魔法使いは退屈な商売

小稲荷一照

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水曜日~七夕~

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 七夕の日は川上光の誕生日だった。
 前日までに笹竹を少し手に入れてリビングに立てて糸と短冊を吊るすと時期モノのイベントとしてはそれらしくなった。
 書かれている短冊はけっこうたくさんあって、こういう作り物が好きな慶子が近くで買ってきた色紙を短冊に割いて、まるで給料か何かを渡すかのように厳かに一同に配り、配った枚数だけ願い事を書くように、と告げた。
 最初のうちは家内安全とか交通安全などの比較的知れた標語のような内容だったが、ひとまず筆が進むと実験装置の安定動作とか学会の発表の成功とかわりにリアルな細かなネタが出てきて、アレが欲しいコレが欲しい的な俗っぽい物欲を連ねて、四人それぞれについての健康と安全と幸福といういまさらヒトに頼むなよ、でも織姫の父ちゃん天帝だからヒトじゃないし、的なそういう内容を七夕のその日の夕方くらいまでかかって純一は書いていた。
「ほほう。今日は七夕ですねぇ。そういう家庭的なイベントはやりたいとは思わないんですが、ひどく憧れますよ」
 夜月はそんな風に言いながら学校帰りの純一がまだ埋めることのできない短冊を机の上から拾って言った。
 そして純一がいくつか用意していたペンでサラサラと一本一筆埋めた。
――仲よき事は美しき哉。
 なんだかどこかのオミヤゲにでも書いてありそうなそんなありきたりの文句を眺め、四十だかそこらになればたしかに結婚の機会もなくはなかっただろうし、そういったものを無視した結果が今であれば、それはそうなんだろう、と純一は納得した。全く他人事の純一としては普段みせる夜月の敏腕ぶりというか、酷く目的に対してストレートな姿勢を考えると、結婚そのものには幻想的な価値を抱いてはいるものの、現実としての認識はないのだろうと思った。
 過去に何度か新居に夜月を招待したこともあるのだが、実にあっさりと断られたので、今回は純一も特に誘わなかった。
 色々事務所にいる間に書いて最後に一枚はなんと書くべきか悩んだ。
 記念すべき一枚と言ってもいいし、それ以前に書いたものがなんとなくどうでもいいようなモノか、ひどく個人的なものか、なんだか願いとしてはちょっと象徴性にかけているような気が純一にはしていたのだ。
 別に文豪チックなナニカが欲しいというよりは、いや、やはり何かが足りないと純一は思った。
 もちろん、そこに菅原道真公が降りてきても純一の生活にはおそらく大きな変化はないわけだ。が、だが、しかし、今ひとつなにか、子供銀行券のように束ねられた短冊になにかひとつ箔が欲しいと思うのは、いちおうは家長と期待されている純一としての立場表明のようなものだ。と純一は意外とこういうイベント作業が好きな自分を再発見して驚いていた。
 春の七草摘みも節分の豆撒きもイースターの卵のお絵かきもそれを各自の部屋に隠す作業も楽しんだ。もちろん卵を探すのもかなり真剣に取り組んだ。
 枕の下、ヘルメットの中、本棚の奥、棚の靴下の中。
 カラフルに彩色された卵を発見したときはやはりなんだか楽しかった。
 そういえばと純一が想い出すと、見慣れない古びた真鍮の大きな鍵と新しめのデザインの鍵の組があった。落としたとか忘れたというものでなく卵と一緒に靴下の中に入っていたので、何かのプレゼントのつもりなのだろうと思うのだが説明もなく、その場でなんとなくタイミングを逸していたので、少し困った感じで今も純一の机の中に入っている。たぶんどこかの家の鍵だと思うが、なにかの折りに切り出そうと思ったままエイプリルフールの騒ぎがあったりで、すっかり混乱というかどうでもよくなりで、口にするのも忘れたままそろそろ三月が経っていた。
 貰ったその場で切り出さなかったのは、単純に卵を隠した犯人には心当りがあって、しかし口に出さないからにはなにか訳があるんだろうとも純一は思っていたのだが、気になると意外と気になる。
 などと、そういうどうでもいいことを考えていた純一を夜月は真剣に観察していた。
「一夫多妻制がいいとか考えているなら、イスラム教国にいくと四人までは大丈夫らしいですよ?モルモン教徒も似たこと言ってましたけど最近は辞めたらしいですね。お告げがあったとかで」
 夜月はそんな風に純一が考えていたことを言った。
 別にそこに焦点があったわけでもないが、たしかにそこは根源の一つで、純一は驚いた。
「なんか顔に書いてありましたか」
「いや、短冊にお嬢さん方の名前が全員分書いてあれば、そんな感じかと思いますよ。真剣に考えるのは日本の婚姻制度上重要なこととも思いますが、最近は社会通念が少し以前よりも変わった方向でルーズなのでその辺はなんとかなるのかもしれませんね。明治大正あたりまではお妾って言うとかなり日陰でしたが、最近はシングルマザーなんてけっこういますからね。デキちゃってから考えてもいいかもしれません」
 夜月がそんな風に軽く言った。もちろん純一にとってもその理解がないわけでもないが、できれば避けたいというか、全く避けたい方向だった。
「――単に苗字を揃えたいということでしたら、どなたか純一さんの親戚の方の養子ということにしていただけばいいのです。意外と昔はあったのですけどね。姉妹でひとりを取りあって、それなら男を婿養子にしてやるから好きにしろ、というような御父上が」
 純一にはいいアイディアとは思えなかったが、夜月はそんな風に近代過去の例を上げてみせた。


 その日の花束は純一が買ったヘルメットと同じくらいの値段がしていた。
 夜月は短冊代と称して一万円を純一に渡してくれたが、到底そんなモノで賄えないくらいのちょっと気合の入った花束だった。アーケードの花屋から通りを挟んで歩く純一は何かのパフォーマンスかと思えるような姿で通りの注目を浴びていた。エレベータのドアを潜るのに少し苦労して、細かな白い花、純一にはグラジオラスとキンギョソウとランくらいの区別しかできないが、春のそれに比べると小さな花が沢山ついている印象がある。春のときも思ったが、純一は匂いの塊を落として歩いているようなそんな想像をしながら部屋に帰った。扉を開けるのが一苦労だったのもあって珍しく純一はインターホンを鳴らす。
 やがて出てきた光は扉を開けた途端に無表情のまま仰け反って、扉を閉めてしまった。
「お~い」
 あまりの反応に純一は少し情けない声を出してしまった。
「おかえりなさい。ゴメンナサイ。ミーちゃんが泣いた気分が良く分かった。驚きのあまり倒れるかと思った」
 再び扉を開けた光は、少しひきつった笑顔でそう言った。
 純一が子供二人ほどもある花束を渡すと光は笑ったまま涙を零した。

 純一は結局、最後の一枚に「一夫多妻」と書いて女たちに失笑された。
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