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〖第17話〗
しおりを挟む「……傷つくのが怖いのです。ジルベルト様に、また今は亡きエリアラを重ねられたら、私は生きている意味を失います。あの時、息絶えていたら良かったと思わせたいですか?貴族?そんな身分いらない!私はイルです。甘いものを作るしか能がないただのイルです。あの絶望をまた味わうなんて。死んだ人は思い出と共に美しくなるだけ。もう嫌です。身分もドレスも社交界も要らない!まかない料理見習いがいい!ジルベルト様は何にも解ってらっしゃらない!あの時、死んでいれば良かった!」
私は着の身着のまま、昔の使用人時代の荷物を持って街へ行きました。蒼薔薇の秘密の庭を抜け、駆けます。行く宛もないのに。うっすら空も白み、夜明けです。いい匂いに立ち止まると横の広場で炊き出しをやっていました。
「手伝います」
「お嬢さん、貴族だろ?平民の飯なんか作っても何の特にもならんよ」
ぼろを着たおじさんが笑いました。
「振り出しに戻したいんです。あの方を知らずにいたら、どんな人生が待っていたか」
「よく解らんが酔狂なお姫様だねぇ。じゃ、お姫様にはお姫様らしく甘いもん作りを頼むよ」
作ったのは、小麦粉と玉子と砂糖を種にして混ぜて揚げたドーナツ。
「揚げたてだから気をつけて」
わらわらと人が集まってきました。今は亡いおばあちゃんが、私が『お腹空いた』とごねると、作ってくれたおやつ。
「うっま!しかも腹持ちするな、これは!働く前にはうってつけだあ」
「あんた、やるなあ」
「ありがとう」
そう言って私が微笑むと、雲が切れて光がさしました。被ったストールが風に飛ばされていきます。急に周りがざわつき始めました。
「エ、エリアラ様?生きて、おられた?」
私はむきになって、否定しました。あの方の愛した方。私はその影だったこと、それだけでも辛いのに皆も私をエリアラ様の影と言う。
「ち、違います!皆さん落ち着いて。私はエリアラ様のような高貴な方ではありません。私はジルベルト様の屋敷で働いている、見習いまかないです。皆さんに『少しでも元気になって欲しい』とのジルベルト様のお心をスイーツにしました。私のレシピ帳を写したいと言う方は良ければ写して下さい」
料理のコツ、肉を短時間でやわらかくする方法。このハーブは魚と相性が良いし、この実はラヤルの種を磨り潰せば高価なダイナの実と同じ味が出る。食べられる野草はこれ、似て危険な野草はこれ──。
沢山の、食の知識を皆に教えました。
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