妖精の園

華周夏

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【第33話】レガートへの苦しみの吐露

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 フィルはそれからあったこと、思ったことを、こと細かくレガートにゆっくりと説明した。


レガートの心に刻み込むように。

レガート達がフィルを『人間』として扱わず、傷つけて楽しむ玩具として扱っていたことを知っておいて欲しかった。

一週間でフィルが『人間」でいられるのは毎週金曜日。
リトの夜勤の日。
夜の庭園の噴水の水で身体を洗ってリトにホットティーとくるみパンを貰う日。

そして、一週間分の傷を手当てして、傷に薬を塗って貰う日だった……。
レガートは説明を聞いて下を向いたままじっとしていた。

拾い集めた胡桃と干し棗を入れた小さな籠を持つ手がカタカタ震えていた。




「……もう、僕の心に入ってこないで。土足で踏み荒らすだけ踏み荒らして。
もう、僕の心にあなたはいない。
リトを呼んで。気を分けて貰うから」

    フィルはレガートに、淡々と言った。
生命の珠を見せることへの了承もした。
レガートの、椅子に座った膝に置かれた手が、フィルの手を握ろうと宙に浮く。

叩かれる!

とフィルの身体が震えた。
何度もフィルの頬を叩いた手。そうあの手は記憶されている。

口づけするときそっと添えられた手。
眠るフィルの髪を撫でる手なんて何処かに行ってしまった。

フィルは咄嗟に身を庇い、震える声で言った。反射、無意識だった。


「もう、叩かないで……。お願いです」

『フィル、敬語なんて使うな、叩いたりしない。そんなことはしない!』

「……してきたじゃない!」

    フィルは強い目でレガートを睨み付けた。フィルは身体中の血が逆流しそうなほどの激しい怒りと悔しさとやるせなさをぶつけた。

『その手、大嫌いだ!    その手で僕を何回叩いた? 
覚えてもいないくせに。
気に入らないから、
暇だから。
僕は玩具でも、
人形でもないのに! 
玩具でも、もっと大事にする! 
愛してたこと自体、幻だったのかもしれない。本当は身体の関係だけで愛なんて無かったのかもしれないね。
僕が、死のうと思ったとき、あの瞬間まではあなたをまだ何処か捨てきれなかった。でも『死ぬならよそで死ね』?    ふざけないでよ!……もうあの瞬間、僕の想いのすべては終わったんだよ!」
    
フィルは泣きながら早口で捲し立てた。
止めようとしても流れ続ける涙が無様だと思った。

レガートの前では、絶対にもう泣かないと決めていたのに。

『フィル………すまない、謝ってすむものではないことは解っている。
お願いだ。どんなことでもする。
フィルの望むことなら何でも。
どうやって償えばいいか解らないんだ。フィルは何を私に望む? 
教えてくれ、フィル……』
    

レガートは俯いて金色の雫をこぼす。床に落ちると硬質な音がした。
砕けて弾けて、
フィルの手首の傷に金色の粒子が集まる。

「傷が………」

    みるみる生々しい縫い合わせたと解る傷が消えていく。
昔、ただの傷なら

『すごいね!レガート!』

とレガートに飛びついて笑っていただろう。でも、それはもう、過去だとフィルには思えた。



『不思議だな。涙が傷を治すなんて。でも、良かった』

レガートは、苦しそうに、終始、無理に笑っていた。

懐かしいものを見るように、
古い写真を見るように
フィルはレガートを見つめた。

全て魔女のせいじゃないかと昔のフィルなら言っていたかもしれない。

けれど、あまりにもレガートがフィルにつけた傷は深く、抉るようなものだった。



『僕だよ、フィルだよ。目を覚まして』

と最初何度も言った。その度に頬を叩かれた。

『身の程を知れ』

と言われた。そして、三ヶ月時は過ぎた。どうして逃げなかった?

魔女の呪いだとおもいたかった。そしてフィル自身、まだ見ぬ『いつか』を願ったからだと思えた。
バカみたいだ、本当に死ぬ寸前になっても『いつか』を夢見るなんて。バカみたいだ。本当に、こんな扱いを受けてまで、縋ってしまう、情けない。幸せが幸せに日々が邪魔をする。

レガートに聴こえない声でフィルは言う。

愛して、いたんだ。ずっとあなたを。だから耐えた。死ぬ寸前まで耐えたんだ。本当に僕はあなたを好きだったんだよ………。
今は裏返し。憎しみしかない。



────────────続
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