石炭と水晶

小稲荷一照

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ヴィンゼ

ソラ / ユエ 四才

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 ソラとユエは狼虎庵の生活をとても気に入っていた。
 二人は父親も一緒に住んでくれればと願っていたけれど、何やら楽しそうに作ったり壊したりしている父親の姿が好きだったし、なんとなく彼が楽しそうに生きるためにはとても広いところが必要なんだろうと直感していたし、自分たちが自分たちだけで生きられるようになったらたぶんどこかに行ってしまうんだろうと確信していたから、なんとか甘える口実と距離を置く口実とを探さないといけないと二人で相談していた。
 無線電話は仕組みはよくわかっていなかったけど、糸電話とだいたい同じ性質をしていて空を糸の代わりにしているとマジンは説明していた。
 共振についての説明は不思議だったが面白くて、同じ枠に並べられた振り子がぶつかってもいないのに同じように揺れだすということだけわかれば、それでよかった。
 無線電話は同じものが二つあって初めて機能する。つまりソラとユエはマジンと同じものを持っている。ということだった。
 拳銃は上手く使えないけど無線電話なら使える。
 そのことは密かな誇りだった。
 値段や数の約束はマジンが決めていた。
 けど、だから、父親が冬支度を始めて狼虎庵を閉じたときにはとてもがっかりしたけれど、五人で一緒に住めるということであれば、寒い大きなお家もきっと悪くない、と二人で話していた。
 久しぶりに帰ってみて驚いたのは門に明るい明りが付いていることだった。
 他にも去年の冬は寒くて眠れなかったこともある部屋が暖かくなっていた。
 子供部屋は三階の工房から一番遠い側の部屋だったことは、今でもたまにものすごい音をさせる父親の遊びを思えば仕方ないことだったけど、すっといなくなりそうな人物でもあったからとても不安なことでもあった。
 なにより良かったことは夜オシッコを我慢する原因になっていたおまるを使わなくてよくなったことがとても良かった。
 狼虎庵では深く掘った穴の上に厠をおいていたから、厠の床が破れたりそうでなくても落ちたら死んでしまうと思っていた。
 少し前に何処かの農場で子供が厠の穴に落ちて溺れて死んだという。しかも穴を掘り直すために前の穴を埋めようとしたときにようやく大人が気がついたらしい。
 自分が助けを求めても気付いてもらえず、死んだことをも気付いてもらえず、お家のヒトにウンコやオシッコをかけられるなんて可哀想すぎるし、絶対にやだ、と思った。
 その話を聞いてからはソラとユエは厠に行くときは誰かに一言断ることにしたし、相手が厠に行ってしばらく帰ってこないと様子を見に行くようになった。
 運悪く夜中に二回おまるを使いたくなった時とかとても困ったから、子供部屋と同じ階の並びに穴に嵌って死ぬことだけはなさそうなつくりの厠が出来たことは父にとても感謝した。
 狼虎庵でも同じような厠を作ってくれるといいのにといったら、水の捨て場がなぁと父親も困った顔をした。雨の日でも水たまりにならないように敷地を囲うように溝を掘ったり、建屋の内側には水が入らないように泥が入らないようには気をつけていたけれど、ちょっと油断すると水たまりができていて困ることがある。厠に水が入ると目も当てられない。
 そういうわけで、建屋の中は専用の上履きを使うのだけど、町の人達の中には何度説明しても理解できない人達がいることもあることをこのひと夏で理解することになった。
 だいたいそういうときは背丈の小さな二人ではどうにもならず、どちらかついていてくれている姉が矢面に立つことになる。
 一つ年上のしっかり者の姉たちはズルい事に奴隷という父親の所有物という立場を手に入れていて、羨ましいと思ったけれど、どういうわけか他所の大人たちにはいじめられることもあるようで、それは許せないとも思っていた。
 姉たちは腰に二丁の拳銃を下げていて、そのせいでにらみが効いたりいじめられたりしているのかと思ったから、拳銃をねだって重たいのを我慢して下げていたけれど、どうやらそういうことではないらしいことがわかって、軽い方だけでいいことにした。重たいし相変わらず子供扱いだしでがっかりして両方いっぺんにやめたら、マイルズ保安官に、お仕事は終わりかね、と云われたからだ。この辺では拳銃は看板のように扱われているらしい。少なくともマイルズ保安官はソラとユエを狼虎庵の主として認めてくれている、ということは二人の心を強くした。
 畑でひとり死ねば一畝肥える、という言葉が開拓農民の間にはある。
 姉たちに対する扱いの不当を訴えたソラとユエにマイルズ保安官は困った顔で教えた。二人には意味はわからなかったが、善良で道理の分かった人物であるはずのマイルズでさえ手に負えないことらしいとだけは理解した。
 ソラとユエは冬のある日、マジンにそこのこと話した。
 農民は畑のためにアルジェンとアウルムを苛めているのか。でも虐めてるのは農民じゃないヒトもいる。
 奴隷というものが馬や牛と同じように扱われるヒトを指す言葉だというのはソラとユエも知っていたが、それならそうやって使っていいのはマジンだけだ。という指摘にはマジンも口元を緩めざるを得なかった。
 しばらく時間はかかるだろうが、雪が溶けたら上手くゆくか試してやるよ、とマジンは言った。
 なかなか直らない習慣でユエと連れ立って厠に起きたソラがどうしても我慢できなくなって下の階の厠を使った帰りにまだ明りの付いている工房を覗いたら、アルジェン姉様が普段出さないような甘えた声を出してマジンの膝の上に乗っかっているのを発見してしまった。大発見と思って、ユエに報告したら、少し前にアウルム姉様も同じようなことをしていた。と言われ、ユエはむしろ自分の用が済むまでソラが待っていないことを気にして怒っていた。寒くて怖くて寝床に戻れない、とユエは文句を言ってやはり冷えてしまったソラの手を掴んで一緒に子供部屋に戻っていった。
 その後のソラを悩ませたのはもしアルジェンが父親の後妻になったらその娘は、自分の従姉妹になるのか姪になるのか妹になるのか。きっとその娘はアルジェンみたいにかっこよくて父ちゃんみたいに強いんだ。それですごい勢いでソラの背丈を追い越して大人になる。見下されながら、おねえちゃんって言われるの、つらい。
 あまりに疲れた顔をしているソラを心配したマジンにうっかり、父様はお姉様たちと結婚するの、と尋ねてしまった。結婚は他所の人と一緒にいますっていうことだから家族とはわざわざしないんだよ、という説明はすっきりしたからなにを気にしていたのかソラは忘れてしまった。
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