宵闇の山梔子(くちなし)

華周夏

文字の大きさ
上 下
10 / 31

〖第10話〗

しおりを挟む
 
 周りの大人は皆言う。僕の家族を見渡し、
 
『素晴らしい』
『凄いことだ』
『ありがたい』

 たくさんのひとの命を救っている。感謝されている。僕も、幼心に家族の皆は尊いことをしていると思っていた。

 羨望の眼差しを向けられていることも解っていた。自慢だった。だから僕は大人しく勉強をしていた。けれど幼い僕は自分につき続けた嘘に気づいてしまった。

 夜、いつものように独りで大好きな明太子パスタを、レンジで温めて食べようとしていた。偶々、つけていたTVが映した、カレーライスのCM『家族で楽しい食事』のキャッチコピーの中、画面の中の作り物の家族が、楽しそうに三十秒間食事をしていた。

 僕は作り物でも、憧れた。僕はあの三十秒の食卓の中に居たかった。悲しくても切なくても、お腹は減る。

 チンした冷凍の明太子パスタを食べながら僕は、当分カレーは見たくないと思った。 
 
 幼い僕は、CMの虚構の一家団欒を見て『普通がいい』とぬるくなったパスタを頬張りながら思った。あまり味がしない、もうぬるい明太子パスタに僕は緩慢にフォークを動かした。

 この『家』そして『長男』の僕は、いい成績をとれればいい存在。僕は普通がよかった。普通が、よかった。

 不意にリビングの窓際から甘い匂いがした。湿度がある、夏の夜の暑さ越しに、大きなの山梔子の鉢植えの白い一重の花がまるで慰めてくれているように纏わり馨り僕は涙が止まらなかった。ことあるごとに言われてきた。

『惣介はいい子ね。本当にいい子』

僕は、便利ないい子。いい子、いい子。どうでもいい子。
 
しおりを挟む

処理中です...