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蝶が結びつけた二人〖第34話〗──②
しおりを挟む「五年、かかりましたね。蒼様。私はあの時の蒼様と同い年になりました。二十歳です」
空の声。神職の衣装の後ろ姿。一つにまとめている長いつやのある髪。華奢な骨格も、声に抑揚がない以外は変わらない。こちらを振り向くことなく空は言った。
後ろ向きに座っている姿に向かって話しかける。祭壇にはあの宝珠が二つ。肌身離さず持っていなさいと言われてきたと言っていた、あの美しい珠。
「私は、老けたよ。あまり顔を見られたくないな。蝶々が案内してくれた。あの子にはお礼を言わないとね」
空は何も言わず、席を外した。奥でシュンシュンとやかんの音がした。もう霜月。そしてここは標高が高い。ストーブがあるのだろう。そう言えば自分が幼い頃もっと幼い空を背に乗せ走り回ったのもこの辺だ。山神さまの禁域を走り回る、命知らずな子供。今もできるか、自分に訊いた。
『空が望めば』
瞬時に心から出た答えに蒼は小さく笑う。そんな蒼を空は、不思議そうに見た。
「喉を痛めていますね。風邪です。治します。それに手の火傷も。その後で、これを飲んで下さい」
コトリと置かれた綺麗な翡翠色の湯呑み。翠を思い出す。翠は結婚した。奥方の鈴香さんは柔和だが芯が通った女性だ。笑った時の目許が、空に少し似ている。子供も出来た。女の子だ。可愛い。桃と言う。毛並みが薄桃色だから『桃』だ。まだ、あんなに小さいのによく喋る。
「どうして蒼おじさんは『蒼』って名前なの?」
奥方の鈴香さんと翠が禁句のようにたしなめる。蒼は、桃の頭を撫でながら、
「昔は黒くて蒼い、つやつやの毛並みだったんだ。でもおじさんが愛する人を裏切ったから蒼い色は消えちゃったんだよ。桃は正直に生きなさい。好きな人にはきちんと好きだと伝えなさい」
と言った。空は喉にそっと手を当てる。柔らかだが少し冷たい。痛みがスッと楽になる。手の火傷も焼けるような痛みが消えた。湯呑みに口をつけると、蜂蜜生姜湯だった。
「ここは寒いからぬるくなったと思いますが。美味しいはずです。蜂蜜をたくさん入れましたから」
甘くて、少しだけ熱い。最後の一口はより甘く感じた。
「あのときと変わらない。いや、あのときより美味しい。爪痕は残ってしまったか?」
「うっすらと。悲しくなると、触れます。思い出すんです。私もひとを愛せたんだと。愛しい時間、慈しめる時間があるって幸せなことですね」
空は切なそうな顔をして笑った。抱きしめて、攫ってしまいたい。そう思った自分に驚く。まだこんな激しい感情が残っていたんだと。
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