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〖第12話〗俊一に、会いに行こう
しおりを挟むスマートフォンでのツーショットを見せる。結城が写真を眺めている間にぼんやりとした考えが浮かぶ。
ただの気の良い監督官だ。それ以外ない。やさしいひとで、夢を見させてくれている。そんな酔った頭を結城の一言が考えをぶち壊した。
「虚弱気味の王子様と、穏やかでやさしそうな熊さん」
「……結城、お前やっぱりいい奴だよ」
咲也は大笑いした。結城は軽く人差し指で頬をかき笑った。変わらない、結城の笑顔、口調。ほっとする。それから、とり止めのない話をした。手元のギムレットからライムの匂いがほのかに香った。
「咲也」
「急に何?真面目な顔して。」
少し、間をあけ、結城は言った。
「まだ、薬無いと、眠れない?」
「うん、そうだね。眠れない。二週間に一回、病院で睡眠薬貰ってる」
「……馬鹿な真似、しないでよ?お酒もね。飲むなとは言わないから、気を付けて」
結城は俊一が亡くなり、四十九日の法要の後、咲也が睡眠薬を飲んで自殺未遂をしたことを言っている。その日は晴れて、雲が一つもなかった。空があまりにも蒼くて、吸い込まれそうで怖かった。
──────────
法要は、全てが滞りなく進んだ。咲也も俊一も、近しい親戚は居なかった。淋しい法事だった。
夕方、部屋に斜めに陽が差した。誰も居なくなった部屋で咲也は、独り礼服で座り込み、俊一の写真を見ていた。俊一は笑っていた。何事もなかったかのように、ただ、笑っている。
陽が翳り、大きな風が音を立てて吹いて、急に怖くなった。四十九日までは、死者の魂がうろうろしているらしい。そして四十九日を境目に『あの世へ行きなさい』とお坊さんに引導を渡されるそうだ。
俊一のお葬式から沈み込んではいたけれど、激しく感情が溢れてコントロールができなくなったのは、あの夕方だった。
「また、置いていかれちゃったな」
つらくて悲しくて。何故か笑いながら独り泣いた。これで本当に最後なんだと、突きつけられているようだった。
咲也は両親が居なかった。母方の祖父母に育てられた。その祖父母も、もうない。みんな、自分を置いていく。
泣きながら咲也は笑った。ひとしきり涙が出なくなるまで笑うと虚無感に襲われた。会いに行こうと思った。みんなに、俊一に。咲也は、黒く冷たい手を取った。
──────────
気が付いたら白い部屋で、鼻に管が通されて、左手に点滴がされていた。救急車が呼ばれて病院に運ばれたらしい。
眼鏡をかけた、壮年のお医者さんは、
『すぐに胃洗浄をしました』
『薬か、もう少しアルコールが多かったら危なかったです』
と物静かに言った。以前なら、
『じゃあ、もう少しお酒を飲めばよかった』
と思ったことだと思う。でも、意識を失っている間、夢を見た。
真っ白い空間で、何もなかった。走ってもどこまでも真っ白で、足の裏の感触も、雲のようではなく、生ぬるい泥のような嫌な感触で、
お花畑も、明るい空も、俊一も、誰も居なかった。何もない空間だった。
人はよく、死と言うと黒をイメージするけれど、咲也は本当は白だと思った。
お医者さんが居なくなった後、独りで泣いた。
どんなことをしても、俊一には会えない。白い歯も。太陽が似合う肌も。目玉焼きもまともに作れないほど不器用なくせに、後ろから抱きしめるだけで涙ぐませるほど咲也の背中を理解している腕の力も温度も。安心した眠りに誘う洗い立てのシーツみたいな胸の匂いも。
『好きだよ』の声の響き。
瞼を閉じれば『朝飯なに?』と寝ぼけた声と跳ねた前髪まで正しく再生される、憎々しいまでの自分の記憶力。
身体だけの関係ではない、本当に好きになったひとだった。朝、俊一は本屋に勤めに行き、自分は家で絵本を描いて、主夫になった。
帰ってくる人がいる。疲れて気の抜けた声の『ただいま』それでも俊一は咲哉が出迎えると笑ってくれた。幸せだった。
──────────
「具合はどうです?」
突然の声に、驚いた。知らない声だった。不意を突かれ、涙でぐしょぐしょになったみっともない顔をみられた。そう思った。
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