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第9章
ライオンとの小旅行③
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折角の旅行なのに、大切な、好きなひとを目の前にしながら、考えるつもりはないのに、ぼんやりしてしまった。
祥介を思い出してしまった。
悪いことをしている。
谷崎に失礼だ。秋彦はこれから一緒に歩くのは谷崎だと心に決めている。
なのに、影は呼ぶ。
やさしい声音で「アキ」と呼んで、
カリカリと心の柔らかい場所を引っ掻いて自己主張した。
谷崎は、今日の秋彦の不自然さを解っていた。
駅での秋彦と祥介とのやり取りを一部始終、見ていたからだ。
抱きしめられ、
祥介を見送る秋彦が切なかった。
『俺がいます。俺は先輩の傍にずっといます』
そう伝えたかった。
涙を長い睫毛に凝らせる秋彦を抱きしめたかった。
あのときからずっと一生懸命に笑顔を作る秋彦を見るのがつらかった。
今日の秋彦は、楽しく駅弁を食べていても、
いつも通りに炭酸ジュースを飲みながら笑って話しているときも、
そう見せているだけで、何処か暗くて、
まるで心に穴が空いたように、空っぽだった。
そんな秋彦がやるせなくて、谷崎はただつらくて切なかった。
このやり場のない気持ちを何処にぶつければいい?
考えたくないことを、谷崎に考えさせる。
所詮自分は祥介の代わり。
心が癒えたら必要とされなくなる。
ただの仲の良い友達にされてしまう。
好きなのに。こんなに好きなのに。
谷崎は泣きそうになりながら息継ぎも許さないような苦しいキスを押し付けた。
秋彦を抱きしめて、
後頭部を押さえ、逃がさなかった。
谷崎が口唇を離すと、
秋彦が苦しそうに息を乱し、
涙目で谷崎を仰ぎ見た。
谷崎は一言ポツリと言った。
谷崎の右の青い瞳から、涙が静かに伝った。
「先輩…俺を見て欲しいというのは、我儘なことですか?俺は葉山先輩を忘れる道具ですか?」
秋彦は静かに涙を流し、切なそうに真っ直ぐ見つめる谷崎のその一言で、
今日を通して秋彦は、どれだけ谷崎を抉るように傷つけてきたか、解った。
浮かんでは消える祥介の影。
いつの間にか車窓から見える田園の中にカルガモを探していた。
あの日のカルガモはもうどこにもいないのに。
「ごめんね。谷崎くんがそう思うのは当然のことだよ。本当に、ごめん…。
祥介とは最後のお別れだったんだ。
自分の中で、どうしても伝えたいことは伝えられた。祥介は…もう、ただの、幼馴染みの従兄弟だよ。
それに谷崎くんは祥介を忘れる道具なんかじゃないよ。
改めて今日はごめん。
楽しい旅行のはずだったのに、嫌な思い、させたね。たくさん傷つけたね。
傷ついたよね。
電車に乗ってて、正直、影みたいに祥介がよぎる瞬間があった。
苦しかった。でも、谷崎くんといて、救われた。…ミントティー、僕が色んなお茶が好きなこと覚えていてくれたんだね。ありがとう」
「はい…。先輩…さっきはあんなことして、すみませんでした。先輩の嫌がることはもう絶対にしませんから…」
秋彦は谷崎の片目に伝った涙を背伸びをして親指で拭い、じっと見つめ首を振った。
「悪いのは、僕だよ。谷崎くんは何も悪くない」
あと、今のことで、これから一緒にいる人は谷崎くんだって改めて思った。
そう言いながら秋彦はそっとまた背伸びをして谷崎の両頬を撫でた。
「どうして?あんな、ことして…どうして怒らないんですか?」
「谷崎くんが好きだから。
僕は谷崎くんが思ってる以上に、谷崎くんが好きだと思うよ?
あとは、さっき言ったよ。
谷崎くんは自分の意見は二の次で、いつも僕の我儘ばかりを許してしまう。
いつも僕に、ただ与えるだけの『幸福な王子』みたいに。
でも、ちゃんと僕を怒ってくれた。
今日は、つらい思いをさせてごめんね。
谷崎くん、僕はいつも真っ直ぐで、誠実な谷崎くんが好きだよ。
ずっと好きだよ。
だから、僕のことも好きでいて。
言いたいことは言って。
甘えたいときは甘えて。
怒りたいときは怒って。悲しいときは僕の胸を貸すから。あのさ、お願い聞いてくれる?」
──────────続
祥介を思い出してしまった。
悪いことをしている。
谷崎に失礼だ。秋彦はこれから一緒に歩くのは谷崎だと心に決めている。
なのに、影は呼ぶ。
やさしい声音で「アキ」と呼んで、
カリカリと心の柔らかい場所を引っ掻いて自己主張した。
谷崎は、今日の秋彦の不自然さを解っていた。
駅での秋彦と祥介とのやり取りを一部始終、見ていたからだ。
抱きしめられ、
祥介を見送る秋彦が切なかった。
『俺がいます。俺は先輩の傍にずっといます』
そう伝えたかった。
涙を長い睫毛に凝らせる秋彦を抱きしめたかった。
あのときからずっと一生懸命に笑顔を作る秋彦を見るのがつらかった。
今日の秋彦は、楽しく駅弁を食べていても、
いつも通りに炭酸ジュースを飲みながら笑って話しているときも、
そう見せているだけで、何処か暗くて、
まるで心に穴が空いたように、空っぽだった。
そんな秋彦がやるせなくて、谷崎はただつらくて切なかった。
このやり場のない気持ちを何処にぶつければいい?
考えたくないことを、谷崎に考えさせる。
所詮自分は祥介の代わり。
心が癒えたら必要とされなくなる。
ただの仲の良い友達にされてしまう。
好きなのに。こんなに好きなのに。
谷崎は泣きそうになりながら息継ぎも許さないような苦しいキスを押し付けた。
秋彦を抱きしめて、
後頭部を押さえ、逃がさなかった。
谷崎が口唇を離すと、
秋彦が苦しそうに息を乱し、
涙目で谷崎を仰ぎ見た。
谷崎は一言ポツリと言った。
谷崎の右の青い瞳から、涙が静かに伝った。
「先輩…俺を見て欲しいというのは、我儘なことですか?俺は葉山先輩を忘れる道具ですか?」
秋彦は静かに涙を流し、切なそうに真っ直ぐ見つめる谷崎のその一言で、
今日を通して秋彦は、どれだけ谷崎を抉るように傷つけてきたか、解った。
浮かんでは消える祥介の影。
いつの間にか車窓から見える田園の中にカルガモを探していた。
あの日のカルガモはもうどこにもいないのに。
「ごめんね。谷崎くんがそう思うのは当然のことだよ。本当に、ごめん…。
祥介とは最後のお別れだったんだ。
自分の中で、どうしても伝えたいことは伝えられた。祥介は…もう、ただの、幼馴染みの従兄弟だよ。
それに谷崎くんは祥介を忘れる道具なんかじゃないよ。
改めて今日はごめん。
楽しい旅行のはずだったのに、嫌な思い、させたね。たくさん傷つけたね。
傷ついたよね。
電車に乗ってて、正直、影みたいに祥介がよぎる瞬間があった。
苦しかった。でも、谷崎くんといて、救われた。…ミントティー、僕が色んなお茶が好きなこと覚えていてくれたんだね。ありがとう」
「はい…。先輩…さっきはあんなことして、すみませんでした。先輩の嫌がることはもう絶対にしませんから…」
秋彦は谷崎の片目に伝った涙を背伸びをして親指で拭い、じっと見つめ首を振った。
「悪いのは、僕だよ。谷崎くんは何も悪くない」
あと、今のことで、これから一緒にいる人は谷崎くんだって改めて思った。
そう言いながら秋彦はそっとまた背伸びをして谷崎の両頬を撫でた。
「どうして?あんな、ことして…どうして怒らないんですか?」
「谷崎くんが好きだから。
僕は谷崎くんが思ってる以上に、谷崎くんが好きだと思うよ?
あとは、さっき言ったよ。
谷崎くんは自分の意見は二の次で、いつも僕の我儘ばかりを許してしまう。
いつも僕に、ただ与えるだけの『幸福な王子』みたいに。
でも、ちゃんと僕を怒ってくれた。
今日は、つらい思いをさせてごめんね。
谷崎くん、僕はいつも真っ直ぐで、誠実な谷崎くんが好きだよ。
ずっと好きだよ。
だから、僕のことも好きでいて。
言いたいことは言って。
甘えたいときは甘えて。
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