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3話
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「腕が6本ありますね。それに、赤い瞳の下に……」
「土蜘蛛さまは8個の目をお持ちです。人型のときはこうして、2個の目の下に、ほくろのように点在させているようですね」
鶴岡の指摘に改めて、蜘蛛なんだなと腑に落ちる。
ぞわりと立った鳥肌を、サエはそれとなく擦った。
その仕種を見て、鶴岡が提案をしてきた。
「蜘蛛が苦手だと、土蜘蛛さまに伝えてみましょう。善処してくれるかもしれません」
そして通話アプリを起動させる。
軽快に履歴をタップしているが、一体どこにかけているのか。
「スピーカーにしますので、サエさまの声も入ります。ご遠慮なく発言してくださいね」
「これは誰と……?」
『なんだ?』
サエの質問が終わる前に、相手へと繋がった。
低すぎず、高すぎず、よく通る声には品格がある。
もしかしなくても、これが土蜘蛛さまか、とサエは仰天した。
神様を通話アプリで呼び出すなんて、一般人の常識にはない。
「異類婚姻マッチングセンターの鶴岡です。ただいま、土蜘蛛さまのご要望に最適なお嬢さまと、面談をしています」
『もう見つかったのか!?』
がたっと音がした。
サエも鶴岡も動いていないので、土蜘蛛側の音をマイクが拾ったのだろう。
「ところが少々、問題が発生しております。山上家のご息女サエさまを選出いたしましたが、ご本人さまは蜘蛛が苦手だそうです」
『サエ――良い名だ。私はまにゅあるに則って、常日頃から人型をとっているが、それでも駄目だろうか?』
鶴岡がサエの顔を窺う。
土蜘蛛の質問に対する回答を、待っているのだろう。
「マニュアルがあるんですか?」
しかし、サエが気になったのは別のところだった。
サエの疑問には、鶴岡が応じる。
「最近は人外さまと接触した経験がない人ばかりなので、人外さまに『花嫁に怖がられないためのマニュアル』が配布されているんです」
『それに従って、私も努力をしている』
自負心に満ちた土蜘蛛の言葉が続いた。
人外の側に配慮を求めるのは、ちょっと図々しくはないだろうか。
しかし、その内容には興味が引かれる。
「ちなみに人型になる以外には、どんなことが記載されているんですか?」
怖いと思っているのは自分だけじゃないんだ、という安心感がサエの発言を後押しした。
『人間のこみゅにけーしょん方法を身につける、とある。花嫁の許可なくやたらと触らないとか、美味しそうは誉め言葉じゃないとか、閉じ込めるのは愛の形ではないとか――』
土蜘蛛が読み上げる内容に、サエの顔色が悪くなる。
これは確かにマニュアルがないと、とんでもないことになりそうだ。
『他にも、花嫁のために人間らしい生活ができる空間を整える、とある。私は腕が6本あるから、箒掃きや雑巾がけが得意だ。だが煮炊きをしているときは、たまに腕がこんがらがる』
6本の腕を駆使して、掃除や料理をしているのか。
想像すると、なんだか可笑しい。
ふた昔前の花嫁修業さながら、割烹着を身につけた土蜘蛛が、家事に奮闘する様子をサエは思い浮かべた。
意識が内に向かったことで黙り込んでしまったサエに、反応の悪さを感じたのだろう。
気落ちした土蜘蛛が、しょんぼりと尋ねる。
『……サエは、蜘蛛のどんなところが嫌なのだろうか?』
ここは正直に打ち明けるのが誠実というものだろう。
サエは土蜘蛛を傷つけるかもしれないと分かっていても、苦手意識を覚える箇所を挙げていった。
「足や目がたくさんあるところ……」
『腕は4本ほど、着物の下へ隠そう。目には上から、絆創膏でも貼ろうか』
「毛むくじゃらなところ……」
『よく知っているな。しかし、対策はばっちりだ。めんずえすて御用達という、最新の脱毛器具を使っている』
「音もなく急に現れるところ……」
『歩くときはなるべく、足音を立てるようにしよう』
「糸を張るところ……」
『無意識に張ってしまうかもしれないが、すぐに片付ける。私は、はたき掛けにも自信がある』
「天井や壁を這うところ……」
『人型でいるときは、天井や壁には張り付けない。どうか安心して欲しい』
サエが列挙する嫌いポイントに、土蜘蛛がひとつひとつ改善案を述べていく。
なにより必死なその様子に、サエは若干絆されつつあった。
「サエさま、どうでしょう? 土蜘蛛さまの努力で、折り合いがつきそうですか?」
鶴岡に促されるが、あと一歩が踏み出せない。
なにせ人外との結婚など、これまでの人生の予定にはなかったことだ。
大事なことなので、勢いに任せたくないとサエは悩む。
「今ここで、結論を出すのは難しそうです。もう少し考えてもいいですか?」
「もちろんです。よければ、お見合いのセッティングもできますよ」
まだ土蜘蛛とは、通話アプリを介して話しただけだ。
実際に会ってみるのも、いい判断材料になりそうだった。
お見合いに前向きなサエへ、鶴岡が注釈を入れる。
「ただ人外さまにはたいてい縄張りがありまして、基本的にはそこから離れられないんです」
「ということは、私の方から訪問したらいいんですね」
土蜘蛛はどこに住んでいるのだろう。
山上家が山の上で暮らしていたのなら、祀られていた土蜘蛛の住処も山に違いない。
サエの考えを、鶴岡が肯定する。
「土蜘蛛さまのお住まいは、かなり山奥にありますので、お見合いの際にはわたくしが同行し、安全面には細心の注意を払います」
「鶴岡さんと一緒に、登山するってことですか?」
サエは頭の中で手持ちの服を確認した。
野外活動向けなのは、学生時代に着ていたジャージしかない。
「移動にはヘリコプターを使います。サエさまは、高所恐怖症だったりしますか?」
「い、いいえ。大丈夫です」
思いもよらない交通手段に、サエは狼狽える。
あの分厚い封筒を受け取ってからというもの、初めて体験することばかりだ。
『サエ、待っている。当日はへりぽーとまで迎えに行く』
どうやらヘリポートは、土蜘蛛の縄張り内にあるらしい。
日程まで決めると、鶴岡が通話アプリを閉じた。
「サエさま、本日はお疲れ様でした」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「何かありましたら、いつでもお気軽にご連絡くださいね。ではまた、お見合いの日に――」
「土蜘蛛さまは8個の目をお持ちです。人型のときはこうして、2個の目の下に、ほくろのように点在させているようですね」
鶴岡の指摘に改めて、蜘蛛なんだなと腑に落ちる。
ぞわりと立った鳥肌を、サエはそれとなく擦った。
その仕種を見て、鶴岡が提案をしてきた。
「蜘蛛が苦手だと、土蜘蛛さまに伝えてみましょう。善処してくれるかもしれません」
そして通話アプリを起動させる。
軽快に履歴をタップしているが、一体どこにかけているのか。
「スピーカーにしますので、サエさまの声も入ります。ご遠慮なく発言してくださいね」
「これは誰と……?」
『なんだ?』
サエの質問が終わる前に、相手へと繋がった。
低すぎず、高すぎず、よく通る声には品格がある。
もしかしなくても、これが土蜘蛛さまか、とサエは仰天した。
神様を通話アプリで呼び出すなんて、一般人の常識にはない。
「異類婚姻マッチングセンターの鶴岡です。ただいま、土蜘蛛さまのご要望に最適なお嬢さまと、面談をしています」
『もう見つかったのか!?』
がたっと音がした。
サエも鶴岡も動いていないので、土蜘蛛側の音をマイクが拾ったのだろう。
「ところが少々、問題が発生しております。山上家のご息女サエさまを選出いたしましたが、ご本人さまは蜘蛛が苦手だそうです」
『サエ――良い名だ。私はまにゅあるに則って、常日頃から人型をとっているが、それでも駄目だろうか?』
鶴岡がサエの顔を窺う。
土蜘蛛の質問に対する回答を、待っているのだろう。
「マニュアルがあるんですか?」
しかし、サエが気になったのは別のところだった。
サエの疑問には、鶴岡が応じる。
「最近は人外さまと接触した経験がない人ばかりなので、人外さまに『花嫁に怖がられないためのマニュアル』が配布されているんです」
『それに従って、私も努力をしている』
自負心に満ちた土蜘蛛の言葉が続いた。
人外の側に配慮を求めるのは、ちょっと図々しくはないだろうか。
しかし、その内容には興味が引かれる。
「ちなみに人型になる以外には、どんなことが記載されているんですか?」
怖いと思っているのは自分だけじゃないんだ、という安心感がサエの発言を後押しした。
『人間のこみゅにけーしょん方法を身につける、とある。花嫁の許可なくやたらと触らないとか、美味しそうは誉め言葉じゃないとか、閉じ込めるのは愛の形ではないとか――』
土蜘蛛が読み上げる内容に、サエの顔色が悪くなる。
これは確かにマニュアルがないと、とんでもないことになりそうだ。
『他にも、花嫁のために人間らしい生活ができる空間を整える、とある。私は腕が6本あるから、箒掃きや雑巾がけが得意だ。だが煮炊きをしているときは、たまに腕がこんがらがる』
6本の腕を駆使して、掃除や料理をしているのか。
想像すると、なんだか可笑しい。
ふた昔前の花嫁修業さながら、割烹着を身につけた土蜘蛛が、家事に奮闘する様子をサエは思い浮かべた。
意識が内に向かったことで黙り込んでしまったサエに、反応の悪さを感じたのだろう。
気落ちした土蜘蛛が、しょんぼりと尋ねる。
『……サエは、蜘蛛のどんなところが嫌なのだろうか?』
ここは正直に打ち明けるのが誠実というものだろう。
サエは土蜘蛛を傷つけるかもしれないと分かっていても、苦手意識を覚える箇所を挙げていった。
「足や目がたくさんあるところ……」
『腕は4本ほど、着物の下へ隠そう。目には上から、絆創膏でも貼ろうか』
「毛むくじゃらなところ……」
『よく知っているな。しかし、対策はばっちりだ。めんずえすて御用達という、最新の脱毛器具を使っている』
「音もなく急に現れるところ……」
『歩くときはなるべく、足音を立てるようにしよう』
「糸を張るところ……」
『無意識に張ってしまうかもしれないが、すぐに片付ける。私は、はたき掛けにも自信がある』
「天井や壁を這うところ……」
『人型でいるときは、天井や壁には張り付けない。どうか安心して欲しい』
サエが列挙する嫌いポイントに、土蜘蛛がひとつひとつ改善案を述べていく。
なにより必死なその様子に、サエは若干絆されつつあった。
「サエさま、どうでしょう? 土蜘蛛さまの努力で、折り合いがつきそうですか?」
鶴岡に促されるが、あと一歩が踏み出せない。
なにせ人外との結婚など、これまでの人生の予定にはなかったことだ。
大事なことなので、勢いに任せたくないとサエは悩む。
「今ここで、結論を出すのは難しそうです。もう少し考えてもいいですか?」
「もちろんです。よければ、お見合いのセッティングもできますよ」
まだ土蜘蛛とは、通話アプリを介して話しただけだ。
実際に会ってみるのも、いい判断材料になりそうだった。
お見合いに前向きなサエへ、鶴岡が注釈を入れる。
「ただ人外さまにはたいてい縄張りがありまして、基本的にはそこから離れられないんです」
「ということは、私の方から訪問したらいいんですね」
土蜘蛛はどこに住んでいるのだろう。
山上家が山の上で暮らしていたのなら、祀られていた土蜘蛛の住処も山に違いない。
サエの考えを、鶴岡が肯定する。
「土蜘蛛さまのお住まいは、かなり山奥にありますので、お見合いの際にはわたくしが同行し、安全面には細心の注意を払います」
「鶴岡さんと一緒に、登山するってことですか?」
サエは頭の中で手持ちの服を確認した。
野外活動向けなのは、学生時代に着ていたジャージしかない。
「移動にはヘリコプターを使います。サエさまは、高所恐怖症だったりしますか?」
「い、いいえ。大丈夫です」
思いもよらない交通手段に、サエは狼狽える。
あの分厚い封筒を受け取ってからというもの、初めて体験することばかりだ。
『サエ、待っている。当日はへりぽーとまで迎えに行く』
どうやらヘリポートは、土蜘蛛の縄張り内にあるらしい。
日程まで決めると、鶴岡が通話アプリを閉じた。
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