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五話 穏やかではない初夜
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ユリアーナが20歳になったらすぐに、エーミールとの結婚式が執り行われる。
その日に向けて、バステル子爵は王都で大人気のデザイナーを抱える商館にユリアーナとエーミールを連れて行ってくれた。
「大事な衣装だ。ここで金に糸目をつけるような親はいない。好きなものを好きな様にオーダーしなさい」
大人気とあって、このデザイナーがかかわる衣装はどれも桁が違う。
それをものともしないのはさすがバステル子爵だった。
(一生に一度の花嫁衣装だもの。じっくり考えて納得のいくドレスにしたいわ)
今の流行りは身に沿うスッと細いデザインだが、ユリアーナは自分が平均よりも豊満であることを知っていたので、あえて古風でふんわりとしたレースたっぷりのデザインを選んだ。
さっさと自身のタキシードを選んでしまったエーミールも、「それが君にはよく似合うよ」と褒める。
次は生地の色をどうしようかと悩むユリアーナに、デザイナーはお互いの瞳の色を生地に取り入れてはどうかと勧める。
バステル子爵はそんな二人の隣でマルゴットのドレスも依頼した。
きっと結婚式には参列したいと、言い出すことを予想して。
◇◆◇
それから数か月後にドレスがバステル子爵家に届けられると、ユリアーナはさっそく試着してみた。
「さすがオーダーメイドでお願いしたドレスは違うわね」
ゆったりして見えてきちんとメリハリを出してくれる。
これを着てエーミールの隣に立ち、結婚式に臨むのだと思うと嬉しくて胸がきゅんとする。
丁寧に採寸して制作してくれたデザイナーやお針子たちに感謝し、結婚式までは体形が変わらないよう気をつけようと心に決めた。
今までだったら体形変化の天敵は、エーミールが邸へ来たときにおしゃべりしながら食べ過ぎてしまうお菓子だった。
ところが、領地経営についてバステル子爵から学んでいるのに加えて、家庭教師を招いた花嫁修業も始まり、せっかくエーミールが訪ねてきてもユリアーナの空き時間とすれ違うことが増えた。
そんなときエーミールはマルゴットと気兼ねなくお菓子を食べておしゃべりを楽しんでいるそうだ。
「どうぞこっちのことはお気になさらず。ユリアーナはしっかり勉強してね」
「そうだよ、ここにあるお菓子はすべて僕のお腹の中に収めておくからね」
たくさん食べても太らないエーミールの体質がとてもうらやましいユリアーナだった。
そんなふうにいつも通りの日々を過ごして、決して浮かれているつもりはなかったユリアーナだったが、マルゴットのときおり見せる暗い表情が気になった。
結婚式の日が近づくにつれ、ますますそれが顕著になる。
どうしても心配が募ってエーミールにこっそり相談してみると――。
「マリッジブルーじゃないのか」
まるで見当違いの答えを返してきて呆れた。
「マリッジブルーになるのは結婚する当事者でしょ」
「双子なんだから気持ちが繋がっているのかもしれないよ」
今度はちょっとだけ信憑性の高い答えを返してきた。
(いつのまに素直に心の内を打ち明けられない距離感になっていたのだろう)
ユリアーナは忙しさにかまけて、マルゴットのことをエーミール任せにしすぎたと反省するのだった。
◇◆◇
双子の姉妹が産まれた日のように、どこまでも青い空だった。
身支度を終えたユリアーナは、邸から豪奢な馬車に乗ってバステル子爵とともに教会へ向かう。
残念だがマルゴットは参列ができなかった。
エーミールが車椅子ごと運ぼうと申し出てくれたが、マルゴットがそれを断ったのだ。
きっとユリアーナの結婚式を見たら感激してしまって、冷静でいられる自信がないからと。
ドレスを用意していたバステル子爵だが、心臓に万が一のことがあってはいけないと、マルゴットの言う通りにさせた。
片割れのいない結婚式にさみしさはあるが、それでもユリアーナは堂々と式に臨んだ。
(明日から私が子爵位を継いで領地を護っていくのだから、しっかりしなくては)
ユリアーナほどの緊張は感じていないエーミールと、真っ赤なカーペットを歩く。
永遠の愛を誓い、口づけを交わすとき、母様のことを思い浮かべた。
きっと父様と母様の結婚式も素敵だったのだろうな。
どうか母様、天国から私たちを見守っていてください。
◇◆◇
「じゃあ、始めるよ」
披露宴が終わり、新郎新婦は一足先に会場を退出した。
これからは二人で使う夫婦の部屋に入り、初夜の支度を済ませてからベッドの上で向き合っているところだ。
若いメイドに着せられた透けたネグリジェが恥ずかしくて、ユリアーナはまともに顔があげられない。
「これからもよろしくね」
かろうじて絞り出した声に、エーミールはふふっと笑う。
「初めてが痛いのはしょうがないから、我慢してね」
「分かっているわ、エーミールのせいにはしない」
恥ずかしがるユリアーナのためなのか、エーミールはネグリジェを脱がせることはせず、下着だけを足から抜き取ると両膝を開かせた。
「ちょっと待っていて」
花の香りが漂ってきたことから、滑りをよくするための油を取り出したのだと分かる。
(いよいよだわ。力を抜かなくちゃ)
家庭教師に教わった花嫁修業の中にあった通り、深呼吸をして全身から力を抜こうとするユリアーナ。
掌で温められた油が股の間にたっぷりと塗りこめられていくのを感じる。
「いくよ。なるべく早く終わらせるから」
エーミールの指で広げられたユリアーナの陰唇に、自分とは違う体温の何かがあてがわれる。
大丈夫、大丈夫と呟き衝撃にそなえる。
「いっ!」
(痛い! 痛い! 痛い!)
とんでもない痛さに目がチカチカする。
一瞬で強張ってしまった体に、エーミールが苦労しているのが分かる。
力任せにこじ開けながら無理やり自身を突っ込もうとしている。
(止めて! 止めて! 止めて!)
ユリアーナは生理的な痛みで涙があふれた。
口を大きく開けて短く呼吸を繰り返し、少しでも痛みを逃そうと体が防衛反応をとっている。
そこからの記憶はあまりないが、長くは耐えきれずに意識を飛ばしたことだけは確かだった。
◇◆◇
「初夜で孕む確率はどれくらいなんだろうな」
自分の体が清拭されているのを感じる。
きっと独り言をつぶやいているのはエーミールだ。
(私たち、ちゃんと初夜を達成できたのね)
うとうとしていると、エーミールが部屋から出ていく気配がした。
どこに行くのだろう?
浴室ならば同じ寝室の別の扉から行ける。
喉が渇いたのかしら?
そろりと目を開けると、サイドテーブルにはクリスタルのピッチャーにレモン水がたっぷりと入っていた。
おかしいわね?
疑問を覚えたユリアーナはベッドから起き上がり、音を忍ばせエーミールの後をつけた。
エーミールは迷いもせずにどこかを目指している。
暗い中、たいした明かりもなしに進むということは、よほど行きなれた場所なのだろう。
むしろユリアーナのほうが、足元を気にしながらゆっくり進む羽目になった。
何度か角を曲がったあと、ある長い回廊の先でエーミールの姿が消える。
(え?ここは……)
車椅子のために段差をなくした扉が施してある、マルゴットの部屋だった。
その日に向けて、バステル子爵は王都で大人気のデザイナーを抱える商館にユリアーナとエーミールを連れて行ってくれた。
「大事な衣装だ。ここで金に糸目をつけるような親はいない。好きなものを好きな様にオーダーしなさい」
大人気とあって、このデザイナーがかかわる衣装はどれも桁が違う。
それをものともしないのはさすがバステル子爵だった。
(一生に一度の花嫁衣装だもの。じっくり考えて納得のいくドレスにしたいわ)
今の流行りは身に沿うスッと細いデザインだが、ユリアーナは自分が平均よりも豊満であることを知っていたので、あえて古風でふんわりとしたレースたっぷりのデザインを選んだ。
さっさと自身のタキシードを選んでしまったエーミールも、「それが君にはよく似合うよ」と褒める。
次は生地の色をどうしようかと悩むユリアーナに、デザイナーはお互いの瞳の色を生地に取り入れてはどうかと勧める。
バステル子爵はそんな二人の隣でマルゴットのドレスも依頼した。
きっと結婚式には参列したいと、言い出すことを予想して。
◇◆◇
それから数か月後にドレスがバステル子爵家に届けられると、ユリアーナはさっそく試着してみた。
「さすがオーダーメイドでお願いしたドレスは違うわね」
ゆったりして見えてきちんとメリハリを出してくれる。
これを着てエーミールの隣に立ち、結婚式に臨むのだと思うと嬉しくて胸がきゅんとする。
丁寧に採寸して制作してくれたデザイナーやお針子たちに感謝し、結婚式までは体形が変わらないよう気をつけようと心に決めた。
今までだったら体形変化の天敵は、エーミールが邸へ来たときにおしゃべりしながら食べ過ぎてしまうお菓子だった。
ところが、領地経営についてバステル子爵から学んでいるのに加えて、家庭教師を招いた花嫁修業も始まり、せっかくエーミールが訪ねてきてもユリアーナの空き時間とすれ違うことが増えた。
そんなときエーミールはマルゴットと気兼ねなくお菓子を食べておしゃべりを楽しんでいるそうだ。
「どうぞこっちのことはお気になさらず。ユリアーナはしっかり勉強してね」
「そうだよ、ここにあるお菓子はすべて僕のお腹の中に収めておくからね」
たくさん食べても太らないエーミールの体質がとてもうらやましいユリアーナだった。
そんなふうにいつも通りの日々を過ごして、決して浮かれているつもりはなかったユリアーナだったが、マルゴットのときおり見せる暗い表情が気になった。
結婚式の日が近づくにつれ、ますますそれが顕著になる。
どうしても心配が募ってエーミールにこっそり相談してみると――。
「マリッジブルーじゃないのか」
まるで見当違いの答えを返してきて呆れた。
「マリッジブルーになるのは結婚する当事者でしょ」
「双子なんだから気持ちが繋がっているのかもしれないよ」
今度はちょっとだけ信憑性の高い答えを返してきた。
(いつのまに素直に心の内を打ち明けられない距離感になっていたのだろう)
ユリアーナは忙しさにかまけて、マルゴットのことをエーミール任せにしすぎたと反省するのだった。
◇◆◇
双子の姉妹が産まれた日のように、どこまでも青い空だった。
身支度を終えたユリアーナは、邸から豪奢な馬車に乗ってバステル子爵とともに教会へ向かう。
残念だがマルゴットは参列ができなかった。
エーミールが車椅子ごと運ぼうと申し出てくれたが、マルゴットがそれを断ったのだ。
きっとユリアーナの結婚式を見たら感激してしまって、冷静でいられる自信がないからと。
ドレスを用意していたバステル子爵だが、心臓に万が一のことがあってはいけないと、マルゴットの言う通りにさせた。
片割れのいない結婚式にさみしさはあるが、それでもユリアーナは堂々と式に臨んだ。
(明日から私が子爵位を継いで領地を護っていくのだから、しっかりしなくては)
ユリアーナほどの緊張は感じていないエーミールと、真っ赤なカーペットを歩く。
永遠の愛を誓い、口づけを交わすとき、母様のことを思い浮かべた。
きっと父様と母様の結婚式も素敵だったのだろうな。
どうか母様、天国から私たちを見守っていてください。
◇◆◇
「じゃあ、始めるよ」
披露宴が終わり、新郎新婦は一足先に会場を退出した。
これからは二人で使う夫婦の部屋に入り、初夜の支度を済ませてからベッドの上で向き合っているところだ。
若いメイドに着せられた透けたネグリジェが恥ずかしくて、ユリアーナはまともに顔があげられない。
「これからもよろしくね」
かろうじて絞り出した声に、エーミールはふふっと笑う。
「初めてが痛いのはしょうがないから、我慢してね」
「分かっているわ、エーミールのせいにはしない」
恥ずかしがるユリアーナのためなのか、エーミールはネグリジェを脱がせることはせず、下着だけを足から抜き取ると両膝を開かせた。
「ちょっと待っていて」
花の香りが漂ってきたことから、滑りをよくするための油を取り出したのだと分かる。
(いよいよだわ。力を抜かなくちゃ)
家庭教師に教わった花嫁修業の中にあった通り、深呼吸をして全身から力を抜こうとするユリアーナ。
掌で温められた油が股の間にたっぷりと塗りこめられていくのを感じる。
「いくよ。なるべく早く終わらせるから」
エーミールの指で広げられたユリアーナの陰唇に、自分とは違う体温の何かがあてがわれる。
大丈夫、大丈夫と呟き衝撃にそなえる。
「いっ!」
(痛い! 痛い! 痛い!)
とんでもない痛さに目がチカチカする。
一瞬で強張ってしまった体に、エーミールが苦労しているのが分かる。
力任せにこじ開けながら無理やり自身を突っ込もうとしている。
(止めて! 止めて! 止めて!)
ユリアーナは生理的な痛みで涙があふれた。
口を大きく開けて短く呼吸を繰り返し、少しでも痛みを逃そうと体が防衛反応をとっている。
そこからの記憶はあまりないが、長くは耐えきれずに意識を飛ばしたことだけは確かだった。
◇◆◇
「初夜で孕む確率はどれくらいなんだろうな」
自分の体が清拭されているのを感じる。
きっと独り言をつぶやいているのはエーミールだ。
(私たち、ちゃんと初夜を達成できたのね)
うとうとしていると、エーミールが部屋から出ていく気配がした。
どこに行くのだろう?
浴室ならば同じ寝室の別の扉から行ける。
喉が渇いたのかしら?
そろりと目を開けると、サイドテーブルにはクリスタルのピッチャーにレモン水がたっぷりと入っていた。
おかしいわね?
疑問を覚えたユリアーナはベッドから起き上がり、音を忍ばせエーミールの後をつけた。
エーミールは迷いもせずにどこかを目指している。
暗い中、たいした明かりもなしに進むということは、よほど行きなれた場所なのだろう。
むしろユリアーナのほうが、足元を気にしながらゆっくり進む羽目になった。
何度か角を曲がったあと、ある長い回廊の先でエーミールの姿が消える。
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