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ジキタリスの花
〖第7話〗
しおりを挟む語尾を強くし、声の主は言った。僕の中は恐怖しかない。ただ怖くて仕方なかった。怖い、嫌だ!心の中の自分が破裂しそうだった。
「殴らないで、お願い殴らないで下さい。インターハイが近いから怪我はできないんです。お願いします。だから、手を……手を離して下さい。お願いします」
自分は半泣きになって懇願した。冷たい手はパッと離れ、言った。
「どうして怖がるの?相模くん。俺だよ。解らない?」
「さ、佐伯せん……ぱい?」
「そうだよ。相模くん。殴ったりなんかしないよ。君を殴る奴がいたら俺が許さない。渡したいものがあるんだ。中々タイミングが掴めなくて。さっきは怖がらせて…すまない」
先輩は暗い校舎の奥の美術室のドアを開けて、電気をつけた。音をたて、蛍光灯が灯る。
「貰って欲しい」
そう、一枚の絵を差し出した。小さなお洒落な額に入った、あのジキタリスの絵だった。裏庭の秘密の場所。僕と佐伯先輩だけの。胸が苦しくなる場所。
「ずっと渡したかったけれど、君が逃げるから……渡せなかった」
「すみません」
僕は頭を下げて、謝り、
「ジキタリスにあたったんです」
と言い笑った。先輩は不思議そうな顔をしていたけれど、僕は見なかったことにした。
「先輩の絵、本物よりずっと綺麗ですね。色が温かくて優しいです。宝物にします。ずっと大切にします」
そう言い、先輩の描いたジキタリスの小さな油絵をそっと撫でた。先輩は、微笑みながら「ありがとう」と言った。
「また、美術室に来てくれないか?」
僕は素直に頷けなかった。先輩はいつも、堂々と冷ややかな瞳で周囲を見る。端から見てそれは知っている。そして、僕もそうなるのが怖かった。
簡単に言えば、そう。自分が集まってくる他の人達とは違う待遇をうけているのは知っていた。僕は、先輩にとっての『その他大勢』になるのが怖かった。
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