。





「信廉様! お化粧のほどよろしくお願い申す!」



「……う、うむ」



 影武者は信玄の弟の信廉がやることになっていたが、信玄の死が露呈した時が怖くて、北条の使者が帰るまで、勝頼は生きた心地がしなかった。





「御書判が役に立ちましたな!」



「うむ」



 北条の使者には、信玄の御書判を持たせて帰らせた。



 信玄は直筆の御書判を生きている間に、800枚書いて用意していたのだ。

 これを使って3年死を秘せということなのだろう。







☆★☆★☆



――躑躅が崎館に急使が届く。





「勝頼様! 徳川軍が駿河の町に火を放っております!」



「許さん! 直ちに出陣だ!」



「お待ちください! 陣代様!」

「信玄公の御遺言をお忘れか!?」



 勝頼は武田家の統領たる御屋形様ではなかった。

 あくまでも子である信勝の後見役に過ぎない。

 よって、老臣たちに信玄の遺言を出されると、黙るしかなかったのだ。





 しかし、武田の動きが鈍いとみるや、家康は三河の要衝、長篠城の奪回を目指す。

 老臣たちが止める中、今度は武田信廉の隊を派遣することで妥協。



 しかし、信廉隊は徳川勢に追い払われ、後詰は失敗。

 結果、長篠城は援軍が来ず、落城してしまった。







☆★☆★☆



「一体、いつまで我慢すればよいのだ!」



 勝頼は激高した。

 織田徳川両家を合わせると400万石以上。

 それに対して、武田家は120万石しかなったのだ。



 それだけ国力が離れている以上、座していれば、次々に味方は離れ、いずれは負けてしまう。

 一度は勝っておかないと、味方が次々と離れる危険があったのだ。







――天正二年正月(1574年)



 躑躅が崎館に更なる急報が入る。





「織田軍、東美濃の要衝、岩村城に大軍にて攻撃の気配とのことです!」



 岩村城は信玄の西上作戦の一環で、秋山信友が落とした城だった。

 これを見捨てることは出来ない。





「直ちに出陣だ!」



「お待ちください! 陣代様!」



 止めるは内藤昌豊。

 信玄の遺言とはいえ、老臣たちには勝頼を蔑ろにする風潮も、確かにあったのだ。



 勝頼は信濃の一諸将たる若侍。

 譜代の臣からすれば、勝頼は躑躅が崎館に入ってわずか2年の若造だったのだ。





「今の情勢において3年は長すぎる。3年も味方に援軍を送らねば、武田は見捨てられてしまうぞ!」



 勝頼は憤った。

 勝頼の言は情勢から鑑みるに正しかった。

 だが、先代である信玄の遺言は、譜代の老臣たちには大きすぎる存在だったのだ。





「ええい構わぬ! ついてくるものだけで構わぬ! 岩村城の秋山を助けに行くぞ!」



「ははっ!」



 この勝頼の出陣に際して、甲斐本国の老臣たちの中からは、馬場信春と山県昌景のみが参陣。

 しかし、甲斐から信濃に入ると、勝頼と同じ信濃の部将たちが加わり、一万の軍勢となっていた。



 ……しかし、進軍中に織田軍は二万以上の大軍との情報が入る。

 しかも信長、信忠の親子直々の出陣とのことだった。



 勝頼の総大将としての初陣は、決して負けられない上に、さらに厳しいものとなっていったのだった。







☆★☆★☆



人物コラム『武田信廉』



信虎の三男。

信玄の弟。

勝頼政権時には、穴山信君と並んで御親類衆筆頭格。

信玄によく似ており、信玄の容態が悪い時など、影武者を務めた。

また、絵を嗜む風流な武人でもあった。
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