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〖第11話〗
しおりを挟む俺はかあさんを見放した。捨てたんだ。でも、俺には無理だ。そう彰は思った。薄情だと言われるだろう。けれど、今、母の世話はできない。
憐れで、切なくて愛しいけれど、一人の傷を抱えた人間をケアすることは簡単じゃない。きっといつか恨んで、憎んでしまう。無垢な顔をして童女のようになってしまった母が、あまりに悲しくても。
どうしようもなくて、彰はポストに縋るように泣いた。通行人は奇っ怪なものを見る目で彰を見た。好きに見れば良い。見たければ見れば良い。
それから顔を涙と鼻水でグショグショにしながらATMで最後の振り込みをした。祖父の口座に毎月振り込んだお金が、やっと満額振り込み終わった。
彰の心に残ったのは、やっと掴んだ晴々とした解放感より、真っ黒な苦々しい罪悪感のような後ろめたさだった。
雪が降っていた。ザァッと音を立てて吹く風に花びらのように細かい雪が、裂けるように雲間から差した夕暮れの光に反射してあまりに綺麗で思わず息をのんだ。雪なんか嫌いだ。大嫌いだ。
***
職は転々とした。しっくり来ない職場。変わる同僚、少しづつめぐる季節。小さなことが積み重なり、彰の母に関する罪悪感や、後ろめたさを薄めていった。
それでも、雪が降ると彰はベッドに頭から潜って泣く時がある。辛くて怖くてたまらなくなる。
「仕方なかった。仕方なかった。あのときはまだ若かった。今、仕送りもしている。俺は悪くない、俺は悪くない」
今の職に就き、やっと何かが、世界が、時間の歯車が、所謂世間一般と噛み合うようにしっくり動き始めた感じがした。同僚や上司、人に恵まれた職場だ。
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