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56・再会と衝撃の対面
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「トルスガルフェ侯爵閣下にはご挨拶が遅れましたこと、心よりお詫び申し上げます。 改めまして。 私、ザナスリー公爵家が娘、ミズリーシャと申します。 この度は侯爵閣下のご厚意によりお屋敷に身を寄せさせていただきましたこと、心より感謝申し上げます。」
2年ぶりだったため少々不安であったが、しっかりと細心まで注意してカーテシーをとった私に、柔らかな男性の声が聞こえた。
「お顔をお上げください。 社交界の薔薇、淑女の鏡と謳われる貴女をこの屋敷にお招きすることが出来、光栄です。 当主のケヴィン・トルスガルフェです。 滞在中はどうぞ、我が家だと思ってどうぞお寛ぎください。」
「そのようなお言葉、身に余る光栄でございます。 お心遣い、ありがとうございます。」
「そちらにいらっしゃるのは、神殿聖女のマミ様でしょうか?」
にこやかに淑女の微笑みを浮かべ挨拶をした後、声を掛けられ、私の斜め後ろにいたマミが、たどたどしくカーテシーをした。
「ト、トルスガルフェこうしゃく様には、おめにかかれましてこうえいでございます。 わたくし、マミと申します。 この度はごこういでたいざいさせていただきましたこと、心よりお礼もうしあげます。」
部屋に入る直前まで必死に覚えた言葉を言いきったマミに、トルスガルフェ侯爵は穏やかに微笑んだ。
「どうぞ頭をお上げください。 お話は伺っておりますよ。 お体のお加減はいかがか? ご不便はありませんでしょうか。 何かありましたら遠慮なく仰ってください。」
「え? ……は、はい。 ありがとうぞんじます。」
「ははは、そのように固くなられずとも大丈夫ですよ。 どうぞ、席にお付きください。」
侍女たちに促され、わたしとマミは、隣合う一人掛けソファに並んで座った。
室内を見渡せば、落ち着いた設えに、しっかりした作りの広めの、少人数の音楽隊を呼んで音楽会を開けるほどのサロンである。
その中に、ずらりと円を描くように並べられたしっかりとした一人掛けソファには、わずかに右斜め前に一人ひとつサイドテーブルが置かれていている。
(用意された席は9つ。 そして、上座の席3つを開けて侯爵閣下がお座りになった……ということは、主賓は私たちの他に主賓がいらっしゃるのね。)
顔の位置は変えず、視界に移る範囲で状況を確認しながら、お茶を入れてくれた侍女に会釈し、左隣に座ったマミを見る。
緊張した面持ちで座っているマミは、今はペールブルーの柔らかなドレスを身に着けていて、黒い髪を綺麗にアップにされている。
こちらをチラチラ見ているため、大丈夫という意味を込めて頷くと、うん、と小さく頷き、胸に手を当てて深呼吸をする、を繰り返している。
彼女の後ろには別の席が設けられていて、乳母とエリがいる。
(……エリも大事な客という事なのね。)
静かに観察していると、お客様の到着の知らせとともに、私たちも入ってきた重厚な扉がゆっくりと開けられた。
(誰かしら?)
静かに観察していると、そこに入ってきたのは、今日は美しく着飾った貴婦人然とした院長先生と、そして。
「ミズリーシャ!」
「お父様っ!」
思わず立ち上がってしまった私は、座って笑んでいるトルスガルフェ侯爵に会釈をすると、こちらに足早に近寄ってきたお父様に近づいた。
「ミズリーシャ、あぁ、久しぶりだね、よく顔を見せておくれ。」
腕を伸ばし、私を抱き締め、頬にキスをしてから、まじまじと私の顔を見、微笑むお父様に、私はされるがままになりながらも尋ねる。
「お父様、どうしてこちらに?」
「うん、それはまた後で話がある。 それにしても、あぁ、良く似合っている。 今日の日の為にと、アイザックが急ぎ用意したかいがあったな。 そうだ、何か足りていない物はなかったかい?」
その言葉に、私は目を丸くする。
「このドレスを用意したのはアイザックなのですね。 では、侯爵閣下がお貸しくださっているお部屋に用意してあった洋服やお飾りも?」
「あぁ。 ミシュエラとアイザックが用意して送ってきてね、私が運び込んだものだよ。 あぁ、良く似合っているね。 それにしても少しやせたか? 苦労しただろう……あぁ、手もあかぎれだらけで……。 きっとアマーリア嬢がお前を酷使したんだろう? お前は優秀だからね。」
そう言って、侍女に手を借りながら、弟君でもあるトルスガルフェ侯爵様の隣の席についた院長先生を睨みつけるように言ったお父様。
私は少し慌てて私は首を振った。
「そんなことありませんわ、お父様。 痩せるところか少し逞しくなったくらいです。 手のあかぎれも、もう治っている最中です。 それどころか、とても充実した毎日が送っていましたわ。 院長先生には、突然押しかけたのにも関わらず快く受け入れて頂き、大変良くしていただいたのです。 私、感謝しても仕切れないくらいです。」
「そうか? それならいいのだが……。 それにしても。」
院長先生と私を交互に見、それから唸るようにため息をついたお父様は、私の背後の席にマミの姿を見つけたのだろう、顔を顰め、低く声を出した。
「おやおや。 聖女マミ様までこちらにいらっしゃるとは。 あの時、娘を陥れておいて、よくこの場に顔を出せたものだ。」
「お父さ……「ご、ごめんなさい!」」
名を呼ばれ、地を這うような声に体を跳ね上がらせたマミは、そのまま慌てて立ち上がると、お父様に向かって深く深く頭を下げた。
そんな彼女に冷たい視線を向けるお父様の手から私は静かに離れると、務めてにこやかに微笑んで横にたつと、マミの肩を抱いた。
「まぁ、お父様。 私のお友達に酷いことをおっしゃらないでくださいませ。」
「うん?」
片眉を上げ、首を傾げたお父様に私は更に微笑む。
「お父様、紹介しますわね。 私のお友達のマミ・イトザワ嬢ですわ。 アリア修道院で一緒になって、たくさん助け合いましたの。 そうそう、それにもう1人、素敵なお友達が出来ましたの。 いつか、その方とも会って頂きたいですわ。 ですからお父様も、仲良くしてくださいませね。」
「ほほぅ、仲良く、と?」
「そ、そんなっ!」
にっこり笑った私に、顔を上げたマミが慌てる。
「ミーシャ、わ、私……」
きゅっと私の袖をつかんだマミに、にっこり笑うと、顎に手を当て、厳しい顔をしているお父様を見た。
「ほら、お父様。 マミとは、ミーシャ、マミと互いを愛称で呼び合うくらい仲良しでしてよ。 それに、帝国に作ったアイザックの商会の最近の商品の大半はマミのアイデアでできていますのよ。 くれぐれも、仲良くしてくださいませね。」
「なるほど。」
にこっと笑ってそういうと、額に手をやり、深くため息をついたお父さまが、私とマミに向かって足を勧めた。
肩を震わせ、一歩、後ずさったマミの方を私が支え、こちらを見て泣きそうな彼女に首を振って微笑む。
「君の話はアマーリアからも、アイザックからも聞いている。 すべてを水に流すことは出来ないが、娘と息子がお世話になっている事には父として礼を言おう。」
それに対し、ぐっと私の袖を掴んでいた手を離したマミは、もう一度、深く深くお父様に頭を下げた。
「……ごめんなさい、知らないからってたくさん悪いことして、ミーシャに酷いことをして、迷惑をかけて。 本当にごめんなさい。」
「……君は間違いをそうと知ったのだな。 そうか……。 君には、これから一仕事をしてもらうことになる。 それが終わった時には、我が家へ招待しよう。 これからも、娘と仲良くしてやってくれ。」
(仕事?)
含みある表現に内心首を傾げながらも、招待する、と態度をなんかしてくれてお父様に私は安堵した。
「お父様、ありがとうございます。」
それには、なにやら表現しがたい顔をしたお父様は、やれやれと肩を竦めた。
そんな様子を静かに見ていたトルスガルフェ侯爵がぽん、と手を打つ。
「さぁ、親子の対面は済んだかな? そろそろ席に着いて欲しいのだが?」
「この豆狸め。」
震えながら頭を下げ続けるマミの肩をポンポンと叩いたお父さまは、顔を上げたマミに難しい顔でひとつ頷くと、トルスガルフェ侯爵に促され、私の右隣のソファに座った。
それに従うように、私はマミをソファに座らせると、自分もゆっくりと座る。
「あれ以上、マミ嬢に何か言うようなら、やり返すつもりでしたよ、ベルナルド。」
「おぉ、怖い怖い。 やめておいて良かったな。 ミズリーシャの怒りも怖いが、執念深いアマーリアに睨まれるのも勘弁だ。」
やれやれとでも言うように溜息をつきながら、マミの横のソファに座った院長先生の言葉に、お父様は大袈裟に怖がるようにして笑う。
そんなやり取りを見ていた私は、そっとお父様を見た。
「お父様と院長先生はお知り合いなのですか?」
「あぁ。」
ソファの肘置きに肘をつき、少し前のめりに座ったお父さまは、院長先生を横目に笑う。
「私が帝国に留学に行ったのと、アマーリアが留学に行った時期がほぼ同時だったのだ。 帝国の国立の貴族学園で、私、ミシュエラ、アマーリア、ディズライト、マルガレーテ、エレルリーナは特進クラスのクラスメイトだった。 ケヴィンは4つ下で、2つ上のクラスにはガイデンダム殿下がいらっしゃったな。」
「まぁ、伯父上様に伯母上様も!」
「そうだ。 そこで私はミシュエラと知り合ったのだよ。」
「そうだったのですね。 では、この空いている席は……その方たちのどなたか、でいらっしゃいますか?」
「あぁ、そうだ。 ――あぁ、いらっしゃったな。」
お父様のその声とほぼ同時に、扉の向こうから声がして、扉が開けられた。
お父様、トルスガルフェ侯爵が立ち上がったため、私たちもそれに合わせて立ち上がり、カーテシーを取る。
ワンテンポ遅れてしまったようだが、院長先生の隣でマミもカーテシーを取った。
「お待たせしましたわね、皆さん。」
美しい声は、皇妃である伯母様に似ていると思いながらその方たちが私たちの横を通り、空いていた3つのソファを埋めたのがわかった。
「みんな、顔を上げて頂戴。 あらあら、話に聞いていたけれど、今日は可愛らしいお嬢さんが二人もいるのね。 華やかでいいわ。 紹介していただけるかしら?」
パチン、と扇を閉じた音に顔を上げたお父様。
「ハズモンゾ女公爵様には初めてお会いしますかな。 こちらは娘のミズリーシャ。 隣はその友であるマミ・イトザワ嬢。 二人とも、挨拶を。」
「はい。」
すっとカーテシーのまま、私は静かに考える。
(ハズモンゾ女公爵様様と言えば、帝国の筆頭公爵家で、伯母様の妹君だったはず。 ではお隣にらっしゃるのはハズモンゾ卿とご子息ね。)
「帝国の紅薔薇である女公爵様、ハズモンゾ卿、ご子息様には初めてお目にかかれますこと、光栄でございます。 私、ドルディット国 ベルナルド・ザナスリー公爵が娘、ミズリーシャと申します。」
「ミシュエラの娘ね。 顔を上げて頂戴。」
声を掛けられ、すっと頭を上げると、伯母さまによく似た、しかし伯母様のストロベリーブロンドの髪よりもやや赤味の強い髪の美しい女性が座っていた。
しかしそれよりも私の目に飛び込んできたのは、ご子息と思われる方のお顔だった。
(まさか、そんな……。 いえ、口に出してはいけないわ。)
そう切り替え、動揺を顔に出さないようにと口元を引き締める。
「あぁ、ミシュエラに似ているわね。 それにアイザックにも。 婚約破棄は大変だったわね。 聞いているわ。 さぞ傷ついたでしょう? もう大丈夫かしら?」
「お心遣い有難く存じます。 もとより、婚約破棄を望んでおりましたので、ほっとしましたわ。」
「そう、まぁそうね。 その方が良かったのかもしれないわね。 ふふ。 それで、後ろにいる彼女が友達、とか?」
ぱらりと扇を広げ、私の斜め後ろにいるカーテシーをしたままのマミを見るハズモンゾ女公爵に私はしっかりと淑女の微笑みを浮かべた。
「はい。 とある事情で共になりました、マミ・イトザワ嬢です。」
「マミ、イトザワと、申します……。」
「そう……顔を上げて頂戴?」
パチリ、と、扇が閉じた。
「は、はい。 失礼します。」
傍にいる院長先生に何かを言われたようで、ゆっくりと顔を上げたマミは、次の瞬間、顔をひきつらせた。
「……っ。」
ヒュっと、息をのむ音がする。
顔色はさらに青く、一点を見つめ見開かれた瞳は怯え、ハッハッハと、マミの呼吸が浅く早くなる。
「大丈夫? 誰か、お水を持ってきて頂戴。」
真っ青になって震えるマミに、私よりも早く院長先生が寄り添い、侍女に申し付ける。
「かしこまりました。」
すぐに冷たいハーブ水が用意され、マミはソファに座らされると、深呼吸を繰り返すように指示され、そうしてハーブ水を飲む。
「……どうしたのかしら? そんなに驚くことがあって?」
あくまでにこやかに微笑み、そう言うハズモンゾ女公爵様に、小さな声で謝りながらもマミはハズモンゾ女公爵の右隣に座る青年から、視線が外すことが出来ないでいる。
(これ以上は……)
マミの傍に行こうとした私の手を、お父様がつかんでとめた。
代わりに動いたのは院長先生た。
「……」
一点を見つめ、がくがくと震え呼吸を乱すマミの前に院長先生が視界を遮るように抱き締めると、主賓であるハズモンゾ女公爵と御家族に背を向けたまま、静かな声で言った。
「エリー。 申し訳ないけれど私と彼女は一度席を外すわ。」
「えぇ、意地悪が過ぎたわね。 マミ嬢、ごめんなさいね。 ゆっくり休んで頂戴。」
「誰か、車椅子を。 それからお医者様もお呼びして。」
「かしこまりました。」
院長先生の指示でサロンに車椅子が運び込まれ、次女や侍従の手によってそれに乗せられたマミは、院長先生に付き添われ、エリを抱いた乳母も共に退出して言った。
パタン。
静かに扉が閉められたところで、女公爵様は口を開いた。
「騒がせましたね。 皆、席に着いてちょうだい。」
その言葉にそこにいた皆が席を着くと、合図を受けた侍女侍従たちが、それぞれのテーブルの上にお茶の用意を始めた。
2年ぶりだったため少々不安であったが、しっかりと細心まで注意してカーテシーをとった私に、柔らかな男性の声が聞こえた。
「お顔をお上げください。 社交界の薔薇、淑女の鏡と謳われる貴女をこの屋敷にお招きすることが出来、光栄です。 当主のケヴィン・トルスガルフェです。 滞在中はどうぞ、我が家だと思ってどうぞお寛ぎください。」
「そのようなお言葉、身に余る光栄でございます。 お心遣い、ありがとうございます。」
「そちらにいらっしゃるのは、神殿聖女のマミ様でしょうか?」
にこやかに淑女の微笑みを浮かべ挨拶をした後、声を掛けられ、私の斜め後ろにいたマミが、たどたどしくカーテシーをした。
「ト、トルスガルフェこうしゃく様には、おめにかかれましてこうえいでございます。 わたくし、マミと申します。 この度はごこういでたいざいさせていただきましたこと、心よりお礼もうしあげます。」
部屋に入る直前まで必死に覚えた言葉を言いきったマミに、トルスガルフェ侯爵は穏やかに微笑んだ。
「どうぞ頭をお上げください。 お話は伺っておりますよ。 お体のお加減はいかがか? ご不便はありませんでしょうか。 何かありましたら遠慮なく仰ってください。」
「え? ……は、はい。 ありがとうぞんじます。」
「ははは、そのように固くなられずとも大丈夫ですよ。 どうぞ、席にお付きください。」
侍女たちに促され、わたしとマミは、隣合う一人掛けソファに並んで座った。
室内を見渡せば、落ち着いた設えに、しっかりした作りの広めの、少人数の音楽隊を呼んで音楽会を開けるほどのサロンである。
その中に、ずらりと円を描くように並べられたしっかりとした一人掛けソファには、わずかに右斜め前に一人ひとつサイドテーブルが置かれていている。
(用意された席は9つ。 そして、上座の席3つを開けて侯爵閣下がお座りになった……ということは、主賓は私たちの他に主賓がいらっしゃるのね。)
顔の位置は変えず、視界に移る範囲で状況を確認しながら、お茶を入れてくれた侍女に会釈し、左隣に座ったマミを見る。
緊張した面持ちで座っているマミは、今はペールブルーの柔らかなドレスを身に着けていて、黒い髪を綺麗にアップにされている。
こちらをチラチラ見ているため、大丈夫という意味を込めて頷くと、うん、と小さく頷き、胸に手を当てて深呼吸をする、を繰り返している。
彼女の後ろには別の席が設けられていて、乳母とエリがいる。
(……エリも大事な客という事なのね。)
静かに観察していると、お客様の到着の知らせとともに、私たちも入ってきた重厚な扉がゆっくりと開けられた。
(誰かしら?)
静かに観察していると、そこに入ってきたのは、今日は美しく着飾った貴婦人然とした院長先生と、そして。
「ミズリーシャ!」
「お父様っ!」
思わず立ち上がってしまった私は、座って笑んでいるトルスガルフェ侯爵に会釈をすると、こちらに足早に近寄ってきたお父様に近づいた。
「ミズリーシャ、あぁ、久しぶりだね、よく顔を見せておくれ。」
腕を伸ばし、私を抱き締め、頬にキスをしてから、まじまじと私の顔を見、微笑むお父様に、私はされるがままになりながらも尋ねる。
「お父様、どうしてこちらに?」
「うん、それはまた後で話がある。 それにしても、あぁ、良く似合っている。 今日の日の為にと、アイザックが急ぎ用意したかいがあったな。 そうだ、何か足りていない物はなかったかい?」
その言葉に、私は目を丸くする。
「このドレスを用意したのはアイザックなのですね。 では、侯爵閣下がお貸しくださっているお部屋に用意してあった洋服やお飾りも?」
「あぁ。 ミシュエラとアイザックが用意して送ってきてね、私が運び込んだものだよ。 あぁ、良く似合っているね。 それにしても少しやせたか? 苦労しただろう……あぁ、手もあかぎれだらけで……。 きっとアマーリア嬢がお前を酷使したんだろう? お前は優秀だからね。」
そう言って、侍女に手を借りながら、弟君でもあるトルスガルフェ侯爵様の隣の席についた院長先生を睨みつけるように言ったお父様。
私は少し慌てて私は首を振った。
「そんなことありませんわ、お父様。 痩せるところか少し逞しくなったくらいです。 手のあかぎれも、もう治っている最中です。 それどころか、とても充実した毎日が送っていましたわ。 院長先生には、突然押しかけたのにも関わらず快く受け入れて頂き、大変良くしていただいたのです。 私、感謝しても仕切れないくらいです。」
「そうか? それならいいのだが……。 それにしても。」
院長先生と私を交互に見、それから唸るようにため息をついたお父様は、私の背後の席にマミの姿を見つけたのだろう、顔を顰め、低く声を出した。
「おやおや。 聖女マミ様までこちらにいらっしゃるとは。 あの時、娘を陥れておいて、よくこの場に顔を出せたものだ。」
「お父さ……「ご、ごめんなさい!」」
名を呼ばれ、地を這うような声に体を跳ね上がらせたマミは、そのまま慌てて立ち上がると、お父様に向かって深く深く頭を下げた。
そんな彼女に冷たい視線を向けるお父様の手から私は静かに離れると、務めてにこやかに微笑んで横にたつと、マミの肩を抱いた。
「まぁ、お父様。 私のお友達に酷いことをおっしゃらないでくださいませ。」
「うん?」
片眉を上げ、首を傾げたお父様に私は更に微笑む。
「お父様、紹介しますわね。 私のお友達のマミ・イトザワ嬢ですわ。 アリア修道院で一緒になって、たくさん助け合いましたの。 そうそう、それにもう1人、素敵なお友達が出来ましたの。 いつか、その方とも会って頂きたいですわ。 ですからお父様も、仲良くしてくださいませね。」
「ほほぅ、仲良く、と?」
「そ、そんなっ!」
にっこり笑った私に、顔を上げたマミが慌てる。
「ミーシャ、わ、私……」
きゅっと私の袖をつかんだマミに、にっこり笑うと、顎に手を当て、厳しい顔をしているお父様を見た。
「ほら、お父様。 マミとは、ミーシャ、マミと互いを愛称で呼び合うくらい仲良しでしてよ。 それに、帝国に作ったアイザックの商会の最近の商品の大半はマミのアイデアでできていますのよ。 くれぐれも、仲良くしてくださいませね。」
「なるほど。」
にこっと笑ってそういうと、額に手をやり、深くため息をついたお父さまが、私とマミに向かって足を勧めた。
肩を震わせ、一歩、後ずさったマミの方を私が支え、こちらを見て泣きそうな彼女に首を振って微笑む。
「君の話はアマーリアからも、アイザックからも聞いている。 すべてを水に流すことは出来ないが、娘と息子がお世話になっている事には父として礼を言おう。」
それに対し、ぐっと私の袖を掴んでいた手を離したマミは、もう一度、深く深くお父様に頭を下げた。
「……ごめんなさい、知らないからってたくさん悪いことして、ミーシャに酷いことをして、迷惑をかけて。 本当にごめんなさい。」
「……君は間違いをそうと知ったのだな。 そうか……。 君には、これから一仕事をしてもらうことになる。 それが終わった時には、我が家へ招待しよう。 これからも、娘と仲良くしてやってくれ。」
(仕事?)
含みある表現に内心首を傾げながらも、招待する、と態度をなんかしてくれてお父様に私は安堵した。
「お父様、ありがとうございます。」
それには、なにやら表現しがたい顔をしたお父様は、やれやれと肩を竦めた。
そんな様子を静かに見ていたトルスガルフェ侯爵がぽん、と手を打つ。
「さぁ、親子の対面は済んだかな? そろそろ席に着いて欲しいのだが?」
「この豆狸め。」
震えながら頭を下げ続けるマミの肩をポンポンと叩いたお父さまは、顔を上げたマミに難しい顔でひとつ頷くと、トルスガルフェ侯爵に促され、私の右隣のソファに座った。
それに従うように、私はマミをソファに座らせると、自分もゆっくりと座る。
「あれ以上、マミ嬢に何か言うようなら、やり返すつもりでしたよ、ベルナルド。」
「おぉ、怖い怖い。 やめておいて良かったな。 ミズリーシャの怒りも怖いが、執念深いアマーリアに睨まれるのも勘弁だ。」
やれやれとでも言うように溜息をつきながら、マミの横のソファに座った院長先生の言葉に、お父様は大袈裟に怖がるようにして笑う。
そんなやり取りを見ていた私は、そっとお父様を見た。
「お父様と院長先生はお知り合いなのですか?」
「あぁ。」
ソファの肘置きに肘をつき、少し前のめりに座ったお父さまは、院長先生を横目に笑う。
「私が帝国に留学に行ったのと、アマーリアが留学に行った時期がほぼ同時だったのだ。 帝国の国立の貴族学園で、私、ミシュエラ、アマーリア、ディズライト、マルガレーテ、エレルリーナは特進クラスのクラスメイトだった。 ケヴィンは4つ下で、2つ上のクラスにはガイデンダム殿下がいらっしゃったな。」
「まぁ、伯父上様に伯母上様も!」
「そうだ。 そこで私はミシュエラと知り合ったのだよ。」
「そうだったのですね。 では、この空いている席は……その方たちのどなたか、でいらっしゃいますか?」
「あぁ、そうだ。 ――あぁ、いらっしゃったな。」
お父様のその声とほぼ同時に、扉の向こうから声がして、扉が開けられた。
お父様、トルスガルフェ侯爵が立ち上がったため、私たちもそれに合わせて立ち上がり、カーテシーを取る。
ワンテンポ遅れてしまったようだが、院長先生の隣でマミもカーテシーを取った。
「お待たせしましたわね、皆さん。」
美しい声は、皇妃である伯母様に似ていると思いながらその方たちが私たちの横を通り、空いていた3つのソファを埋めたのがわかった。
「みんな、顔を上げて頂戴。 あらあら、話に聞いていたけれど、今日は可愛らしいお嬢さんが二人もいるのね。 華やかでいいわ。 紹介していただけるかしら?」
パチン、と扇を閉じた音に顔を上げたお父様。
「ハズモンゾ女公爵様には初めてお会いしますかな。 こちらは娘のミズリーシャ。 隣はその友であるマミ・イトザワ嬢。 二人とも、挨拶を。」
「はい。」
すっとカーテシーのまま、私は静かに考える。
(ハズモンゾ女公爵様様と言えば、帝国の筆頭公爵家で、伯母様の妹君だったはず。 ではお隣にらっしゃるのはハズモンゾ卿とご子息ね。)
「帝国の紅薔薇である女公爵様、ハズモンゾ卿、ご子息様には初めてお目にかかれますこと、光栄でございます。 私、ドルディット国 ベルナルド・ザナスリー公爵が娘、ミズリーシャと申します。」
「ミシュエラの娘ね。 顔を上げて頂戴。」
声を掛けられ、すっと頭を上げると、伯母さまによく似た、しかし伯母様のストロベリーブロンドの髪よりもやや赤味の強い髪の美しい女性が座っていた。
しかしそれよりも私の目に飛び込んできたのは、ご子息と思われる方のお顔だった。
(まさか、そんな……。 いえ、口に出してはいけないわ。)
そう切り替え、動揺を顔に出さないようにと口元を引き締める。
「あぁ、ミシュエラに似ているわね。 それにアイザックにも。 婚約破棄は大変だったわね。 聞いているわ。 さぞ傷ついたでしょう? もう大丈夫かしら?」
「お心遣い有難く存じます。 もとより、婚約破棄を望んでおりましたので、ほっとしましたわ。」
「そう、まぁそうね。 その方が良かったのかもしれないわね。 ふふ。 それで、後ろにいる彼女が友達、とか?」
ぱらりと扇を広げ、私の斜め後ろにいるカーテシーをしたままのマミを見るハズモンゾ女公爵に私はしっかりと淑女の微笑みを浮かべた。
「はい。 とある事情で共になりました、マミ・イトザワ嬢です。」
「マミ、イトザワと、申します……。」
「そう……顔を上げて頂戴?」
パチリ、と、扇が閉じた。
「は、はい。 失礼します。」
傍にいる院長先生に何かを言われたようで、ゆっくりと顔を上げたマミは、次の瞬間、顔をひきつらせた。
「……っ。」
ヒュっと、息をのむ音がする。
顔色はさらに青く、一点を見つめ見開かれた瞳は怯え、ハッハッハと、マミの呼吸が浅く早くなる。
「大丈夫? 誰か、お水を持ってきて頂戴。」
真っ青になって震えるマミに、私よりも早く院長先生が寄り添い、侍女に申し付ける。
「かしこまりました。」
すぐに冷たいハーブ水が用意され、マミはソファに座らされると、深呼吸を繰り返すように指示され、そうしてハーブ水を飲む。
「……どうしたのかしら? そんなに驚くことがあって?」
あくまでにこやかに微笑み、そう言うハズモンゾ女公爵様に、小さな声で謝りながらもマミはハズモンゾ女公爵の右隣に座る青年から、視線が外すことが出来ないでいる。
(これ以上は……)
マミの傍に行こうとした私の手を、お父様がつかんでとめた。
代わりに動いたのは院長先生た。
「……」
一点を見つめ、がくがくと震え呼吸を乱すマミの前に院長先生が視界を遮るように抱き締めると、主賓であるハズモンゾ女公爵と御家族に背を向けたまま、静かな声で言った。
「エリー。 申し訳ないけれど私と彼女は一度席を外すわ。」
「えぇ、意地悪が過ぎたわね。 マミ嬢、ごめんなさいね。 ゆっくり休んで頂戴。」
「誰か、車椅子を。 それからお医者様もお呼びして。」
「かしこまりました。」
院長先生の指示でサロンに車椅子が運び込まれ、次女や侍従の手によってそれに乗せられたマミは、院長先生に付き添われ、エリを抱いた乳母も共に退出して言った。
パタン。
静かに扉が閉められたところで、女公爵様は口を開いた。
「騒がせましたね。 皆、席に着いてちょうだい。」
その言葉にそこにいた皆が席を着くと、合図を受けた侍女侍従たちが、それぞれのテーブルの上にお茶の用意を始めた。
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