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第6話 幻の主演
しおりを挟む撮影準備が進む中で、ただ一人だけ決まらない役があった。
――颯役。映画の主人公だ。
岸田は連日、上三川町を歩き回っていた。
原作者・倉木がファックスに残した唯一の手がかりは、たった一行。
> 「十日前、牛丼屋で出会った青年」
それだけだった。名前は「大神社 秀」。
しかし住所も所属事務所も、何もわからない。聞き込みをしても、誰もその名を知らなかった。
まるで幻の存在のようだった。
---
ある夜、岸田は倉木に直談判した。
「先生、本当に彼しかいないんですか? 主演が決まらないと映画が始まりません」
倉木は眼鏡の奥の瞳を光らせ、静かに言った。
「君はまだ知らないんだろうな。――彼がいなければ、『律』は生まれていない」
その言葉に、岸田は息を呑んだ。
---
数日後。町外れの公園。
夜のブランコに、一人の青年が座っていた。ジャージ姿、影を落とす瞳。
だが、その奥にはどこか温かさがあった。
「……大神社 秀さんですか?」
声をかけると、青年は驚いたように顔を上げた。
「なんで俺の名前を?」
岸田は深く頭を下げ、名刺を差し出した。
「あなたに主演をお願いしたいんです。映画『律』で――颯を」
---
秀はしばらく黙っていた。
やがて、かすれた声で呟いた。
「……俺、もう夢なんか諦めたんだ」
その言葉に、岸田の胸はざわついた。
倉木が言った「律の誕生は彼から始まった」という言葉と繋がる。
――颯という主人公は、この青年から生まれたのか。
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