嫁き遅れた逞しいオメガ、龍人アルファに娶られる

天城

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3話 アルファの兄妹

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      ‡

「お兄様! どういうことですか! このランにもしっかり! わかるようにご説明くださいませ!」

 バンッと卓を叩く小さな手が茶碗をひっくり返さないよう、そっと割れ物を横に避けておく。俺の目の前では黒髪を美しく結い上げた可憐な美少女が、火を吹く勢いで怒り狂っていた。
 十二歳になる妹のランイェンだ。正真正銘、血が繋がっているはずだが俺とは全く似ておらず、器量の良い自慢の妹だった。母は末っ子の彼女を産んでから産後の肥立ちが悪くそのまま亡くなった。それからリー家直系の唯一の女性ということで、幼い頃からこの家を切り盛りしている。
 彼女はいま、夕食の席で説明された俺の破婚の話で怒り狂っていた。

「ロウ将軍がお亡くなりになったのは事実だろう。明日には都にも知れ渡るはずだ。結納金は返さなくていいと言われたそうだし良かったじゃないか」
「そこではありません! 既に書面での婚姻は成されていたのですよ? それを追い返すとはどういう了見なのです! お兄様は他のオメガの妻たちと同様に扱われるべきです」
「いや、俺は今日嫁入りしたばかりだし」
「早いか遅いかの問題ではございません! ここまで蔑ろにされてどうして怒らないのですお兄様!」

 美しい黒髪を掻き毟らんばかりに頭を抱えて奇声を上げるランイェンに、後ろから声がかかった。

「阿蘭(アーラン)そのくらいにしておきなさい。阿月(アーユエ)にいくら言っても無駄だともうわかっているだろう」
「スイお兄様ぁ!」

 勢い良く振り向いたランイェンが、飛びつくようにして後ろのスイ兄貴に抱きついた。よく似た容姿の二人がくっついているとまさに美男美女で、見慣れているはずの俺でも眩しく感じる。
 李翠雲(リースイユン)といえば都でも有名なアルファの公子だ。豪商リー家の嫡子で財は勿論のこと、成り上がりの家門なりに権力もある優秀なアルファ、ということで市井の《結婚したい公子》の上位として人気を集めているらしい。
 俺とはひとつ違いの二十七だが、そんなにモテるというのにいまだに嫁の一人も貰わず仕事に明け暮れていた。
 父は助かってるようだけどそれで良いのだろうか。まあアルファはロウ将軍を見る限りかなり歳をとっても嫁には不自由しないようだけど。

「聞きました? いくらロウ家とはいえ許せませんこんな仕打ち!」
「勿論、許しはしないとも。向こうが望んで輿入れしたんだ、可愛い弟の困りごとを私が無視すると思うのかい、アーラン」

 それにしても、愛称として名の前に《阿》をつけるのは十二歳のランイェンにはいいが俺はちょっとどうなんだろう。もう立派に二十六の大人だ。いつまでも兄貴にとっては年下の弟なのだろうが、気恥ずかしい。

「流石スイお兄様です!」

 ランイェンは頬を紅潮させて声を上げた。スッと自然に彼女を抱き上げたスイ兄貴はにこにこと笑っているが、底知れぬ凄みが滲み出ていた。縦抱きにされているランイェンも口元を袖で隠して可愛らしく笑っていたが、どことなく毒々しい気配が漂っている。
 この二人は、容姿だけでなく根の部分がとてもよく似ていた。艶やかな黒髪と見目麗しい容貌、他人に対して表向きは猫を被りとても人当たりがよく、それに反して内面には少し棘がある。俺は残念ながらどちらとも似ていないが、この二人は寄り添っていると兄妹だというのがすぐにわかった。
 三人とも全く同じ親から生まれたはずなのに俺だけは横に並ぶと従者のように見える。俺の顔は平凡だし黒髪も日に焼けてどことなく茶色がかっていた。そもそもアルファの兄貴とはまとう空気からして違っている。

「都の荷を掌握しているこのリー家の恐ろしさをじっくりとわからせてやろうね」
「素敵ですわお兄様!」

 俺とこの二人との違いを「オメガだから少し違うだけだ」と家族は言う。しかも俺に対して二人はとても過保護なので、身内への評が甘いのではないかと心配になった。ランイェンなど俺みたいなオメガを探して娶るのだと言って聞かないのだから困ったものだ。悪いけど都中探してもこんな逞しくて残念なオメガはいないと思う。
 妹は十二歳ということで、彼女もそろそろ第二の性が判明する年頃だ。十中八九アルファだろうと本人も屋敷の者たちも思っている。
 何故なら、ランイェンはスイ兄貴の幼い頃そっくりだからだ。この歳で王都での商いに関する法を全て暗記し、法務を担当してリー家に貢献している。……まあとにかくこんな天才アルファに囲まれてオメガの俺は毎日眩しいばかりなんだ。

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