眠らない傷痕─孝明の場合・佐伯の場合

カシューナッツ

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《後編》

佐伯の場合③──その一言が言えなくて

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「イルカショー可愛かったな。」
「はい。くるくる回ってジャンプして。本当に可愛かったですね。あと、クラゲ。綺麗でしたね。あれ食べられるのかなぁ」
「相模は食べること、ばっかりだな」
 相模は本当に嬉しそうに笑う、ように見える。いつも通りに見えるが、悲しい目に見える。
 今日はこの季節に珍しく蒸し暑かった。たまたま木陰の喫煙所を見つけ、休む。相模のこめかみから一筋、汗が伝う。顎に伝って一滴落ちる。
「先輩、座ってください。少し疲れさせちゃいました?」
「それは、相模じゃないのか?汗、かいてる」
 額の汗をすっとハンカチで拭ってやると、相模は困った顔をして、
「すみません」
 と目を伏せた。どうにかいつもの相模に会いたくて、ご飯をあげたカピバラの話をした。正確には相模がご飯をやり、佐伯は少し離れた所から見ていた。二人で煙草を吸う。煙草だけでも先輩と一緒にしたかったんですと、最初、咳をしながら煙草を吸ったと言っていた。相模は、とても反応や、表情が素直で可愛らしかった。感性が、綺麗だ。
「僕と先輩って周りからどう思われているんでしょうか」
「さあ、気にしたことがなかったな。年甲斐もなくはしゃぐ中年のゲイのカップルじゃないか?でも、相模は中年には見えないか。童顔だし。どう見ても二十代だな」
「そう、ですか。………先輩は三十歳半ばくらいですね。あ、先輩、いつもの煙草ケース使ってないんですね。カエルの」
「あ、あれは、いいんだ」
 孝明から貰った煙草ケース。家のデスクの引き出しにしまってある。何度も捨てようと思った。でも、出来ない。流石にその事は相模には言えなかった。お土産を売っている店がたくさんあり、適当に店に入る。相模がじっと見つめる先のシロクマ。今日の記念にと少し大きめのサイズのシロクマのぬいぐるみを買ってあげた。ふわふわの長い毛をしたぬいぐるみ。太陽と仲が良さそうな、こんがりと焼けた肌の相模に良く似合う。綺麗なコントラストだと思う。
「わ!ありがとうございます」
 佐伯を見上げる笑顔が刺さる。昔見た白い歯を見せる弾けるような笑うような笑い方ではなく、切なさを必死で隠すような、そんな、笑い方。そして、それを悟られないよう必死で隠す軽口。佐伯は相模に内緒で自分用と相模に、カピバラのぬいとりがしてあるお揃いの煙草ケースを買った。帰るときに渡そうと思っていた。ここには一度来たことがある。頭を過去が支配する。はしゃぐ和也。それを傍らで目を細める孝明。遠くから孝明を見つめる自分。そんな構図。惨めだった。気づかれないように見つめる自分が。今、相模を目の前にしても過去がちらつく、邪魔をする。一瞬、相模は気づいているのではないか?と考えがよぎった。もし、そうだったら、もしも………。全て泡のように消えてしまう。相模を失う。怖い、と思った。あの、何よりも俺を癒した、ただ優しいだけの不純物などまるでない笑顔に会うことは『完全に』なくなる。佐伯は傍らの相模を見つめた。
「先輩、食欲無いですか?たこ焼き冷めちゃいますよ?」
「ああ、もらおうかな」
 フードコートで、たこ焼きを食べた。ノスタルジックな味だ。相模が指を組んで話す。
「昔、僕一人っ子だったんです。しかも母が再婚するまで貧乏で。良く、お祭りの出店で『たこ焼き』なんて出るでしょう?夢のまた夢でした。だから僕は、好きな人が出来たら『たこ焼き』を一緒に食べたかったんです。……すみません、こんな話」
 相模は困ったような顔をして、頭を掻いて、バッグから冷えた濡れタオルを差し出した。
 一生懸命に佐伯を、『先輩』と呼び、見つめて、笑って、慕ってくれる。そんな相模に佐伯はずっと孝明の影ばかり重ねて、相模を見ていた。最低だ。俯く佐伯を心配し、相模は斜めに顔を上げた。目が合う。佐伯はそのまま俯き、顔を上げられなかった。相模は悲しそうに笑うだけで、何も言わなかった。陽も暮れ影が延びる。相模はずっとシロクマを大切に抱きしめている。あどけない顔は本当に下手をしたら二十代に見える。
「相模………楽しかったか?」
「楽しいですよ。先輩と一緒だから。でも……先輩の視線の先が、僕だったら、もっと楽しいんだろうけどなあ。なんて」
 やはり相模は悲しそうに笑う。胸が抉られるように痛んだ。
「俺はずっと、相模を見ていたよ」
「水族館に来たのに?勿体ないですよ」
 佐伯は何も言えなかった。日が暮れもう、辺りは暗い。
「手を繋がないか?」
「それこそ『年甲斐もなくはしゃぐ中年のゲイのカップル』です。遠慮します」
 相模は軽くポンッポンと跳ねるように走ったあと、シロクマに顔を埋め、すぐ顔を上げて、振り返る。楽しそうに笑いながら泣いてるように見えた。
「先輩!早くお寿司やさん行きましょう?僕、お腹ペコペコです!」
 相模は佐伯に駆け寄り、手を取る。
「先輩となら年甲斐もない中年でもいい」
 相模は俺の手に指を絡めた。絡められた相模の手は暑い宵闇の空気の中なのに芯から冷たかった。いつもはあんなに温かいのに。
 夕飯の寿司屋は海が見えた。食事中も相模は始終相模は楽しそうに見せているように見えた。
「先輩、ホタテと穴子好きでしたよね?あげます。取っていいですよ」
「相模も好きだろう?俺のことは気にしなくていいから」
「じゃあトレードという事で、代わりにコハダ下さい」
 相模はニコッと笑い、ひょいっと美味しそうにコハダを食べた。相模は佐伯が光り物が苦手なのを知っている。相模自身も光り物は苦手なのに。
「ほら、先輩も!好きでしょうホタテ」
 ホタテは相模が一番好きなネタだった。佐伯は相模を見つめる。瞳を軽く潤ませながら笑っていた。帰り際、駅まで歩いた。気まずい沈黙に謝りたかった。でも謝って何になる?残るのは勝手な自己満足だけだ。途中、ハッと相模が顔色を変える。
「シロクマ………シロクマがない!先輩に、買って貰ったのに……!」
 血相を変えて急に相模が走り出す。佐伯は、最初意味がわからずに相模を追った。まだ身体が元通りではなく相模に追いつけない。まず陸上でインターハイに出て入賞までした相模に追い付こうとすること自体が無理な話だ。
「今も走ってるんですよ。体力作り程度に」
 そう入院中にも言っていた。華奢だけれども無駄がない綺麗な体躯のシルエット。白衣が似合うな、と入院中思っていた。佐伯も鍛えているとはいえ、孝明にも、復職について話すと、
「賛成とはいえない。無理をしないで欲しい。休暇をとれ」
 と言われた仮釈放に近い退院。結局強引にとらされた休暇。佐伯は息をきらせながら立ち止まり、今日行った店に、レシートを見ながら片端から電話をかける。シロクマの忘れ物がないか。全部かけたが、見つからなかった。佐伯は風がやんで、むっとする宵闇の中を走って相模を探した。はっと思い出す。水族館を廻る途中、軽食をとろうと暑くて休んだフードコート。たこ焼きを食べる前、相模は佐伯に、
「はい、先輩はいつもの」
 とバッグからタオルに包まれたオレンジジュースを手渡した。凍ってシャーベットになっていた。佐伯が暑さが苦手なのを覚えていた。相模の細やかな気遣いが堪らない。相模は麦茶を飲んでいた。
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