勇者に執着されて絶望した双剣の剣聖は、勇者の息子の黒髪王子に拘束されて絆される

緑虫

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24 ロイクの無茶振り

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 「味方が小隊を狙った理由……?」

 口にした途端、脳裏にある男の顔が浮かび上がった。慌てて頭を振って、不穏な想像を追い出す。

 いやいやいや、いくらなんでも考えすぎだろう。

 第一、俺とアルバンが深い仲になったのは、アルバンの前線行きが決まった後だ。それまで俺とアルバンは、ただの友達に過ぎなかったんだから。

 まあ、アルバンは元から俺のことが好きだったみたいだけど。

 にしても、ロイクといいアルバンといい、なんで俺は男にばっかりモテるんだろう。

 今更女とどうこうなりたいという気が起きなくなるくらい男に抱かれ慣れてしまった自分が、ちょっと悲しい。俺、英傑の剣聖なんだけどな。

 男にばかりモテると考えた後、ふと思いつく。

「まさかさ、あいつら全員俺に恋心抱いてた奴らだったりして。なーんてな!」

 冗談のつもりで笑いながら言ったのに、何故かセルジュの表情は固いままだ。いや、こいつ元々殆ど笑わないけどさ、愛想笑いくらい返してくれよ。

 と、セルジュが重そうに口を開いた。

「……弔いの場にいた隊長が言っておりましたが、実はあの隊にはファビアン様を崇拝している者たちばかりが集まっていたようで」
「は?」
「隊長が『尊敬して止まないファビアン様に最期に見送られて、彼らも本望でしょう』と」
「……うっそ」

 ガチのやつだった。

 セルジュが、真剣な眼差しで俺を見つめる。

「……犯人に思い当たる節はございますか」
「――ッ」

 俺は寝台の上でくるりと背中を向けると、「……知らないよ!」と言って布団を頭まで被った。

 ふう、という溜息が聞こえる。まさかこいつ、なにか分かってんのか。

「……難儀なことですね。おいたわしい」

 低い声で囁くと、セルジュはそれ以上は何も言わず、俺の後頭部を撫で続けてくれた。



 俺が前線に来てから、半年が経った。

 ここで、膠着状態が動きを見せる。新たな司令官が、王都から「オリヴィア王太子妃ご懐妊」の知らせと共にやって来たのだ。

 オリヴィア懐妊の事実は、俺に「やっぱり俺の想像は行き過ぎだった」と思わせるには十分すぎるほどの内容で、思わず安堵の息をそっと吐く。

 しっかりヤることをヤってるってことは、俺に対する性欲はやっぱり失せたってことにならないか。きっとそうだ。にしても、結婚してまだそう経ってないのに懐妊ときた。

 俺の時も隙を見つけては突っ込みまくってたけど、オリヴィアも相当激しくヤられてるんだと思うと、ちょっぴり同情した。

 ちゃんと寝られてるのかな。腰は生きてるかな。心配だけど、確認しようもない。俺はもう、あの自分勝手な絶倫の相手は二度と御免だった。オリヴィア頑張れ。陰ながら応援している。

 まあそれに、俺はロイクのものだから忘れるなとか言われたのは、凱旋前の話だ。あの時はクロードを失って、俺たちは全員動揺していた。そこに俺まで急に離れようとしたから、きっとそれで引き留めようと焦っただけだ。

 俺に二度と誘惑するなと言って突き飛ばして以降、ロイクは性的には指一本触れてこなくなった。オリヴィアに告白されて、男の俺じゃやっぱりおかしいよなってなったんだ、きっとそうに違いない、うんうん。

 懐妊報告からロイク俺を忘れた説まで一気に結論づけると、俺は思考を目の前の男に切り替えることにした。

「これからよろしく頼むな!」

 にっこりと笑い、新司令官に手を差し出す。ここは最初が肝心だ。来て早々、逃げられたり流れ矢にやられるのは御免被りたい。

「こちらこそよろしくお願い致します、剣聖ファビアン様。お会いするのを楽しみにしておりました」

 目が細い細面の持ち主で、作ったような笑みを浮かべる冷たい印象の中年男性が、握手を返した。ラザノと名乗った男は、残りの隊長たちにも握手をすべく、歩き去って行く。

 ラザノの後ろ姿を静かな眼差しで見ていたセルジュが、俺に耳打ちしてきた。

「あれは暗部の男です。表舞台には出ていなかった筈ですが……」

 暗部なんて組織まであるのか。怖いなヒライム王国、と思ったら、一般に知られてないだけで、どこの国にも普通にあるもんなんだそうだ。いや、それはそれで怖いんだけど。

 灰色の短髪を横に流したラザノが隊長たち全員との握手を終えると、俺たちをぐるりと見渡した。

「前線のことをろくに知らない上官が突然やって来て、何を言い出すのかと思われるかもしれませんが」
「なに?」

 俺が返すと、ラザノが刃物のような冷たい笑顔を俺に向ける。

「戦線が開始され、半年以上経過しております。このままでは、いつまで経っても戦争は終わらない」

 それは俺たち皆が思っていたことなので、その場にいる一同全員が頷いた。だから司令官をさっさと寄越せって言ってたんだよ、とこいつに言っても仕方ないから誰も言わなかったけど。

「王太子殿下は、この度国王陛下よりヒライム王国国軍総司令官の座を継承致しました」

 俺たちを見回しながら、ラザノが薄く笑う。

「このような言い方では不敬と取られてしまうかもしれませんが、戦争に不慣れな陛下の決断はあまりに遅く、これまで沢山の人命を前線で失ってしまいました」

 場にいた何人かが眉を顰めたが、ラザノは意に介した様子はなかった。

「そこで王太子殿下が国軍総司令官となることを議会にて採決・決定の上、先日継承式が終わったところなのです」

 式典やってたのか。呑気すぎる。

 俺は呆れ返って、言葉が出てこなかった。前線との温度差の激しさを、何となく理解する。確かに戦争に不慣れにしか思えない。

「王太子殿下は、失われていく人命に涙を流し、ここで一気に情勢をひっくり返すことを決定したのです」

 ラザノの説明は何だか回りくどいし、あいつが涙を流したなんて嘘くさいなあ、というのが俺の素直な感想だった。面倒くさそうだから言わなかったけど。

 ラザノが、ニタリと笑う。笑い方が何か嫌だなあ。

「内偵の報告からも、聖国マイズの戦力は最早風前の灯なことが分かっています。次の戦力が育つ前に攻め入り、完膚なきまでに叩きのめし、偽神から哀れな民を救いださん、と王太子殿下は宣言されました」
「は……?」

 嘘だろ。それってまさか――。

 俺が目を見開いていると、ラザノが俺を見て頷いた。

「王太子殿下は、私めを賊国マイズ殲滅軍の司令官に任命されました。ですので、私はこの砦より指示を出させていただきます」

 お前は戦わないのかと思ったのは、俺だけだろうか。

「剣聖ファビアン様には、兵たちの先頭に立っていただきます。賊国マイズを腐敗した政治から解放し、救国の英雄となっていただきたいのです」
「はあ?」
「以上が王太子殿下からのご命令でございます」

 俺がポカンとしている間に、ラザノは次の話題に移ってしまう。

「ですが前線にいるこの人数だけで一国に戦いを挑むのは無謀もいいところ。その為、現在各地から兵を集めております。兵がこの地に集結し次第進軍となりますので、それまでは引き続き前線にて――」

 ラザノの言葉は、もう耳に入ってこなかった。

 え? あいつ、自分は城にいるまま、俺に国取りしろって言ったの? 馬鹿じゃないの? 俺この国の人間じゃないんだけど。

「ファビアン様……」

 傷ましそうな目で、セルジュが俺を見ていた。
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