あなたを追いかけて【完結】

カシューナッツ

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第1章

カルガモ親子①

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  悲しいとき、つらいとき、勿論、楽しいときも含めて、沢山の時間を祥介と一緒に過ごしてきた。

  幼い頃、秋彦の姿を見かけるたびに祥介は『アキ』と呼んだ。必ず秋彦は振り返る。
 そして『祥ちゃん』と言い、笑いながら祥介に駆け寄る。

 秋彦も『アキ』と祥介に名前を呼ばれるのが好きだった。
 誰にも見せない少し照れ臭そうな顔をして、大きく手を振り笑う祥介を見ることが、何となく、自分が祥介の特別になった気がする瞬間だった。

 秋彦の一番古い記憶は、まだ、小学生にもなっていない頃の、春の一面に広がる田園風景。風も生暖かい、穏やかな日。

 二人の祖母の家。柔らかな緑の里山。

  「カルガモだ、可愛いなアキ。ほら、雛はずっとお母さんカルガモの後をついていくんだよ」

  「ほんとだ。僕と祥ちゃんみたい」

  「アキも俺とずっと一緒にいてくれる?あのカルガモみたいに」

  そう言い、幼い祥介はじっと秋彦を見つめた。幼い秋彦は祥介を見つめ微笑んだ。 

「うん。祥ちゃんとずっと一緒。祥ちゃん大好き」 

「俺も。アキとずっと一緒。アキ、大好きだよ。俺がアキを守るから」

 成長し、秋彦は祥介を

『幼馴染みの親友であり従兄弟』

 と、ずっとそう思ってきた。秋彦との家も近く、小、中、高と学校は一緒。

 いつしか『アキ』『祥ちゃん』から、『秋彦』『祥介』に呼び方は変わっても、秋彦の思い出の中には、いつも祥介がいた。

 祥介が自分の名前を呼ぶと、何故だろう、安心す。
 呼び止められ、振り返れば、いつも祥介がいたからかもしれない。

 あの頃よりは控えめだけれど、秋彦が振り向くと、やはり少し照れ臭そうに、祥介は笑う。

 その親友であり従兄弟は、葉山祥介という。クラスで二人が従兄弟であることを知るひとはいない。母方の従兄弟だからだ。名字が違う。

 だから皆、気づかない。秋彦は祥介との関係が知られていないことにホッとする。祥介に迷惑がかかる。

 自分みたいな出来損ないが、友達なんて。従兄弟なんて。 祥介はクラスで何処のグループにも属してないけれど、皆、祥介には一目置いている。すらりと背の高い、頭脳明晰、眉目秀麗な優等生。

 それでいてスポーツも得意。脱帽だ。それでいて悪ふざけも似合う完璧な秋彦の従兄弟。

  けれど秋彦は、背は小さく、特に目立つこともない、クラスでも、しがない存在。上手く他人と喋れないし、スポーツも駄目。

 かろうじて自分の名前がクラスで知られているのは、テストのたびに張り出される成績上位者の紙に『支倉秋彦』と言う名前が高校に入学してからずっと一番上にあるからだろう。

 勉強だけは昔から飛び抜けて出来た。良く解らないけどIQが並外れて高いと言われた。秋彦は思った。IQなんていらない。普通が良い。
 何でも器用にこなし、誰とでも仲良くなれる祥介が自慢な反面、自分と比べ羨ましいと思っていた。

 そのことを、祥介に言った時、祥介は、秋彦の頭をくしゃくしゃっと撫でて、笑って言った。 

「そんなお前の羨ましがる俺が、一番大切なのは、秋彦だよ。秋彦、何かあったのか?」 

「ううん。ないよ。あのさ、前から気になってたんだけど、祥介は彼女作らないの?モテるの に」

 一瞬、悲しい顔をして祥介は秋彦を見つめた。 

「このままがいいんだ。………俺はこのままがいい。秋彦と一緒に暮らして、秋彦と一緒にいたい」 

「従兄弟が出来が悪いと、お守りも大変?」

  悪戯に秋彦がそう言うと、後ろから祥介はじゃれるように秋彦を抱きしめた。 

「そうだなあ………いつも、ちょっとだけ」

「じゃあ、いつも大変な祥介に、夕ご飯は、今日は寒いから天ぷら揚げて、天ぷらうどんにしようか」 

「天ぷらか。ありがと。かき揚げもお願いしていい?」 

「いいよ。確か桜えびが残ってたし………ねぇ、祥介」 

「ん?」

  小さく秋彦は言った。 

「ごめんね………」




  クラスの中で陰で自分は『キモい根暗眼鏡』と呼ばれていた。今は名前と略して『キモ彦』と呼ばれている。ことあるごとに女子には敬遠されバイ菌扱い。

 男子には「小さくて見えなかった」と遊ぶように蹴られたり。 

 祥介にはこのことを知られたくない。言う気もない。大切なひとには心配をかけたくない、だからいつも、秋彦は俯いて困ったように笑う。 

 悪口は、聞こえないふりをする。
 嫌がらせは、知らないふりをする。
 感情に蓋をする。
 そうした方が傷は浅い。

 すべて自分じゃないみたいだ。ぼんやりとした、他人事に思えると、秋彦は思う。

 学校で秋彦に親しく話しかけてくれるのは、同じクラスの祥介だけだ。

 祥介がいる。だから、まだ、これくらいで済んでいるんだと思う。
  学校の人達には秘密にしているが、秋彦が両親を亡くしてから祥介と同居している。素直な自分でいられる唯一の時間だ。 

「秋彦は大学どうするんだ?」


 夕御飯のとき、秋彦が作ったキノコの炊き込みご飯を食べながら祥介は言った。

 秋彦はカボチャのガーリック焼きが美味しく出来上がって良かったと笑みと共に箸をのばしつつ言った。 

「進路指導の先生は数学科のある大学を勧めるんだけどね」 

「秋彦は特に理数系ずば抜けてるからな。全国模試、数学と物理と化学一位だっただろ。でも、行きたいのはそっちじゃないのか」

  ほうれん草のおひたしをつつきながら祥介は不思議そうに言う。 

「僕ね、獣医さんになりたくて。動物行動学も気になってる。秘密だよ。祥介だから言うんだから。T大の理科二類か、K都大なって。それに、物理とか数学とかってパズルゲームみたいで、あんまり好きじゃないんだ。やりがいがなくて………大学入ればそんなこと言えないくらいなのは解ってるけど。でも動物と関わる仕事がしたいな」 

「ひとと関わる仕事は嫌か?」 

「嫌じゃないと言ったら嘘になる。あのさ、昔、祥介と夏におばあちゃんの家で夜に蛍を見たり、クワガタとか珍しい蝶々とか、イタチも、タヌキも、夜中フクロウも見た。あの頃があったから僕は動物が好きになって進路を考えたんだ」 

 僕の思い出には、みんな祥介がいるんだよ。そう言い優しく笑う秋彦の言葉は、祥介の胸をふんわりと温かくさせた。 

「祥介は何学部に行きたいの?」

「医学部かな。秋彦、頻脈ひどくて、俺小さい頃知らなくて、走って………その後お前、胸押さえて、泣きながら
『しょうちゃん、苦しいよう』
 って言ったの忘れられない。俺、何も出来なくて、苦しそうなお前おぶって泣きながら叔母さん呼びに走ったの覚えてる。
 あんな思いはもうしたくない。
 俺もあの頃があったから、医者になりたいと思ってる。
 俺の思い出にも、みんな秋彦がいるよ。今はいいのか?」 

「うん。頻脈は父さんもひどかったんだ、遺伝かな。今は少しは良くなったよ。ありがと、祥介。カボチャ、最後の一個あげる」

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