66 / 76
第11章
悲しみに暮れるライオン
しおりを挟む
「秋彦、久し振りだな。久々に話せる機会が事故とはな。まあ、無事で良かった」
「治してくれて、ありがとう」
「お前はいいけど谷崎がな…」
「谷崎くんが、何?」
ピリッとした祥介の雰囲気に秋彦は身構える。
「脳に動脈瘤が見つかった。
場所があまり良くない。
今回の事故で脳のMRIを撮って見つけた。
見つかって、逆に運がいいのか…悪いのか。
まるで爆弾だ」
「僕の、せいだ…勝手に怒った僕を追いかけて、事故に…遭って。
祥介、助けてあげて。
僕にできることなら何でもする」
泣きながら祥介に縋る秋彦にハンカチを手渡し、祥介は黙って首を振った。
「結果を言う前から、知ってたよ。
『育ってますか?』って苦笑いしてた」
谷崎は…知っていた。
それでも、秋彦が生きていて
嬉しくて泣いていた。
『あと…』
そう言い祥介が取り出したのは、
白い足首用らしいサポーターが二つ。
「足の痛みはこれで楽になるはずだ。
洗えるから。
こいつを開発するために時間がかかりすぎた。ごめんな。でも約束したから。
心は谷崎が治した。
だから俺はお前の足を治したかった。
約束は、果たしただろ?谷崎を、支えてやれ」
それと、と去り際
立ち上がった祥介は振り向いて言った。
「杖をつくお前は、今は紳士だな。
嫌味じゃなく、上品だよ。
昔は、ただお前がつらそうだった。
可哀想だった。
それを集めたものが杖に見えた。
なあ秋彦、今もたまに思い出すよ。
カルガモを指差していた頃。
あの頃は、世界が輝いてたな。
知らないこと、ばっかりで。…ゆっくり休め。脳外のホープの梶原先生とは仲良いから話しておく。手術は体力あるうちの方がいい。
俺もチームに加わる。
お前が話して、谷崎を説得しろ。
生を達観視する理由が解った。
あいつは自分の大切な人のためなら、簡単に命の綱を離す。お前が『一緒』に生きたい、そう説得するのが一番だろう」
祥介はカーテンを閉めると、悠々と去っていった。
休養のあと、秋彦は大学病院を辞めた。谷崎も同時にだった。
今の家も売りに出し、
誰も住む人がいなくなったおばあちゃんの家に二人で移り住んで、
母屋を少し広くし、
メンタルクリニックを開いた。
薬剤師は勿論谷崎だ。
地元のひとに受け入れられるか心配だったが、杞憂だった。
認知症の検査も行えると
ホームページに書いたら、
お年寄りが増えた。
だが年相応の物忘れはあっても、
認知症のお年寄りはあまり多くなかった。
診察の際に野菜をもらったりした。
それに谷崎の容姿が珍しいのか、
女子高生が遊びに来る。
秋彦はおばさまたちの人気者だ。
重度の、入院が必要に思われる患者さんは
設備がしっかりしていて、
少し遠くても先進的な医療体型が整っているところを紹介した。
未だに格子のついた窓があるような病院は、偏見もあるが、僻地や田舎に多い。
都市部ではケアする病院はあるが
周りの差別があると聞く。
秋彦はそんな病院や場所には、
自分の患者を預けたりしたくなかった。
やりがいのある仕事、
傍には大切なひと。
谷崎と毎日一緒にご飯を食べて、
お風呂に入って、一緒に寝る。
抱きしめられて、つつまれて、秋彦はしあわせだった。
けれど、怖いくらいのこの平穏がいつか突然幕を下ろすことを予見するようで怖かった。
谷崎は、夜、秋彦が眠りに落ちてから毎日、独りで泣いた。
さみしがりやの秋彦をいつか突然訪れる自分の死で、置いていかなければならない。
独り広いこの家に。きっと秋彦は自分を責めて、きっと泣き暮らす。
癒すものはあるだろうか。
傷ついた可哀そうな仔ウサギは毎晩あの大きな瞳から涙をこぼすのではないか。
そんな未来が見えるようだと谷崎は思った。あまりにも、つらい。
毎日毎日声を殺して泣いた。ふと思いつき、テーブルに座り手紙を書いた。
宵闇から金木犀が香る。秋彦の寝息も聴こえる。穏やかな夜だ
─────────《続》
「治してくれて、ありがとう」
「お前はいいけど谷崎がな…」
「谷崎くんが、何?」
ピリッとした祥介の雰囲気に秋彦は身構える。
「脳に動脈瘤が見つかった。
場所があまり良くない。
今回の事故で脳のMRIを撮って見つけた。
見つかって、逆に運がいいのか…悪いのか。
まるで爆弾だ」
「僕の、せいだ…勝手に怒った僕を追いかけて、事故に…遭って。
祥介、助けてあげて。
僕にできることなら何でもする」
泣きながら祥介に縋る秋彦にハンカチを手渡し、祥介は黙って首を振った。
「結果を言う前から、知ってたよ。
『育ってますか?』って苦笑いしてた」
谷崎は…知っていた。
それでも、秋彦が生きていて
嬉しくて泣いていた。
『あと…』
そう言い祥介が取り出したのは、
白い足首用らしいサポーターが二つ。
「足の痛みはこれで楽になるはずだ。
洗えるから。
こいつを開発するために時間がかかりすぎた。ごめんな。でも約束したから。
心は谷崎が治した。
だから俺はお前の足を治したかった。
約束は、果たしただろ?谷崎を、支えてやれ」
それと、と去り際
立ち上がった祥介は振り向いて言った。
「杖をつくお前は、今は紳士だな。
嫌味じゃなく、上品だよ。
昔は、ただお前がつらそうだった。
可哀想だった。
それを集めたものが杖に見えた。
なあ秋彦、今もたまに思い出すよ。
カルガモを指差していた頃。
あの頃は、世界が輝いてたな。
知らないこと、ばっかりで。…ゆっくり休め。脳外のホープの梶原先生とは仲良いから話しておく。手術は体力あるうちの方がいい。
俺もチームに加わる。
お前が話して、谷崎を説得しろ。
生を達観視する理由が解った。
あいつは自分の大切な人のためなら、簡単に命の綱を離す。お前が『一緒』に生きたい、そう説得するのが一番だろう」
祥介はカーテンを閉めると、悠々と去っていった。
休養のあと、秋彦は大学病院を辞めた。谷崎も同時にだった。
今の家も売りに出し、
誰も住む人がいなくなったおばあちゃんの家に二人で移り住んで、
母屋を少し広くし、
メンタルクリニックを開いた。
薬剤師は勿論谷崎だ。
地元のひとに受け入れられるか心配だったが、杞憂だった。
認知症の検査も行えると
ホームページに書いたら、
お年寄りが増えた。
だが年相応の物忘れはあっても、
認知症のお年寄りはあまり多くなかった。
診察の際に野菜をもらったりした。
それに谷崎の容姿が珍しいのか、
女子高生が遊びに来る。
秋彦はおばさまたちの人気者だ。
重度の、入院が必要に思われる患者さんは
設備がしっかりしていて、
少し遠くても先進的な医療体型が整っているところを紹介した。
未だに格子のついた窓があるような病院は、偏見もあるが、僻地や田舎に多い。
都市部ではケアする病院はあるが
周りの差別があると聞く。
秋彦はそんな病院や場所には、
自分の患者を預けたりしたくなかった。
やりがいのある仕事、
傍には大切なひと。
谷崎と毎日一緒にご飯を食べて、
お風呂に入って、一緒に寝る。
抱きしめられて、つつまれて、秋彦はしあわせだった。
けれど、怖いくらいのこの平穏がいつか突然幕を下ろすことを予見するようで怖かった。
谷崎は、夜、秋彦が眠りに落ちてから毎日、独りで泣いた。
さみしがりやの秋彦をいつか突然訪れる自分の死で、置いていかなければならない。
独り広いこの家に。きっと秋彦は自分を責めて、きっと泣き暮らす。
癒すものはあるだろうか。
傷ついた可哀そうな仔ウサギは毎晩あの大きな瞳から涙をこぼすのではないか。
そんな未来が見えるようだと谷崎は思った。あまりにも、つらい。
毎日毎日声を殺して泣いた。ふと思いつき、テーブルに座り手紙を書いた。
宵闇から金木犀が香る。秋彦の寝息も聴こえる。穏やかな夜だ
─────────《続》
0
あなたにおすすめの小説
両片思いの幼馴染
kouta
BL
密かに恋をしていた幼馴染から自分が嫌われていることを知って距離を取ろうとする受けと受けの突然の変化に気づいて苛々が止まらない攻めの両片思いから始まる物語。
くっついた後も色々とすれ違いながら最終的にはいつもイチャイチャしています。
めちゃくちゃハッピーエンドです。
【完結】大学で再会した幼馴染(初恋相手)に恋人のふりをしてほしいと頼まれた件について
kouta
BL
大学で再会した幼馴染から『ストーカーに悩まされている。半年間だけ恋人のふりをしてほしい』と頼まれた夏樹。『焼き肉奢ってくれるなら』と承諾したものの次第に意識してしまうようになって……
※ムーンライトノベルズでも投稿しています
《完結》僕が天使になるまで
MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。
それは翔太の未来を守るため――。
料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。
遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。
涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。
勇者様への片思いを拗らせていた僕は勇者様から溺愛される
八朔バニラ
BL
蓮とリアムは共に孤児院育ちの幼馴染。
蓮とリアムは切磋琢磨しながら成長し、リアムは村の勇者として祭り上げられた。
リアムは勇者として村に入ってくる魔物退治をしていたが、だんだんと疲れが見えてきた。
ある日、蓮は何者かに誘拐されてしまい……
スパダリ勇者×ツンデレ陰陽師(忘却の術熟練者)
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
【完結】毎日きみに恋してる
藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました!
応援ありがとうございました!
*******************
その日、澤下壱月は王子様に恋をした――
高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。
見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。
けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。
けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど――
このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。
【完結】ままならぬ僕らのアオハルは。~嫌われていると思っていた幼馴染の不器用な執着愛は、ほんのり苦くて極上に甘い~
Tubling@書籍化&コミカライズ決定
BL
主人公の高嶺 亮(たかみね りょう)は、中学生時代の痛い経験からサラサラな前髪を目深に切り揃え、分厚いびんぞこ眼鏡をかけ、できるだけ素顔をさらさないように細心の注意を払いながら高校生活デビューを果たした。
幼馴染の久楽 結人(くらく ゆいと)が同じ高校に入学しているのを知り、小学校卒業以来の再会を楽しみにするも、再会した幼馴染は金髪ヤンキーになっていて…不良仲間とつるみ、自分を知らない人間だと突き放す。
『ずっとそばにいるから。大丈夫だから』
僕があの時の約束を破ったから?
でも確かに突き放されたはずなのに…
なぜか結人は事あるごとに自分を助けてくれる。どういうこと?
そんな結人が亮と再会して、とある悩みを抱えていた。それは――
「再会した幼馴染(亮)が可愛すぎる件」
本当は優しくしたいのにとある理由から素直になれず、亮に対して拗れに拗れた想いを抱く結人。
幼馴染の素顔を守りたい。独占したい。でも今更素直になれない――
無自覚な亮に次々と魅了されていく周りの男子を振り切り、亮からの「好き」をゲット出来るのか?
「俺を好きになれ」
拗れた結人の想いの行方は……体格も性格も正反対の2人の恋は一筋縄ではいかない模様です!!
不器用な2人が周りを巻き込みながら、少しずつ距離を縮めていく、苦くて甘い高校生BLです。
アルファポリスさんでは初のBL作品となりますので、完結までがんばります。
第13回BL大賞にエントリーしている作品です。応援していただけると泣いて喜びます!!
※完結したので感想欄開いてます~~^^
●高校生時代はピュアloveです。キスはあります。
●物語は全て一人称で進んでいきます。
●基本的に攻めの愛が重いです。
●最初はサクサク更新します。両想いになるまではだいたい10万字程度になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる