抱きしめたいあなたは、指をのばせば届く距離なのに〖完結〗

カシューナッツ

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〖第14話〗好きな人の看病

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 浅草へも行った。浅草寺は混んでいて、たくさんの、自分と同じ観光客がいた。あの姿良いおじいさんと、可愛らしいおばあさんはこの景色を見たのだろうか。人力車のお兄さんが、冬空で少し寒そうだった。

    帰る日にはこの際だからと中華街にも足をのばす。関帝廟をひやかすように外側から見た。中国の神様は派手なんだなあ、と咲也は思う。

 早い昼食に、お粥が有名なお店に行った。少し混んでいたが温かく美味しい中華粥に気をよくした咲也は杏露酒も飲んだ。

 お粥の下の方に少しの香草が隠れていた。咲也は微笑んでしまった。けれど、周りを見るとお粥は軽く混ぜて食べるのがいいらしいと解り、咲也は恥ずかしくて、下を向いて小さくなった。

「巌さん、ちゃんと消化のいいものを食べて、休んでいるかな。美味しいお粥、作ってあげたい」

    美味しい、香菜が淡く匂う中華粥を食べながら、咲也はぼんやり巌のことを考えていた。

 駅で日持ちのいいお土産のお菓子を選ぼうと思った。それとやはり人形焼。巌が知らない女性ひとと口にする、自分の選んだお土産。

 口の中に残る、甘くて香りのいいお酒に、ぼんやりと広まった侘しさは消えていった。

────────── 

    帰りの新幹線は、行くときと同じく空いていた。東北もいいところなのにと、咲也は東京の喧騒を思い出し鼻白む。集団の中の孤独ほど人を惨めにするものはないのに。咲也はそう思う。

「隣いいですか?」

    窓際に座る咲也に話しかけてきたのは二十代後半のいかにもな男性だった。他の席も空いているのに、と思いつつ、

「どうぞ」

    と、咲也は言った。旅も終盤。帰るまでに読み途中の本があったので読みきってしまおうと思っていた。

 お酒を飲みながら読もうと思い、バックからビールの500mlの大きな缶を取り出す。勢いよく片手で栓をあけ、炭酸を喉に流し込む。2本目を開けようとバッグをあさる。気がついたら男性は居なかった。まだ、次の駅に停車していないのに。咲也は小さく笑った。

    新幹線が北へ帰る。少しづつ周りの雪が増えていく。宇都宮で停車した。今年は北関東でも雪が積もっている。大雪だ。

「隣、いいですか」

「どうぞ」


 ろくに相手も見ずにそう言った。四十代くらいだろうか、物静かな声だった。

「どこまでですか」

    咲也は本から目をあげず『福島です』とだけ答えた。

「俺も福島なんです。奇遇ですね」

    男性は笑う。その様子に多少不機嫌になりながら、咲也は、

「ええ奇遇ですね」

    と口先だけで答え、咲也は再び本に目を落とす。三本目の五百ミリのビールを開けようとした時、男性にすっと手で制された。

「飲み過ぎですよ」

    男性は言った。むっとして顔をあげると酔いにぼやけた視界の中に見慣れた顔があった。

    いつもの困った顔で咲也を見つめ、彼自身は栄養ドリンクの蓋を開けた。

「巌さん?どうして、ここにいるの?」

「出張。鬼みたいな会社でしょ?」

    寒いらしくコートも着たまま、あのマフラーでぐるぐるまきになっていた。

「熱は?病院は?大丈夫?」

「解熱剤を飲んで、何とか。前に会った時よりいいよ」

    巌はこういう時にも、まるく笑う。

「巌さん、寝ていて。近くなったら起こすから」

「ありがとう」

    そう言うと、巌はすぐに眠りに落ちた。暫くして巌が寄りかかり、左肩が重くなる。髪に、触れたくなった。そっと触れるとシャンプーと煙草の匂いがした。

    ……煙草、吸うんだ。知らなかった。咲也の前で巌が煙草を吸う姿は見たことはない。

「もう少しで、着くよ。巌さん」

    肩を優しくたたいて起こすと、ぼんやりしながら、巌は「ありがとう」と言った。

    駅についたが歩くのも心もとなく、無理をしているのが分かる。

    巌の家が分からないので、とにかく咲也は駅から巌とタクシーに乗り込み自宅に向かった。

「階段、大丈夫?」

    肩を抱きながらゆっくりと階段を昇る。急いでヒーターをつけて部屋を暖め、ソファーに取りあえず横にならせた。

「スーツ、上、脱いで。ネクタイもゆるめるよ」

    巌はただ頷いた。今日の出張が余程こたえたのだろう、ぐったりしている。咲也は、上着をハンガーにかけ、毛布を持ってきて巌にかける。誰かの看病なんて、久しぶりだった。

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