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一章

深淵の大穴・3

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 白銀狼のケープはこの上なくカーティスに似合っていた。

 魔王としても、これだけ素晴らしい品なら似合う者が着るのが1番では?と思ったので、そのままコートをあげてしまおうかとも思ったのだが。

 それはルカにもカーティスにも反対された。
 確かに、これをくれたミハイルにも失礼だ。妥協点として長さ調節の過程で切り取った部分をカーティス用のケープに加工する、となった。

 実はこの白銀狼、ミハイルが自分で狩ってきたのだという。
 さすが元老院の長老、魔力の強さも戦闘能力も文句のつけようがない。しかもミハイルはセンスが良いのだ。
 加工はさすがに職人に任せたが、デザインや内側の加工など全てミハイルが指定してつくらせた。
 その裾を切って加工するとなると、ミハイルは落胆するか怒るのではないか?とも思ったが、全くそんなこともなく

『魔王様に献上したものは、全て魔王様のよきように!』
とにこにこしながら言っていたので、好きなようにした。
 
 よしよしいいこ、とミハイルの頭を撫でて卒倒させたのは余談である。



 そんなわけで魔王はくるぶしまでの長いコート、カーティスは腰丈までのケープをまとい、晴れた雪山にきていた。
 防寒対策も完璧で、薄く塗るだけで冷気を遮断するクリームを肌に塗ってある。風が吹いても頬が冷たくなることはなかった。
 
「アーク様!雪の結晶が!」
「あれは……めずらしい、雪月精だね。見られるとは運がいいな。採取して持って帰る?」
「はい!」

 前世染み付いた貧乏根性とでも言おうか。
 出先で売れそうな素材を見つけるとつい採取してしまうのだ。散歩にきたのにせっせと結晶集めをした2人は、岩場に腰掛けてひと休みしお弁当を食べた。

 水分の少ないパンに野菜、ハム、チーズがはさまった簡単なサンドイッチにミルクティーだ。お茶はたっぷり砂糖が入っていて甘くて美味しい。身体もほっこり温まる。

 ミルクといえば、このあたりでは乳牛さえ魔獣の血を引いている。蹴り飛ばされれば死ぬので魔道具を使っての乳搾りが主流だ。

 魔王が即位してから、生活に密着した魔道具の開発も盛になった。
 効率良く、最低限の労力で最高の結果をもたらしたい。魔王は死に戻りしてから即、魔術師達に働きかけて、広く市井で使われる魔道具の開発に力を入れさせた。

 それになんと報奨金をつけたのである。どんな小さなものでも、可笑しなものでも、こんなのあったら良いなと思う魔道具を作ってくれと頼んだ。

 そして特設の試運転会場で民に見てもらい、欲しいと思ったものを購入してもらう。それで売上1番になった者に、報奨金を出した。……もちろん、魔道具の売上から出している。
 魔王の懐も国庫もまったく痛まない。これがなかなか評判で、民も開発者も大喜びだった。魔道具開発の研究所も、新しいものが建設予定である。

 このあたりは雪が深く、作物がなかなか育たない。一年に数ヶ月だけある夏が、唯一の芽吹きの季節だ。その間だけで収穫できるものはあまりにも少なかった。

 だから魔王は、雪深く家に閉じ込められる冬、この土地の民に魔道具の内職をさせた。魔族はどんな身分でも少なからず魔力を持つので、開発が済んで組み方の決まった魔道具を大量生産するのは誰でも可能だ。

 魔王はこの地の民に、産業をもたらした。
 そして今日もその魔道具で絞られた牛乳を飲んでいる。ルカのいれたミルクティーはいつも美味しかった。

「アーク様?」
「あ、ごめんごめん。食べ終わった?じゃあ次に行こうか」

 次に2人が向かったのは、魔族の土地の端の端、切り立った崖の前だった。そこにはまさに瀑布と呼べる直下型の大きな滝があり、深い滝壺からうねるように川が流れている。

 この滝の側には、何故か砂浜がある。とてつもない量の水が深淵の大穴から落ちてくる時、水流が巻かれ激しくミキサーにかけられるのだ。そして中にあった不純物は分離し、研磨され、粉々になって滝壺のそばに堆積した。それが『星屑の砂』である。
 
 ──またもや貴重素材だ。

 ふと視線を向けると、カーティスは心得たとでもいうように布の袋を手渡してきた。

 星屑の砂とは、本当に砂になった物を言うわけではない。
 星の形に研磨された石で、何万分の一かの確率でそんなカタチになった奇跡の一粒である。指先でつまめる程度の大きさだった。カーティスの小指の爪くらいだろうか。

 ふたりで黙々と砂浜を歩き、採取をする。
 途中、綺麗な楕円形の水晶を見つけ2人で大喜びした。
 後でアミュレットにでも加工しよう。

「さて、日が暮れる前に深淵の大穴へ行こうか」
「はい!」

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