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ジキタリスの花
〖第6話〗
しおりを挟むその日以来毎日、僕は美術室の先輩の席の近くの窓を叩く。先輩が顔をあげ微笑み、窓を開け、言う。『花を見に行かないか?』と。
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先輩の絵の完成が近い。そして『そろそろ』には遅い大学受験の勉強。佐伯先輩はどうするんだろう。外からの入口を開けてもらい、美術室に入る。
「どうしたの?難しい顔をして」
「いえ、なんでもないです」
その時、僕の胸の中にあったのは、先輩は三年で、もうすぐいなくなってしまう。それだけだった。そう考えると一気に悲しくなる。
けれど、幸せな時間だった。佐伯先輩はいつも、僕の傷を見てきたかのように、優しい言葉、欲しい言葉をくれた。先輩は美術室でゆっくりしていたけれど成績はいつもトップ。自分に優しく接してくれて、癖毛の長い髪に隠した目を見つめて話す。
僕は、最近おかしい。憧れが強すぎるせいなのか、先輩への感情がコントロール出来ない。
自分で自分が解らない。たまに刺々しい言葉を投げつけてしまって、先輩を困らせたりする。決まって大抵先輩が知らない人と顔を綻ばして話している日だった。何だかモヤモヤする。切なさも混じる、嫌な気分だ。そんな時、先輩は困ったように僕をじっと見て、
「ジキタリス、見に行かないか」
優しい声で微笑みで僕を中庭に誘う。
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二人で、無言で花を見る。最近ジキタリスも元気がない。下の方の花が枯れてきている。
いつしか美術室には行かなくなった。先輩と廊下ですれ違う度に先輩は何か言いたげにしていたけれど、僕は会釈をして返した。
顧問の先生も元気になり、練習量が増えた。陸上部の練習を終えると、もう陽は暮れて薄暗い。
うっかり忘れた制服を取りに教室へ向かう。僕は鳥目だから、良く見えない。廊下を歩いていたら、右腕を曳かれた。誰か解らなかった。どんどん、右手を大きな冷たい手が引っ張る。
また、ブレザーを破かれるか、靴に落書きされるか、お金を盗られるか。殴られるか。嫌なことばかり頭をよぎる。
「は、放して下さい。お、お願いします」
声が上ずり、震える。
「離さないよ。離したら君はいつもみたいに会釈をして逃げる」
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