氷雨と猫と君

華周夏

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〖第3話〗

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『恋に、落ちたみたいなんだよ。解るだろ?その人以外どうでもよくなってしまうあの感じ。美雨からはもう、感じないんだ』

 彼のこの一言で、今まで築いてきた関係がこんなにもあっけなく崩れ、あまりにも突然に終わってしまった。

 私は取り敢えず、深く煙草の煙を吸い、吐いた。甘いピースの香りがより彼の言葉を際立たせる感じがする。

 恋の選択の残酷さは『特別』を決めてしまうことだ。アクシデントのように恋に落ちたことも、落としたひとを見るのも経験してきたから、それくらい解っている。

 蒼い甘い煙が揺れる。私の左手が震えているせいだと今更気づいた。恋の熱に浮かされたら最後、そこには他者のどんな言葉も意見も意味をなさない。かつての私たちもそんな時間があった。私は、彼との関係に『さよなら』をしようと思った。
 
 口唇を噛み、お洒落なガラスの灰皿にぎゅっと煙草を押しつけた。新しい口紅なんかつけてきて、馬鹿みたいだと思った。グラスに目を落とし、ついた口唇の跡は私を笑っているみたいだった。

 泣くもんか。彼にとって、熱に浮かされた新しい恋の前で、私と一緒にいた年月は、この程度で、二人で過ごした年月はこんな簡単に終わってしまう。

 引き留めたい、縋りたい。けれど、面倒な女として、最後の私と彼の恋愛の記憶に残りたくなかった。最後くらい、彼の記憶に私という存在を綺麗に残したかった。
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