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〖第19話〗穏やかでやさしい熊さん
しおりを挟む暖をとる猫のように咲也は巌の胸に顔を埋める。……声も、シャンプーの匂いも、笑窪も、みんな好きだよ。ずっと好きだったよ。だから、つらかったよ。告解のように、巌の胸の中で声にならない声で咲也は言った。
上を向くとやさしい瞳にぶつかる。巌の手が後頭部を支え、丁寧に咲也に口づける。何回も。何回も。口唇を重ねて、見つめあった。間近で巌の顔を見るのは初めてだった。右瞼に小さな傷がある。古い傷だ。首筋を味わおうとした巌を、咲也はふっと、ささやかな笑い声で制した。
「どうして、笑うの?」
巌はきょとんとした調子で言った。
「会社は、どうするの?」
「少しぐらい遅れてもいいよ」
「病み上がりなのに、元気だね。まだ熱もひかないのに」
くすくすと笑い、姿勢を直す咲也に急に気恥ずかしくなったのか、巌は身を縮め、椅子に軽く腰かけ、咲也を上目遣いで見る。確かに穏やかで優しい熊さん、かもしれない。を巌を胸に抱き、
「俺、巌さんが好きだよ。ずっと好きだったよ。だから、つらかったよ。会社から帰ったら、続きをしよう?だから運転に気を付けて、早く帰ってきて。待っているから」
咲也は微笑んだ。残念がるように巌は軽く頷いた。このひと一体何歳なのだろう。咲也は思う。しかし、このひとの少年の様な顔を知っているのは自分だけなのだと思うと、とても嬉しくなる。
それから巌は手早く支度をした。急いで仕度をしても、早く帰れるとは限らないのに、と咲也は苦笑する。
「行ってらっしゃい」
咲也は玄関口で巌の首に腕を絡ませ、巌に触れるだけの口づけをした。
「早く帰ってくるよ」
「気をつけて。待ってるよ」
「待っている人がいるって、幸せだね。早く帰ってくるよ」
咲也は微笑みながら手を振った。
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