宵闇の山梔子(くちなし)〖完結〗

カシューナッツ

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〖第29話〗

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 叔父さんは、見事な黒揚羽蝶を指にとめ、続けた。

「チヨさんの姿も、香蝶も、ひとの形を取った彼女の仮の姿だ。昔、蜘蛛の巣にかかったあまりにも美しい蝶を助けたことが、全ての始まり。彼女はこの場所を守っているんだよ」 

 たくさんのカラクリの中に僕は居た。いつの間にか、いつものおばあさんの姿のチヨさんが目の前にいる。本当の姿を知った後だと、どう接していいか解らない。チヨさんは、うふふ。と笑った。艶かしい笑い方にドギマギする。

「今日はお祝い。お赤飯でも炊きましょう。たくさん美味しいものを作りますね。ここの始まりは遠い遠い昔。この森に、お忍びでいらした尊い身分の方の怪我を診て助けたことが縁で小さな医院を開いた、惣介さんのご先祖様の良介さんと、蜘蛛の糸から助けてもらって、良介さんに恋に落ちた私が始まりなんです」

 チヨさんは懐かしそうに語る。

「私は山の神様に人の姿になりたいとお願いしたんです。恋が叶わないなら風に舞う木の葉になるとの条件付きで。良介さんは、私を愛してくれました。蝶だと知ったあとも、私を美しいと。惣介さん、良介さんは本当は『叔父さん』じゃないの。ごめんね。嘘をついて。たくさんの植物は遙か昔の良介さんの薬草園です。ここは私が作った時間の隙間。季節は過ぎても時間は過ぎない。全ての始まりは、私が良介さんに、こっそり怪我をした女性の姿で話しかけたことがきっかけなんですよ」

 にっこり笑って、チヨさんは台所の勝手口に消える。僕と山梔子は歩いて、高台の大きな欅の木陰にやってきた。
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