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二十週目
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その場で起こったことを全て説明するのは、畑中純一には困難である。
意識が回復してからも今ひとつ要領を得ない、というか肝心の部分が得られない、そんな薄気味の悪さに事情聴取の中村刑事は少し苛立っているようだった。
小林警部の言によると純一が発見されたのは、キャンプ場などの公園施設ではなく普段は使われていない、というか一般の地図に乗らないダム建設前後の時期に利用された作業スペース、いわゆる飯場の跡だったらしい。跡といっても将来を見越して若干備蓄された資材や関係品があって遺棄というほど徹底したものではなかったが、なんに使うかといえば用途は思いつかないようなそういうモノだった。
当初、純一が現場の倉庫の窓から辺りを見回した光景から、車両進入可能で、台車が使える程度に平坦で、空がひらけているという立地からは幾つものキャンプ地が候補に上がったが、結局ソレらしいものは見つからず、遺棄された別荘やボート小屋、駐車場にドライブインやラブホテルなども検索の対象になった。
だが、当初その飯場は完全に見落とされていた。
わずか数時間で車両四十台、後方の人員まで含めて二百名、さらに明朝より増員予定という人員体勢が構築されたのは、奇跡的だった。新年早々の凶悪犯罪に今を逃せば新たな犯罪を産むという現場警察官の意地のようなものが、単純に純一の生命の安全のみを鑑みてということを上回ったにせよ、こちらの県警を本気で動かしていた。
だから事情聴取の中村刑事は、仲間が見落とし単に好奇心から尋ねた慶子の言をうけて捜査本部に連絡してきた他県警の警部の指摘にショックを受けていた。しかしその助力があったにせよ、日が変わるまでには、と小林警部に請け合い、辛うじてその言葉が達成できたことは誇らしく感じていた。
たとえソコに新たに困難な事件があったとしても、それが純一によってなされたとは、中村刑事にも捜査本部の現場のほぼ全員にも思えなかった。
数少ない証拠として何かを語って欲しかっただけだ。
純一が監禁されていた飯場の存在が注目されたのは、慶子がクマを見かけたからであるらしい。実際には良く解らんのだがまぁとりあえず、と小林警部は言葉を濁した。
ここでは部外者というか宙ぶらりんの立場の小林警部が、レンタカー会社から集まった免許証写真のチェックを終え空振りに切なさを噛み締めている慶子を、それらしい遺留品を発見したという報告で集まっている皆のところに案内している時に、慶子がソレを見かけたらしい。
他県県警の立場を慮って小林警部は好奇心からと連絡はした。ただ、慶子は見かけた人影を純一であると確信していて、その慶子に急かされそれなりの速さ――何キロとは言えない――で移動していた車を慶子は大声を挙げて止めさせ、急いでいるはずの道を引き返させた。
実際のところ、慶子がナニを見たのかは良く分からないのだが、直立してぼんやり立っていた人のようなものが消えたというところにたしかに道があったことで、この道はどこへ通じているのかと慶子が小林警部に尋ねたことがきっかけだった。
当然、小林警部に答える術はなく捜査本部に連絡し照会したところ、この段では可能性は皆無ではない、という判断から人員が回されることになった。
指揮権やらひとりだけでは危ないやら、という小林警部の分かっているけど分からない説得を無視しようとする慶子を、行くから待ってろ、と怒鳴りつけた携帯電話の紫の声に小林警部の立場を思い出した慶子が、応援のパトカーの回転灯を待っていたのは五分ほど。更に一台先に行ってしまう警官たちに従いて行きたい慶子を、小林警部はやはり辛抱強く押しとどめた。
さらに五分ほどして紫たちがやってきて、あっちのはちがった、と慶子に報告するとまさに解き放たれたように慶子は駆け出した。
正直なところを述べれば小林警部は、失敗した、と思った。
新人の腰の座っていない警官が入口で吐いていたのを見て、失敗したと思った。
現場の騒がしい声を聞いて、失敗したと思った。
血の匂いを嗅いで、失敗したと思った。
血まみれの死体と転がる身体を見て、腰を落とし立ちすくみ泣き叫ぶ彼女らを見て、失敗したと思った。
それは九名が血の沼に倒れ伏すという事故現場以外では小林警部もあまり見たことのない現場だった。
純一が抵抗の結果、重体にした三名とやはり重体の市川玄太を除いて四名が死亡していた。顔色は悪かったものの平静を保っていた未来が、上半身裸の鞭打たれた姿で倒れていた純一をそれと見定めた。警官の生存確認の報告をあえて自分で脈をとり、傷だらけの背中をなぞり、ちぎれかけた耳を抑え、体温と呼吸と傷の脈動を確認してから、未来は三人のところへもどり純一の無事を報告してその手を引いて純一のところに連れていった。
――アンパンみたいにちぎられていた。
そう中村刑事は死体の様子を話した。
市川の傷も右ひじの関節を小さな工作機械のようなもので潰された風で、痛みと恐怖で今も人事不省だという。
現場に真っ先に駆けつけた応援の警官は当初、死体の有様からクマにでも殴られたかのかと思ったという。だから慶子がクマを見かけたのだろう、ということになっている。だが、この湖のそばではダムの完成の前からクマの話はなかったし、シカやイノシシといった雰囲気の傷でもなかった。
男たちは無抵抗というわけでもなかったようだが、その武器とした長いバールに相手のものと思しき痕跡はなかった。
やがて捜査本部から飛んできた鑑識班が動物にしては遺留物と思しきものが少なすぎる、損傷の程度に比して欠損が少ないなどの疑問点を述べていた。簡単に言えばブルドーザーなどの重機による事故や船舶でたまにある、撥ね飛ばされた綱や鎖等に引っ張られたことによる損壊に近いという。しかしそれにしてはどういう風にどこを引っ張られたのか損傷箇所以外のうっ血や圧搾痕・打撃痕が少なく、失血があまりに均等でどういう方法だかというものが全く分からない。
死体の位置が、無造作に並べられた車によって塞がれた奥側にあったことから道路側からそれなりの重機を持ち込んだようにも見えず、もちろん道にも重量物の動いた後はない。いちおう湖側からと崖の上側からも調べてみたが、探すべきものが分からないと見つからない程度にはなにもなかった。
空は。といちおう問いかけてみたが、純一がそう言うのを苦笑したように、湖周辺の捜査員は誰も航空機の音も光も確認していない。一応、確認はしたんだ。と、中村刑事は言った。
苛立はあるものの、被害者である純一の立場は理解も同情もあるらしく、純一の記憶の証言にある抵抗の結果と現場の状態はほぼ一致して、問題はその先だ、という点が中村刑事が捜査本部が苦慮している問題であるらしい。
純一が背中から食らったスタンガンの一撃で接続中の電話が切れるまで概ねの流れは把握されていた。本部で電話のモニターを担当していた別の刑事が、純一のおかれた絶望的な状態に展開中の各班班長に協力者からの連絡が途絶え、生命の危機であることを伝え、同時に消防に未定情報による協力展開をやむを得ず依頼した。
そのくらいに捜査本部は必死に動いていた。
だからこそ、捜査本部は純一を警察よりの協力指示に応じて、十分でも五分でもという可能な限りの抵抗を示した被害者として扱うことを考えており立件のつもりは一切なく、しかし電話での把握が切れた途端に一切合切が異常な方向に展開したと考え、いよいよ扱いに苦慮している。
純一を拐い更には殺意まで隠そうとしなかった彼らは、誰によって殺されたのか。
とくにこちらの県警本部としては、他県の小林警部に応じて行動を起こし、少なくとも小林警部の情報を無にしない形で事件の関係者をアラカタ回収した。完璧なほどの評価を受けて良いはずでしかしそれには、四人がどのように死んだのか、をどのような形かで説明する必要がある。
「アンタには心当たりがあるかね、探偵さん」
純一の捜索当時、ダム浚渫の作業船を確認したい、と希望していた斎夜月に中村刑事は話を振った。
四人の女子大生の付き添いという名目で従いてきた夜月が重要参考人として小林警部に名前を上げた市川が釣り好きであることから、船回りの設備に詳しいかも知れないという印象の裏付けもあった。結局のところ、浚渫船は船の操作盤にぶら下がった作業記録の通りの燃料補給後に使った様子はなく、舫いの状態も一両日に利用したという痕跡は夜目にもなかった。
しかし結果として空振りだったとはいえ、調査の対象から外れていた浚渫船に注目したこと、現場に重要参考人と指摘した市川がいたことで夜月の評価は低いものでもなかった。
「この件に関してはさすがになんとも。加害者のというか、他の八人の方々の背景でしたら幾らか調査してあります。が、しかし既に――」
夜月は軽く肩を竦める。純一に視線をやって続けた。
「――実は畑中さんの別の傷害事件で印象調査をおこないましたが、資料は依頼の発注主である弁護士の方にお渡ししてしまいました」
「オタクに資料は?」
「噂の収集が中心だったので、物の類はぶっちゃけありません。完全に個人経営で常駐の所員が私だけでして、物騒なので報告書の類もある程度まとまるとサッサとまるごとお渡ししています。それに、恥ずかしながら経営が苦しいのであまり引っ張った作業は……」
「なるほど」
と中村刑事は夜月の言葉に頷いた。
「そしたら小林警部。その弁護士の方に連絡をお願いいただけますでしょうか。誘拐そのものは訴訟に絡む怨恨の関係という風にこちらでも認識していますが、そこに絡む利害関係が今ひとつ見えてきません。探偵さんの立場的なおっしゃり様も分かります。よろしく取り計らいいただければ甚だ幸いです」
「ハイ、こちらこそ、この度の証人保護にご協力いただき甚だ幸いです。本件、今後とも連絡協力体制の維持、宜しくお願いいたします」
報道の規制については県警本部の方が捜査本部の実績公開を欲しがっていて落とし所を探している、とかやや深い話まで話が進んでいたが、純一の用事はすんだようだった。
未来の運転する帰りの車のラジオではとうとう押えきれずに純一の誘拐事件の報道が始まっていた。広域連続集団強姦事件の犯人が承認を誘拐、犯人は十二名他未確認、一部は逮捕調査続行中ということになっている。死んだ四人については仲間割れという報告で遺族には報告されることになりそうだ。純一が倒した三人は既に意識を取り戻し、誘拐と暴行監禁での容疑についての事情聴取が始まり、市川については入院加療をおこない順次ということになるという。レンタカーの四人については松本という苗字が手がかりになりそうだが、慶子が結局それらしきモノを見つけられない程度には手を打つ頭があるらしく、少し時間がかかりそうなのは間違いなかった。
帰り道、折角の観光地にきて、ということで夜月の紹介した温泉施設によってはみたが、安堵よりは残尿感のようなものが下腹に残っているのを純一は感じていた。
しかし、まぁ、おかえり。そう言った紫の言葉が一行の気分であった。
意識が回復してからも今ひとつ要領を得ない、というか肝心の部分が得られない、そんな薄気味の悪さに事情聴取の中村刑事は少し苛立っているようだった。
小林警部の言によると純一が発見されたのは、キャンプ場などの公園施設ではなく普段は使われていない、というか一般の地図に乗らないダム建設前後の時期に利用された作業スペース、いわゆる飯場の跡だったらしい。跡といっても将来を見越して若干備蓄された資材や関係品があって遺棄というほど徹底したものではなかったが、なんに使うかといえば用途は思いつかないようなそういうモノだった。
当初、純一が現場の倉庫の窓から辺りを見回した光景から、車両進入可能で、台車が使える程度に平坦で、空がひらけているという立地からは幾つものキャンプ地が候補に上がったが、結局ソレらしいものは見つからず、遺棄された別荘やボート小屋、駐車場にドライブインやラブホテルなども検索の対象になった。
だが、当初その飯場は完全に見落とされていた。
わずか数時間で車両四十台、後方の人員まで含めて二百名、さらに明朝より増員予定という人員体勢が構築されたのは、奇跡的だった。新年早々の凶悪犯罪に今を逃せば新たな犯罪を産むという現場警察官の意地のようなものが、単純に純一の生命の安全のみを鑑みてということを上回ったにせよ、こちらの県警を本気で動かしていた。
だから事情聴取の中村刑事は、仲間が見落とし単に好奇心から尋ねた慶子の言をうけて捜査本部に連絡してきた他県警の警部の指摘にショックを受けていた。しかしその助力があったにせよ、日が変わるまでには、と小林警部に請け合い、辛うじてその言葉が達成できたことは誇らしく感じていた。
たとえソコに新たに困難な事件があったとしても、それが純一によってなされたとは、中村刑事にも捜査本部の現場のほぼ全員にも思えなかった。
数少ない証拠として何かを語って欲しかっただけだ。
純一が監禁されていた飯場の存在が注目されたのは、慶子がクマを見かけたからであるらしい。実際には良く解らんのだがまぁとりあえず、と小林警部は言葉を濁した。
ここでは部外者というか宙ぶらりんの立場の小林警部が、レンタカー会社から集まった免許証写真のチェックを終え空振りに切なさを噛み締めている慶子を、それらしい遺留品を発見したという報告で集まっている皆のところに案内している時に、慶子がソレを見かけたらしい。
他県県警の立場を慮って小林警部は好奇心からと連絡はした。ただ、慶子は見かけた人影を純一であると確信していて、その慶子に急かされそれなりの速さ――何キロとは言えない――で移動していた車を慶子は大声を挙げて止めさせ、急いでいるはずの道を引き返させた。
実際のところ、慶子がナニを見たのかは良く分からないのだが、直立してぼんやり立っていた人のようなものが消えたというところにたしかに道があったことで、この道はどこへ通じているのかと慶子が小林警部に尋ねたことがきっかけだった。
当然、小林警部に答える術はなく捜査本部に連絡し照会したところ、この段では可能性は皆無ではない、という判断から人員が回されることになった。
指揮権やらひとりだけでは危ないやら、という小林警部の分かっているけど分からない説得を無視しようとする慶子を、行くから待ってろ、と怒鳴りつけた携帯電話の紫の声に小林警部の立場を思い出した慶子が、応援のパトカーの回転灯を待っていたのは五分ほど。更に一台先に行ってしまう警官たちに従いて行きたい慶子を、小林警部はやはり辛抱強く押しとどめた。
さらに五分ほどして紫たちがやってきて、あっちのはちがった、と慶子に報告するとまさに解き放たれたように慶子は駆け出した。
正直なところを述べれば小林警部は、失敗した、と思った。
新人の腰の座っていない警官が入口で吐いていたのを見て、失敗したと思った。
現場の騒がしい声を聞いて、失敗したと思った。
血の匂いを嗅いで、失敗したと思った。
血まみれの死体と転がる身体を見て、腰を落とし立ちすくみ泣き叫ぶ彼女らを見て、失敗したと思った。
それは九名が血の沼に倒れ伏すという事故現場以外では小林警部もあまり見たことのない現場だった。
純一が抵抗の結果、重体にした三名とやはり重体の市川玄太を除いて四名が死亡していた。顔色は悪かったものの平静を保っていた未来が、上半身裸の鞭打たれた姿で倒れていた純一をそれと見定めた。警官の生存確認の報告をあえて自分で脈をとり、傷だらけの背中をなぞり、ちぎれかけた耳を抑え、体温と呼吸と傷の脈動を確認してから、未来は三人のところへもどり純一の無事を報告してその手を引いて純一のところに連れていった。
――アンパンみたいにちぎられていた。
そう中村刑事は死体の様子を話した。
市川の傷も右ひじの関節を小さな工作機械のようなもので潰された風で、痛みと恐怖で今も人事不省だという。
現場に真っ先に駆けつけた応援の警官は当初、死体の有様からクマにでも殴られたかのかと思ったという。だから慶子がクマを見かけたのだろう、ということになっている。だが、この湖のそばではダムの完成の前からクマの話はなかったし、シカやイノシシといった雰囲気の傷でもなかった。
男たちは無抵抗というわけでもなかったようだが、その武器とした長いバールに相手のものと思しき痕跡はなかった。
やがて捜査本部から飛んできた鑑識班が動物にしては遺留物と思しきものが少なすぎる、損傷の程度に比して欠損が少ないなどの疑問点を述べていた。簡単に言えばブルドーザーなどの重機による事故や船舶でたまにある、撥ね飛ばされた綱や鎖等に引っ張られたことによる損壊に近いという。しかしそれにしてはどういう風にどこを引っ張られたのか損傷箇所以外のうっ血や圧搾痕・打撃痕が少なく、失血があまりに均等でどういう方法だかというものが全く分からない。
死体の位置が、無造作に並べられた車によって塞がれた奥側にあったことから道路側からそれなりの重機を持ち込んだようにも見えず、もちろん道にも重量物の動いた後はない。いちおう湖側からと崖の上側からも調べてみたが、探すべきものが分からないと見つからない程度にはなにもなかった。
空は。といちおう問いかけてみたが、純一がそう言うのを苦笑したように、湖周辺の捜査員は誰も航空機の音も光も確認していない。一応、確認はしたんだ。と、中村刑事は言った。
苛立はあるものの、被害者である純一の立場は理解も同情もあるらしく、純一の記憶の証言にある抵抗の結果と現場の状態はほぼ一致して、問題はその先だ、という点が中村刑事が捜査本部が苦慮している問題であるらしい。
純一が背中から食らったスタンガンの一撃で接続中の電話が切れるまで概ねの流れは把握されていた。本部で電話のモニターを担当していた別の刑事が、純一のおかれた絶望的な状態に展開中の各班班長に協力者からの連絡が途絶え、生命の危機であることを伝え、同時に消防に未定情報による協力展開をやむを得ず依頼した。
そのくらいに捜査本部は必死に動いていた。
だからこそ、捜査本部は純一を警察よりの協力指示に応じて、十分でも五分でもという可能な限りの抵抗を示した被害者として扱うことを考えており立件のつもりは一切なく、しかし電話での把握が切れた途端に一切合切が異常な方向に展開したと考え、いよいよ扱いに苦慮している。
純一を拐い更には殺意まで隠そうとしなかった彼らは、誰によって殺されたのか。
とくにこちらの県警本部としては、他県の小林警部に応じて行動を起こし、少なくとも小林警部の情報を無にしない形で事件の関係者をアラカタ回収した。完璧なほどの評価を受けて良いはずでしかしそれには、四人がどのように死んだのか、をどのような形かで説明する必要がある。
「アンタには心当たりがあるかね、探偵さん」
純一の捜索当時、ダム浚渫の作業船を確認したい、と希望していた斎夜月に中村刑事は話を振った。
四人の女子大生の付き添いという名目で従いてきた夜月が重要参考人として小林警部に名前を上げた市川が釣り好きであることから、船回りの設備に詳しいかも知れないという印象の裏付けもあった。結局のところ、浚渫船は船の操作盤にぶら下がった作業記録の通りの燃料補給後に使った様子はなく、舫いの状態も一両日に利用したという痕跡は夜目にもなかった。
しかし結果として空振りだったとはいえ、調査の対象から外れていた浚渫船に注目したこと、現場に重要参考人と指摘した市川がいたことで夜月の評価は低いものでもなかった。
「この件に関してはさすがになんとも。加害者のというか、他の八人の方々の背景でしたら幾らか調査してあります。が、しかし既に――」
夜月は軽く肩を竦める。純一に視線をやって続けた。
「――実は畑中さんの別の傷害事件で印象調査をおこないましたが、資料は依頼の発注主である弁護士の方にお渡ししてしまいました」
「オタクに資料は?」
「噂の収集が中心だったので、物の類はぶっちゃけありません。完全に個人経営で常駐の所員が私だけでして、物騒なので報告書の類もある程度まとまるとサッサとまるごとお渡ししています。それに、恥ずかしながら経営が苦しいのであまり引っ張った作業は……」
「なるほど」
と中村刑事は夜月の言葉に頷いた。
「そしたら小林警部。その弁護士の方に連絡をお願いいただけますでしょうか。誘拐そのものは訴訟に絡む怨恨の関係という風にこちらでも認識していますが、そこに絡む利害関係が今ひとつ見えてきません。探偵さんの立場的なおっしゃり様も分かります。よろしく取り計らいいただければ甚だ幸いです」
「ハイ、こちらこそ、この度の証人保護にご協力いただき甚だ幸いです。本件、今後とも連絡協力体制の維持、宜しくお願いいたします」
報道の規制については県警本部の方が捜査本部の実績公開を欲しがっていて落とし所を探している、とかやや深い話まで話が進んでいたが、純一の用事はすんだようだった。
未来の運転する帰りの車のラジオではとうとう押えきれずに純一の誘拐事件の報道が始まっていた。広域連続集団強姦事件の犯人が承認を誘拐、犯人は十二名他未確認、一部は逮捕調査続行中ということになっている。死んだ四人については仲間割れという報告で遺族には報告されることになりそうだ。純一が倒した三人は既に意識を取り戻し、誘拐と暴行監禁での容疑についての事情聴取が始まり、市川については入院加療をおこない順次ということになるという。レンタカーの四人については松本という苗字が手がかりになりそうだが、慶子が結局それらしきモノを見つけられない程度には手を打つ頭があるらしく、少し時間がかかりそうなのは間違いなかった。
帰り道、折角の観光地にきて、ということで夜月の紹介した温泉施設によってはみたが、安堵よりは残尿感のようなものが下腹に残っているのを純一は感じていた。
しかし、まぁ、おかえり。そう言った紫の言葉が一行の気分であった。
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