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〖第30話〗
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さすか高原だ。日陰の温度が違う。風が涼しくて、汗が引っ込む。二人で大きな欅に寄りかって座り、木漏れ日が揺れる中、黙って見つめた。
僕は、山梔子に少しだけ寄りかかった。山梔子は僕の指にそっと触れて指を絡ませ、僕を見つめる。
山梔子は僕にそっと口づけた。山梔子の白く繊細な手。紅い口唇。僕を呼ぶ声。君の声で『惣介』と呼ばれるのはあまりにも胸が切なくなる。
十八歳の夏の終わり、帰りのシルバーのまるいフォルムの軽自動車に、僕はこの場所の記憶と、山梔子との思い出を、すべて置いてきた。この風景も、微笑む風の爽やかさも、君も。初めての恋も、置いてきた。
全てを置いてきた僕が、駅について、ドアを開けたら、ただの避暑の旅行だった。でも、違った。僕は君を此処に預けてきた。今僕が今、僕はしがみつくように山梔子を抱きしめるのが答え。高原の風が微笑みながら通り過ぎた。
「ねぇ、山梔子」
「何?」
「長い間、記憶の中に君がいなくても、僕は山梔子が好きだったよ。ひとは香蝶さんや君が思うより器用に出来ていないのかもしれない。簡単には此処での日々を忘れられないよ。何処かできっと、覚えていたんじゃないかな。僕は山梔子の匂いが好きだけれど、あの甘い匂いを嗅いで、癒されると同時に、意味もなく切なくなって僕は何回も泣いた。きっと無意識に君を思い出したかったから。どうしても君に会いたかったからだと思う」
何故か普通に話しているはずなのに、声が潤んでくる。
さすか高原だ。日陰の温度が違う。風が涼しくて、汗が引っ込む。二人で大きな欅に寄りかって座り、木漏れ日が揺れる中、黙って見つめた。
僕は、山梔子に少しだけ寄りかかった。山梔子は僕の指にそっと触れて指を絡ませ、僕を見つめる。
山梔子は僕にそっと口づけた。山梔子の白く繊細な手。紅い口唇。僕を呼ぶ声。君の声で『惣介』と呼ばれるのはあまりにも胸が切なくなる。
十八歳の夏の終わり、帰りのシルバーのまるいフォルムの軽自動車に、僕はこの場所の記憶と、山梔子との思い出を、すべて置いてきた。この風景も、微笑む風の爽やかさも、君も。初めての恋も、置いてきた。
全てを置いてきた僕が、駅について、ドアを開けたら、ただの避暑の旅行だった。でも、違った。僕は君を此処に預けてきた。今僕が今、僕はしがみつくように山梔子を抱きしめるのが答え。高原の風が微笑みながら通り過ぎた。
「ねぇ、山梔子」
「何?」
「長い間、記憶の中に君がいなくても、僕は山梔子が好きだったよ。ひとは香蝶さんや君が思うより器用に出来ていないのかもしれない。簡単には此処での日々を忘れられないよ。何処かできっと、覚えていたんじゃないかな。僕は山梔子の匂いが好きだけれど、あの甘い匂いを嗅いで、癒されると同時に、意味もなく切なくなって僕は何回も泣いた。きっと無意識に君を思い出したかったから。どうしても君に会いたかったからだと思う」
何故か普通に話しているはずなのに、声が潤んでくる。
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