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赤貧令嬢、お見合いを提案される

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「テールズ女伯爵様。借金返済のために結婚するつもりはありませんか?」
「……へ?」
 その言葉に、一瞬、私の時間が止まった。



 爵位を返上し、平民として弁護士事務所で奨学金を頂きながら生きていくと決めた瞬間に提案された言葉に、わたしは戸惑うしかなかった。
「あ、あの。」
「ポッシェ嬢、大丈夫ですよ、気にしないでください。」
 そんな戸惑う私に優しく声をかけてから、担当してくれた弁護士さんが立ち上がるとその方の前に立ちはだかった。
「先輩、いきなり何ですか。そもそもあなたはポッシェ嬢の担当ではないでしょう。短刀でもない案件の依頼人に、なんて提案しているんですか? オーナーに言いつけますよ! 早く自分の依頼人のところに行ってください! あ! 駄目ですって!」
「まぁまぁ。」
(……先輩?)
 どうやら、その人は、やや神経質そうな顔の、私の相談に乗ってくれた弁護士さんの先輩にあたる方らしい。
 強い言葉で私達がいつブースから出ていくように言われているが、その人はひらりとそれを交わすと、先ほどまで担当の弁護士さんが座っていたソファに座ると、名刺を取り出し私に差し出した。
「改めまして、貴女の担当のシモジョウの先輩でこの事務所の主任をしております、カイジョウと申します。」
「は、はぁ……。」
 つい受け取ってしまった名刺には、『レント カミジョウ』というお名前と『主任』と肩書が確かに書かれていた。
「……あの、それで、その……主任さんが、何か?」
 戸惑いながら問いかけると、彼はにっこりと笑って私が書こうとしていた契約書や奨学金制度のパンフレットを片付けた。
「おーい、誰か、ポッシェ嬢に新しいお茶と昨日いただいたお菓子を出してあげて」
「はぁい。」
 空間を遮るパーテーションの向こうにいる人にカミジョウさんがそう言うと、すぐに男の人の返事が聞こえた。
 それに頷いたカミジョウさんは、私に向き直ると再びにっこりと笑った。
「さて。テールズ女伯爵様。」
「……あの、その呼び方はちょっと……もう爵位も返上しますし……。出来ればポッシェ、と。」
「そうですか? では、ポッシェ嬢とお呼びいたします。突然割り込んでしまい申し訳ありません。貴女の事はすべて聞かせていただきました。とんでもないご両親のせいで、随分とご苦労なさっているようですね。」
「ちょっと、先輩っ! ポッシェ嬢、申し訳ありません!」
「……あ、いえ、本当の事なのでいいのですが……。あ、ありがとうございます。」
 カミジョウさんを諫めながら私に頭を下げて来る担当弁護士のシモジョウさんに、私は首を振って大丈夫だと伝えながら、私と同じ年位の男の人が出してくれたお茶と小さな焼き菓子にお礼を言ってから、カミジョウさんを見た。
「あの、それで、先程のお話ですが……お断……。」
「単刀直入にお話します。」
『お断りします』と言おうとした私の言葉を遮り、カミジョウさんが言う。
「実は、私が担当するとある庶民出の商会長が爵位を欲しがっているのです。 そこで、貴女が抱えるすべての借財をその方が清算に変わりに、女伯爵の貴女はその方を婿として迎える、というのはいかがでしょうか?」
「……え?」
 その言葉に、私は面食らった。
「それは……」
「ちょっと! 先輩! ポッシェ嬢に失礼ですよ! ポッシェ嬢、聞かなくて大丈夫です! 先輩、あっちに行ってください!」
 言われている意味が理解できなかった私、シモジョウさんがカミジョウさんを立ち上がらせ、追い出そうとしている。
 その様子を見ながら、私は彼の言葉を頭の中で反芻した。
(えぇと……借金を相手が支払うって……つまり、金のために結婚するという事、よね?)
 ワンテンポ遅れて理解した私は、シモジョウさんに腕を引かれているカミジョウさんを見た。
「あの、私は庶民になってもいいと思っているので、せっかくのお申し出ですがお断りします。それに、今、勝手に話を進められていますけど、お相手の方はいいのですか? 見ず知らずの人間と結婚して借金を肩代わりとか……この金額ですよ?」
 あくまでも話を進めようとするカミジョウさんに諦めてもらうため、末の一桁まで父と母の見栄だけでこさえた、何度見ても目玉が飛び出してしまいそうな額の借金の書かれた書類を私は素直に見せた。
「ご覧の通り、見ず知らずの方に肩代わりしていただくような額ではありません。私が爵位を返還すれば、領主が変わるので領民には迷惑をかけてしまいますが、それでも国から立派な代官が付くと思いますのでそれも一時の事。私の事情にこれ以上他人を巻き込むことはできません。ですのでお断りしま……。」
「どれどれ、失礼しますね。……ふむふむ、なるほど。」
 私の手から書類を受け取ったカミジョウさんは、その額を見て少しばかり考えた後、うん、と一つ頷いた。
「多分大丈夫だと思います。」
「え!?」
 吃驚されるどころか、平然と大丈夫だと言われたことにびっくりして声を上げると、カミジョウさんは私の前にその紙を置きながら話を続けた。
「でもそうですね。お互い人間ですから相性というものがあります。ポッシェ嬢はその点を心配あさっているのでしょう。ではどうでしょう? 貴女の絵姿と経歴、それから借金などの個人情報を相手の方にお知らせしてもよろしいですか? お見合い、という事であなたにも相手の方の絵姿と経歴を用意します」
 書類に書かれたとんでもない額面を見れば諦めてもらえるかと思ったのに、逆にさらに笑顔になって新たな提案をして提示されたため、私はものすごく慌ててしまった。
「いえ、とくには……。いえ、私は自分が貴族だということに執着もありませんし、父と母にお金を貸してくださった方には自己破産という形をとるので申し訳ないとは思いますが、じいやとばあやのためにも、もう全てまっさらにしてしまいたいのです。ですから……」
 そういって、お断りしようとすると、彼はにこっと笑って私に言った。
「私の提案に乗ってくだされば、貴女が大切にしていらっしゃるじいやさんとばあやさんに、今まで未払いだった分のお給料と退職金、さらには慰労金まできちんとお渡しできますよ。」
「……え!?」
 顔を上げると、彼と目が合った。
「いかがですか?」
 にこりと会心の笑みを浮かべるカミジョウさんの向こうに、いつも優しく私を見守ってくれたじいやとばあやの笑顔が見えた。
 正直結婚云々には思う事もあるけれど、爵位返上の慰労金として考えられる金額は、本来受け取るはずだったじいやとばあやの未払いのお給金に満たない額だ。だが、彼の提案を飲めばじいやとばあやに、ちゃんと報いてあげることが出来る。
(貴族たるもの家のためになら政略結婚は当たり前だと、ひいひいお爺様のもっていらっしゃった『貴族の心得百八箇条』にも書いてあったし、ひいひいお爺様も、ひいお爺様も、お爺様も政略結婚だったとじいやは言っていたわ。なら私も、じいやとばあや、それにここまで文句を言いながらも領地にとどまってくれた領民のために、政略結婚を受け入れよう!
 そう思った私は、すっと高く手を上げた。
「お見合い、お受けいたします。」
 私の返答に、カミジョウさんは笑みを深めた。
「ご理解が早くて助かります。では、明日もう一度こちらへ来ていただけますか? 相手の方の釣り書きを用意しておきます。貴女の釣り書きは私が用意をしてお渡ししておきますね」
 満面の笑みでそういったカミジョウさんに、私は頷いた。
「わかりました。よろしくお願いします。」
「ポッシェ嬢! 本当にいいのですか? 顔も名前も知らない相手ですよ? 爵位狙いの!」
 堆積させるために引っ張っていたカミジョウさんの腕から手を離し、本当に心配げ表情で私にそう言ってくれたシモジョウさんに、私は頷いた。
「一瞬戸惑いましたが、貴族であれば政略結婚は当たり前だと教わっていましたし、じいやとばあやに未払いのお給料と退職金、それに慰労金まで払ってあげられるなら大丈夫ですわ。それより、爵位返上後の事も含め、いろいろと考えてくださったのに、無駄にしてしまい申し訳ありません」
 親身になっていろいろ考えてくれたシモジョウさんに丁寧に頭を下げて謝ると、彼は慌てたように首を振った。
「頭をあげてください! そんなことは大丈夫ですから! それよりも、今は政略結婚なんて半分もありません! ですから考え直しましょう。お金のために結婚なんてよくありません、身売りです! 先輩も! そんな話を持ってこないでください!」
「半分はあるのですね。では、大丈夫ですわ。貴族の嗜みだと考えるようにします。」
「そうそう。今のご時世とはいえ、家、今のご時世だからこそ。表立っては恋愛結婚だと言っても、やはり裏では利害関係での結婚が大半です。それに、この額の借金って、よっぽどのことだ……」
「あぁ! もう! 先輩は黙っていてください! ポッシェ嬢、考え直してもいいんですよっ!」
「……いえ、確かにこの額の借金はよほどの事です。私、お受けしますわ。」
「あああぁぁぁぁ!」
「了解しました、明日、ご用意させていただきますね。」
「はい、よろしくお願いいたします。」
 こうして、私は見ず知らずのお金持ちと、お見合いすることになったのだ。
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