ジキタリスの花〖完結〗

華周夏

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ジキタリスの花

〖第5話〗

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「綺麗だろ?禍々しいくらいだね」
 
 佐伯先輩は花をそっと指先で撫で、言った。

「禍々しい、ですか?こんなに綺麗なのに?お寺の鐘を釣り下げてるみたいで面白いじゃないですか」

 自分もそっと触れる。先輩は小さく笑う。自分の言葉が子供っぽくて恥ずかしい。

「『キツネノテブクロ』が別名。その頃の権威が『指先を切り取った手袋の形に似ている』言ったかららしい。見えないけどね」

 先輩は続ける。

「この植物、強力な毒草なんだよ。心臓毒」

「こんなに綺麗なのに?綺麗だから自分を守るために毒草になったのかな…先輩、この花に毒があることは内緒にして下さい。僕、なんかこの花が好きです。刈られてしまったら可哀想です」

 守るように花を撫でる。先輩は穏やかに微笑んだ。

「この花は薬にもなるんだ。大丈夫だよ」

 ポンポンと先輩は二度優しく頭に触れた。

「普通『毒』と聴いたら触れるのを嫌がるけれど……君は優しい子だね。ここに連れてきて良かった。俺だけの秘密の場所なんだ」


『君は優しい子だね』

 生まれて初めて言われた言葉だった。一瞬涙ぐみそうになるのを堪えて、僕はじっとジキタリスの花を見た。胸が痛い。苦しい。これもジキタリスのせいなのだろうか?

 それから二人で外の庭のジャスミンを見た。暮れかかった庭に甘い爽やかな香りが立ち込めている。僕は思わず、花に顔を寄せて花の匂いを嗅いだ。

「良い匂いですね。爽やかで甘くて」

「ジャスミンティーの香りの元だからね。相模くんは反応が素直過ぎて、予想がつかないな。君は可愛いね」

 眼鏡の奥の佐伯先輩は目を細めてじっと僕を見ていた。

 そんなとき、陸上部の先輩に見つかった。早く来いと遠くから大声で急かされる。行かなければ叱られるけれど、誘ってもらった佐伯先輩にも悪い。

 振り返る。何度も。僕は名残惜しそうな顔をしてしまっている。も。僕は名残惜しそうな顔をしてしまっている。

「いつでも、好きなときにおいで。俺が美術部の部長だから少しは時間の融通もきく。インターハイ、出るんだろう?頑張ってね」

 先輩は柔らかく微笑んだ。綺麗な人だなと、改めてそう思った。そして何で僕なんかに声をかけてくれたんだろう、とも。
 
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