【完結】悪役令嬢だった僕は、蛮族の国で拳で人生を切り拓く(予定)

緑虫

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 お祖父様がよかれと思って、アントン殿下とパトリシアが僕の罪を捏造したことを暴いてしまった。

 ――お祖父様、なにやっちゃってくれてんのおおおっ!?

 心の中で、僕は叫んだ。

 お祖父様が誇らしげに胸を張る。

「馬鹿王子が盗人男爵令嬢とどうなったかまでは儂も知らんが、取り巻き連中が主張していた内容も全部男爵令嬢の思い込みを証拠もなく信じたものだと判明して新聞の号外にも載ったからの! これでも奴らが愛を貫き通すかどうか、見ものじゃな!」
「ご、ご、号外……?」

 嘘だろ……だってそんなことをしたら、アントン殿下のほとばしる愛情は!? 殿下がパトリシアへの愛を霊廟で叫ばないと大精霊は目覚めないのに!

 メインストーリーの進行がおかしくなってしまったら、僕はどうなっちゃうんだ――?

「お、お祖父様……」

 掠れ声しか出なかった。

「うん? 嬉しいか? よかったよかった」

 ちっとも嬉しくない。ストーリーをこんなに大幅に変更しちゃったら大問題なんだってば! と叫びたかった。でも、勿論そんなことは言えない。とにかく何か少しでも希望がないかと、必死で質問を絞り出す。

「あっあの、新聞で読んだんですけど、大精霊! 大精霊はもう目覚めたんですか!?」
「大精霊? 確かにそんなようなことを言っておったな。眠っている場所の目処はついたが、まだ目覚めないとか何とか」
「そんな……!」

 思わず息を呑んで口を両手で押さえると、お祖父様が慌てた様子で教えてくれた。

「優しいユリアーネちゃんは、ユリアーネちゃんがいなくなったことで起きる魔物の被害を心配しているのじゃろう!? それに関しては大丈夫じゃ! 連日貴族連中が集められて、『魔力の壺』に魔力を注いでおるからの!」
「へ……」

 まさかの内容に、僕の頭の中にはてなが一杯浮かび上がる。確かに、一般市民に比べたら貴族の方が圧倒的に魔力量は多い。だからって、唯我独尊な彼らが自ら進んで魔力を補填しに行く? どう頑張っても僕の中のイメージと重ならないんだけど。

 すると、お祖父様の次の解説で僕の疑問はあっさり解決した。

「一定数魔力を注ぐことに同意した貴族には王家から報奨が与えられるということで、がめつい奴らが群がっておるんじゃよ。国を逃げ出した者の爵位は取り上げると通達したこともあって、比較的人数は集まっておるらしいぞ」
「え」
「少しずつじゃが効果も出てきておってな、ユリアーネちゃんがいなくなった直後のような混乱は今はない。安心しておくれ」
「そう……なんですか……」

 ゆっくりと手が下に落ちていく。なんだ……報奨の為か。いや、理由は何でもいい。僕がいなくなったことで国民への被害が広がっていなければ。

 ……まあ、僕はこれまで一度もそんなものはもらったことはないけどね。釈然としないけどね。別に今更いらないけど、自分の扱いは本当に雑だったんだなって再認識させられたってだけだよ。くそう。

 お祖父様は、僕を安心させるような穏やかな笑みを浮かべた。

「じゃがな、率先して自分の魔力を使ってほしいと志願してくる有志も少なからずおる。贖罪の意味もあるのかもしれんの。これまで十八年間ユリアーネちゃんひとりに行わせていたことに対して、王家への反発もかなり出ておるしのお」
「本来、防衛はひとりに頼り切りになるべきではないしな。いかに機密事項だったとはいえ、杜撰過ぎるやり方だな」

 エンジの意見に、お祖父様が頷く。

「魔窟が国土の地下に広がっていて無闇矢鱈に恐怖を煽らない為だったと王家は弁明しておるが、赤子の頃に親元から引き離され、あのような環境に押し込めていたと多くの者に知られ、王家に対する信頼は失墜しておる。ここからどう回復させるつもりか……簡単ではなかろうな」

 何も言えなくなってただ小さく頷くと、お祖父様が笑顔のまま僕とエンジの二の腕をポンポンと叩いた。

「では、話も済んだしここいらで儂は少し部屋で休んでくるかの」
「え」
「後は若い二人で、という奴じゃな! はっはっは!」
「じ、じいさん! ま――」

 お祖父様は姿勢良くカツカツ歩いていくと、本当に立ち去ってしまった。お祖父様の背中を見送りながら、思わず呟きを漏らす。

「……行っちゃった」
「……あのじいさん、毎度思うが嵐のような人だな」

 呆れ顔のエンジと目が合ったので、とりあえず謝っておくことにした。

「何かすみません。うちの祖父が色々と失礼なことを」
「いや……まあ、事実しか言われてないからな……」

 相変わらずエンジは僕を片腕で抱き上げたままだ。ベニはというと、エンジの足許に優雅に寝転びながら、僕の足首に尻尾を絡ませている。

 そうだ、そのことがあったんだ。

 お祖父様の勢いで確認が追いついていなかったけど、僕にはどうしても確認したいことがあった。

「エンジ、聞いていいですか?」
「なんだ」
「エンジとベニのことなんですけど」
「ブッ」

 ベニの名前を口にした途端、エンジが顔ごと目を逸らしてしまう。するとなんと、みるみる内に顔も耳も、更には首までがどんどん真っ赤になっていくじゃないか。

 ……エンジが照れている。可愛いしかない。

 改めて、エンジが好きだという思いが溢れ出た。彼の強く逞しいところも、裏表がなくて感情に素直なところも、そして僕とベニの前でだけ見せてくれる弱さも、全て全て、大好きなんだ。勿論、筋肉も。

 以前、僕がエンジの笑顔が好きだと伝えた時、エンジは「俺もお前の笑顔が好きだとでも言ってもらいたいのか?」と難色を示した。だからあの時僕は、「相手に見返りを求めても無駄なことは、嫌ってほどよく知ってますもん。だから元々他人には期待してませんし、この先期待もしません」とエンジに伝えた。

 あの時は、それが素直な気持ちだった。そう思っていた。

 だけど、その後に知ったエンジの辛い過去の話やさっきのお祖父様の話やエンジの反応を見て、ふと思ったんだ。

 もしかして、エンジもそうやって最初から諦めて、自分の心を護ってきてたんじゃないかって。だから必死で隠していたのに、主の欲望を素直に反映してしまうベニが僕を捉えて離さなくて、抱きついて甘えてしまって。

 エンジはどれほど焦っただろう。更に使い魔の特性をお祖父様に暴露されてしまったから、もう隠しておくことも難しくなっちゃって、それでも僕を離したくないのか今もこうして腕の中に抱えていて。

 ――もうこんなの、ひとつしかないじゃないか。いくら経験がお粗末な僕だって分かるくらい、明白じゃないか。

「エンジ、あの……もしかして僕、自惚れてもいいんでしょうか」
「……えっ?」

 真っ赤な顔のエンジが、驚いたように振り返った。もう目を逸らされたくない。両手でエンジの顔を挟み込む。

「僕はエンジのことが好きです。この先もずっと貴方と一緒にいたいと願うほど、心の底から大好きです」
「あ……アーネス、それは、」

 エンジが目を伏せようとしたので、顔をぐっと近付けて、エンジの青空のような鮮やかな色の瞳を覗き込んだ。

「エンジももしかしたらそうなんじゃないかってさっきの話から思ったんですけど、僕の勘違いでしょうか?」
「ぐ……っ」

 エンジが悔しそうに唇を噛み締める。僕がじっと見つめたままでいると、観念したようにボソリと言った。

「か……勘違いじゃない……っ」
「僕は恋愛的な意味でエンジのことが好きなんですけど、エンジはどうですか?」
「ぶは……っ、ど、どうしてお前はそんな冷静なんだよ!」
「エンジ、ちゃんと答えて下さいってば」
「ぐう……っ」

 自分でも、大胆なことを聞いている認識はあった。ヘルム王国時代で培った感情を顔に出さない技術のお陰で一見冷静そうに見えているだけで、内心焦りまくりだし、心臓なんか今にも飛び出してきそうなくらい跳ねまくっているけどね。

 だけどきっと僕と同等かそれ以上に恋愛初心者なエンジから言葉を引き出すには、こうやってじわじわと追い詰めていかないといけないと直感で思ったんだよね。何か肉食獣の狩りみたいに思える。僕って案外肉食系だったんだって、今知った。

「エンジ?」

 鼻先がくっつくほどに顔を近付ける。この距離は僕にとって、慣れ親しんだものに変わっていた。もうエンジの肌の熱が感じられない毎日は耐えられない。僕にこの温かさを与えてかけがえのないものだと教え込んだのは、エンジ本人だ。

「エンジは僕のことをどう思ってるんですか?」

 直球すぎる問いかけを聞いて、エンジが追い詰められたかのように青い瞳をじわりと濡らす。

 閉ざされていた唇が、震えながら開いた。

「お、俺は……っ、好きとか嫌いだとか、分からないまま生きてきたんだ……っ」
「……はい」

 励ますように、今度は額をくっつけて微笑んでみせる。

「色んな奴らが寄ってきた……。みんな、立派な俺だけを求めた。何をしても肯定して、間違うと途端に去っていく。だから俺は誰も信じるもんかと……っ」

 エンジの平らな頬の上を、透明の涙が伝い落ちていった。僕は手のひらでそれを拭うと、また「はい」とだけ相槌を打つ。

「だけど……アーネスは、アーネスだけは、俺を叱ってくれた」
「あは、飲み過ぎ禁止! てやつですね」

 僕が小さく笑うと、エンジは鼻を啜りながら、ごく小さくだけど笑い返してくれた。

「その後のベニの行動を見て、愕然としたんだ。俺はあんなにもアーネスを自分に縛り付けた上で甘えたいのかと」
「僕が『ベニが甘えん坊』って言ったら滅茶苦茶衝撃受けてましたよね」
「バレてたか」
「分かりますよ。だってエンジ、分かりやすいし」

 おどけた表情で言うと、エンジの眉毛が八の字に垂れ下がる。

「……お前をひとときでも離したくないと思うこの気持ちが恋だというならば、俺はお前に恋をしているんだと思う」
「……へへ、やった」

 今度は変な顔になるエンジ。

「なんですかその顔は」
「……お前はこんな俺でいいのか?」
「え、むしろエンジ以外お断りですけど」
「本気か……? だったら俺も本気にするぞ、いいのか」
「はい、望むところです」

 少し顔を離して両方の拳を握り締め、構えてみせた。エンジが、ふは、と気が抜けたように笑う。

「……負けた。お前には勝てる気がしない」
「お、じゃあ僕の一勝ですね?」
「……一生負け続けるんだろうな」
「やった、僕の全勝じゃないですか」
「全く、お前は」

 エンジが、じっと僕を見つめた。熱を孕む狂おしそうな眼差しに引き寄せられ――。

 僕たちの唇が、ゆっくりと重なった。
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