クゥクーの娘

章槻雅希

文字の大きさ
11 / 25

11.【夜会】愚か者の主張・姉妹格差②

しおりを挟む
 メプリは平民の貧しい暮らしというが、ペルセヴェランスがハニートラップに引っかかったにも拘らず責任を取って愛人としてヴュルギャリテを囲った話は有名だ。正確には囲う=貴族社会から隔離なのだが。
 ともかくペルセヴェランスは愛人とその娘に何不自由なく生活を送れるだけの費用は渡していた。社交も何もない平民であれば多少の贅沢はできる程度の費用だ。
 だが、ヴュルギャリテとメプリは不必要なドレスや装飾品を買い、贅沢な食事を望んだ。ゆえに十分なはずの毎月の手当てはいつもカツカツだったのだ。つまり、2人の自業自得でしかない。
「大体、あたしのほうが似合うから、ドレスもアクセサリーも貰ってあげるって言ってるのに寄越さないし! ケチで意地悪だわ! だから態々あたしが直接貰ってあげようとしたのに、使用人たちもお父様も泥棒扱いするし! 有り得ない!!」
 まだメプリの有り得ない図々しい主張は続いている。これは貴族の常識としても平民の常識としても有り得ない主張だろう。
「本当に意地汚いな、フィエリテ! どうせお前には似合わないのだから、この可憐なリュゼに差し出せばよいのだ! ドレスも宝石も貴様なんぞよりリュゼに使われるほうが余程幸せだろう!」
 常識外れの主張をするブリュイアンに周囲の貴族は『それはない』と首を振る。どう考えても意地汚いのはメプリのほうだ。
 それに、フィエリテはメプリとは比べ物にならないほど美しい。顔立ちのタイプが全く違うのだからフィエリテのためのデザインや色ではメプリには似合わない。そもそもメプリのスタイルでは、ドレスを着ても胸はブカブカに余り、腰(腹)はパツパツで入らないだろうに。
 また、強引に奪おうとするのは強盗未遂だろう。話を聞けば部屋に入り込んで盗もうともしたようだ。勿論、本館に入る以前に衛士やメイドたちに阻まれて別館に追い返されていたようだが。
 つまり、不法侵入に窃盗未遂。伯爵や公爵家の使用人は何も間違っていない。酷いのはお前らの頭だと招待客の心は1つになる。
「何故わたくしのものをメプリに差し出さねばならぬのか理解できませんわ。メプリのものは伯爵家別館で用意しておりますもの。クゥクー公爵家の娘はわたくしだけですから、メプリには本館に入る権利もそこにあるものを使う権利もありませんわ」
 たとえメプリが本当に・・・父の娘だとしても、それはピグリエーシュ伯爵家の娘というだけであって決してクゥクー公爵家の娘ということにはならない。おそらく、この愚か者たちはそれが判っていないのだろう。
「何を戯けたことを言っている! リュゼはペルセヴェランス卿の娘だ! クゥクー公爵家の娘に決まっているだろう!」
 ああやはり、とフィエリテもヴェルチュも納得した。これまでの言動からそう思っているだろうとは確信していたが、やはり彼らはペルセヴェランスがクゥクー公爵だと誤解しているのだ。
 周囲も薄々それに気づいていたが、今の愚かな発言でそれが確定した。これはコシュマール侯爵家側有責での婚約破棄になる。
 コシュマール侯爵家との付き合いを速やかに終了するため、幾人かの貴族は付き従っていた従者に何事かを指示し、従者たちは慌ただしく夜会会場から去っていった。
「本当に愚かですわね……」
 これでブリュイアンが当主補佐教育を初回からまともに聞いていなかったことが判った。
 系図についての講義は初回に必ず受けることになっている。そこでペルセヴェランスが公爵ではないことは判るはずなのだ。
 だが、この誤解が愚か者3人だけのものではないことにもフィエリテは気づいた。フィエリテの発言に不審そうな顔をしている令息令嬢が幾人かいるのだ。
 彼らはクゥクー公爵家とは然程縁のない、比較的新興の伯爵家の子女だった。もしかしたらその親たちも理解していないものの貴族らしく顔には出していないだけかもしれない。
 上位貴族(伯爵家以上)の中にもクゥクーの役割を知らぬ者がいるとは聞いていたが、まさかこれほどいるとは思わなかったとフィエリテは呆れる。これでは王太子が懸念し、この場で改めて周知すると言っていたのも納得だ。
 馬鹿の相手をするのにも疲れたし、そろそろ終わらせようとフィエリテは思う。根本であるクゥクー公爵家の特異性とそれゆえの継承条件について説明するべきだろう。
 離れたところにいる父たちに目配せをすると、彼らは頷き、フィエリテの元へとやってくる。否、来ようとした。彼らが動き出したとき、また愚か者たちが騒ぎ出したのだ。
「何が愚かだ! 愚かなのは貴様だ! 公爵であるペルセヴェランス卿の愛娘であるリュゼこそが正当な後継者だろうが! 貴様もその母も愛されず放置されていたのだろうが! 公爵はリュゼや母上と共に暮らしている! お前は放置されているじゃないか! それこそ愛されていない証だろう! つまり、お前はクゥクー公爵家の後継には相応しくない! リュゼこそが相応しく、リュゼを愛しリュゼに愛される俺こそが次代のクゥクー公爵なのだ!」
 ブリュイアンの長広舌の妄言にピキリと場の空気が凍った。
 ブリュイアンの発言は間違いだらけだ。ペルセヴェランスのメプリに対する感情は種を蒔いた責任感だけだ。『愛娘』というならばフィエリテこそがそうだ。
 そしてペルセヴェランスは政略結婚だったとはいえフィエリテの母アンソルスランを愛していた。対してヴュルギャリテを愛したことは一度もない。
 アンソルスランとペルセヴェランスの仲睦まじさは当時の社交界では有名だった。だからこそ、ペルセヴェランスが愛人を持ったことに裏事情があることは貴族たちには容易に想像がついていたのだ。
「落ち着け、ペルセヴェランス卿」
 怒りを露にするペルセヴェランスを傍らに立つ王太子サジェスフォルスが宥める。サジェスフォルスも怒りを抱いたが、今はそれを露にするときではない。
「しかし、殿下……」
「落ち着け、兄上。今は我らの愛娘の舞台だ」
 重ねてサジェスフォルスがペルセヴェランスを留める。
「殿下……その『兄上』は止めていただけますか。あまりに低俗すぎる」
 『弟』に止められてペルセヴェランスは呼吸を整える。そう、今は娘の舞台だ。晴れ舞台とはいえないが。
 ペルセヴェランスは改めて静かに愛娘と愚かな婚約者と愛人の娘を見つめた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした

きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。 全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。 その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。 失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

妹に全て奪われて死んだ私、二度目の人生では王位も恋も譲りません

タマ マコト
ファンタジー
【高評価につき21話〜43話執筆も完結】 第一王女セレスティアは、 妹に婚約者も王位継承権も奪われた祝宴の夜、 誰にも気づかれないまま毒殺された。 ――はずだった。 目を覚ますと、 すべてを失う直前の過去に戻っていた。 裏切りの順番も、嘘の言葉も、 自分がどう死ぬかさえ覚えたまま。 もう、譲らない。 「いい姉」も、「都合のいい王女」もやめる。 二度目の人生、 セレスティアは王位も恋も 自分の意思で掴み取ることを決める。 だが、物語はそこで終わらない。 セレスは理解している。 本当の統治は、即位してから始まる。 壊れた制度の後始末。 王太子という肩書きの再定義。 影で生きてきた者たちの行き先。 腐敗を一掃した後に残るものを、どう生かすか。 それを選ぶのが、女王セレスティアの次の戦いだった。

「お前の代わりはいくらでもいる」と笑った婚約者が、翌日から報告書一枚書けなくなった件

歩人
ファンタジー
子爵令嬢リーゼロッテの取り柄は、文章を書くことだけ。 華やかさのかけらもない彼女は、婚約者アルベルトの政務報告、外交書簡、 演説原稿——その全てを代筆していた。 「お前の代わりはいくらでもいる」 社交界の花形令嬢に乗り換えたアルベルトは、笑ってそう言った。 翌日から、彼の机の上には白紙の報告書だけが積み上がっていく。 ——代わりは、いなかった。

【完結】遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!

天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。  魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。  でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。  一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。  トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。  互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。 。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.  他サイトにも連載中 2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。  よろしくお願いいたします。m(_ _)m

婚約破棄?それならこの国を返して頂きます

Ruhuna
ファンタジー
大陸の西側に位置するアルティマ王国 500年の時を経てその国は元の国へと返り咲くために時が動き出すーーー 根暗公爵の娘と、笑われていたマーガレット・ウィンザーは婚約者であるナラード・アルティマから婚約破棄されたことで反撃を開始した

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

モブで可哀相? いえ、幸せです!

みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。 “あんたはモブで可哀相”。 お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?

処理中です...