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第9章
ライオンとの小旅行①
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青を一滴足したような深いグリーンのTシャツに、黒のジーンズ、お洒落な杖、グレーの姿の秋彦は、予定より早く着いてしまったT駅の改札前で祥介を見た。
祥介も気づいたらしく、連れていた女子に目配せし、
「先行ってて」
祥介の声は冷たい声音だったのに、
女子は嬉しそうに改札を通りすぎた。
それを見届けるようにして祥介は秋彦の所へ歩み寄る。
祥介が連れていた女子は見覚えがある顔だった。秋彦の背中を女王様気取りでベルトで笑いながら打ち付けた一人だ。
ただ、恐怖が襲う。
ここのところ無かったのに、大声で泣き叫び逃げ出したくなる。
《走れもしない足で》
カタカタ震える手を握りしめる。
そして、全ての経緯を知りながら、その女子と付き合う祥介を軽蔑の眼差しで睨む。
祥介はじっとその眼差しを、それでも懐かしいもののように受け止め、優しく笑って言った。
「これで最後だよ。お前を痛め付けた奴は、みんな夢見させたあと、ゴミみたいに捨ててやったよ。こんなこと、お前にはできないし、させたくない。谷崎にも出来ないだろうしな」
祥介は、祥介で復讐をしていた。
甘い言葉でベッドに誘い、彼女たちの素肌の背中に指先で触れて、耳元で、
『ベルトで背中打たれる痛み、味わってみるか?』
冷たくそう囁くと、皆、泣きながら謝ったという。祥介は謝罪の音声は録音し、
それが済んだら言葉で立ち直れないほど傷つけて、口外無用で、さよならをしてきた。
全員分揃ったら谷崎経由で秋彦にデータを渡そうと思っていたらしい。
「俺からいきなりデータが来るより、谷崎に説明を受けた方がいいだろうと思ったんだ」
男子は暴行で停学処分になっているのに、何故女子は表面上の心にもない謝罪文だけで、実際に裁かれないのか。
祥介はそう思っていたらしかった。
「だって不平等だ。傷の大きさは同じなのに。現にお前は震えてたじゃないか。
傷は治っても、心の傷は消えない。
お前は俺を呼んだのにな…。
でも秋彦、あまり考えすぎないでくれ。
俺があいつらを許せないだけだ。気にするな」
「…祥介」
「ん?」
「…ごめんね、祥介。祥介のせいじゃないよ」
声が潤んでくるのをこらえて、秋彦は言葉を繋げた。
「僕の足は、祥介のせいじゃないし、
祥介といた時間は、楽しいし、僕いつもドキドキしてた。
それに、祥介といてしあわせだった。
ありがとう。
いつも支えて、守ってくれて、ありがとう」
パタパタッとコンクリートの乾いた土ぼこりがたまった床に、
俯いた秋彦の瞳から大粒の涙が音を立てて落ちた。目の前に差し出されたのは、
秋彦の好きな色。ミントブルーのハンカチ。
「解ってるよ。自分を責めるな。ほら、ハンカチ。じゃ、行くから」
差し出されたハンカチで目元を拭いて、秋彦は一生懸命に後ろ姿の祥介を呼んだ。
「祥介!祥介!」
やはり自分は雛だと秋彦は思う。
親鳥を呼ぶ雛。
振り返って欲しい。
あの頃のように。穏やかに、笑って欲しい。
祈るように見とれるように秋彦はきれいな後ろ姿を見つめた。
ゆっくり振り返る祥介は涙目だった。
「どうした、アキ」
昔と変わらない、穏やかな微笑み。
秋彦の胸を握るように苦しくさせた。
涙がとまらない。
誰もいなかったら、
駄目だと解りながらも、
あの胸で泣きたい。
もう心に決めたひとがいるのに、そう思ってしまう。
「ううん。何でも、ないんだ。今度グラタンの美味しい店に行こう。ホワイトソースが、美味しくて、祥介も、きっと気に入る…」
祥介は秋彦に駆け寄りぎゅっと秋彦を抱きしめ、
「ありがとう。
でもな、その店には谷崎と行け。
俺はお前と会えてしあわせだったよ
さよなら、アキ。
つらくなったら、頼っていい。
折角、幼馴染みの従兄弟がいるんだから」
秋彦は遠ざかる後ろ姿をずっと見ていた。
涙がとまらなくて壁を背にして、
たくさん泣いた。
多分これは今までの気持ちへの本当のさよならに思えた。
カルガモ親子は、おしまい。
何もなかった昔に戻る。
サイコロは、振り出しへ。
思い出だけ残して。
─────────続
祥介も気づいたらしく、連れていた女子に目配せし、
「先行ってて」
祥介の声は冷たい声音だったのに、
女子は嬉しそうに改札を通りすぎた。
それを見届けるようにして祥介は秋彦の所へ歩み寄る。
祥介が連れていた女子は見覚えがある顔だった。秋彦の背中を女王様気取りでベルトで笑いながら打ち付けた一人だ。
ただ、恐怖が襲う。
ここのところ無かったのに、大声で泣き叫び逃げ出したくなる。
《走れもしない足で》
カタカタ震える手を握りしめる。
そして、全ての経緯を知りながら、その女子と付き合う祥介を軽蔑の眼差しで睨む。
祥介はじっとその眼差しを、それでも懐かしいもののように受け止め、優しく笑って言った。
「これで最後だよ。お前を痛め付けた奴は、みんな夢見させたあと、ゴミみたいに捨ててやったよ。こんなこと、お前にはできないし、させたくない。谷崎にも出来ないだろうしな」
祥介は、祥介で復讐をしていた。
甘い言葉でベッドに誘い、彼女たちの素肌の背中に指先で触れて、耳元で、
『ベルトで背中打たれる痛み、味わってみるか?』
冷たくそう囁くと、皆、泣きながら謝ったという。祥介は謝罪の音声は録音し、
それが済んだら言葉で立ち直れないほど傷つけて、口外無用で、さよならをしてきた。
全員分揃ったら谷崎経由で秋彦にデータを渡そうと思っていたらしい。
「俺からいきなりデータが来るより、谷崎に説明を受けた方がいいだろうと思ったんだ」
男子は暴行で停学処分になっているのに、何故女子は表面上の心にもない謝罪文だけで、実際に裁かれないのか。
祥介はそう思っていたらしかった。
「だって不平等だ。傷の大きさは同じなのに。現にお前は震えてたじゃないか。
傷は治っても、心の傷は消えない。
お前は俺を呼んだのにな…。
でも秋彦、あまり考えすぎないでくれ。
俺があいつらを許せないだけだ。気にするな」
「…祥介」
「ん?」
「…ごめんね、祥介。祥介のせいじゃないよ」
声が潤んでくるのをこらえて、秋彦は言葉を繋げた。
「僕の足は、祥介のせいじゃないし、
祥介といた時間は、楽しいし、僕いつもドキドキしてた。
それに、祥介といてしあわせだった。
ありがとう。
いつも支えて、守ってくれて、ありがとう」
パタパタッとコンクリートの乾いた土ぼこりがたまった床に、
俯いた秋彦の瞳から大粒の涙が音を立てて落ちた。目の前に差し出されたのは、
秋彦の好きな色。ミントブルーのハンカチ。
「解ってるよ。自分を責めるな。ほら、ハンカチ。じゃ、行くから」
差し出されたハンカチで目元を拭いて、秋彦は一生懸命に後ろ姿の祥介を呼んだ。
「祥介!祥介!」
やはり自分は雛だと秋彦は思う。
親鳥を呼ぶ雛。
振り返って欲しい。
あの頃のように。穏やかに、笑って欲しい。
祈るように見とれるように秋彦はきれいな後ろ姿を見つめた。
ゆっくり振り返る祥介は涙目だった。
「どうした、アキ」
昔と変わらない、穏やかな微笑み。
秋彦の胸を握るように苦しくさせた。
涙がとまらない。
誰もいなかったら、
駄目だと解りながらも、
あの胸で泣きたい。
もう心に決めたひとがいるのに、そう思ってしまう。
「ううん。何でも、ないんだ。今度グラタンの美味しい店に行こう。ホワイトソースが、美味しくて、祥介も、きっと気に入る…」
祥介は秋彦に駆け寄りぎゅっと秋彦を抱きしめ、
「ありがとう。
でもな、その店には谷崎と行け。
俺はお前と会えてしあわせだったよ
さよなら、アキ。
つらくなったら、頼っていい。
折角、幼馴染みの従兄弟がいるんだから」
秋彦は遠ざかる後ろ姿をずっと見ていた。
涙がとまらなくて壁を背にして、
たくさん泣いた。
多分これは今までの気持ちへの本当のさよならに思えた。
カルガモ親子は、おしまい。
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サイコロは、振り出しへ。
思い出だけ残して。
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