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・私の物(2)
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カーラは昨日よりも回復したようで、すっかり元気を取り戻していた。
漁村に行った日は青い顔でガタガタと振るえていて、私も怖くてたまらなかったから回復して私もとても安心した。
今はベッドの上が暇なのか、手紙を書いているようだった。
実は教会には私とカーラの身分は明かしてある。
その方が、待遇が良くなるかと思ったからだ。実際、他の人には申し訳ないれど気にかけて貰えているようだった。
「カーラ、元気そうだったわね」
「ああ。あれならもうすぐ出られるな」
太陽が高い位置にあり、私は体温を逃したくてフード首元を引っ張った。
べたつくケープが首元から離れて少しだけ涼しくなったような気がする。
石造りの高い建物が並ぶ大通り。
段々と喧噪に近づくにつれて、ポツポツとあった露店から道の両端にびっちりとテントが並ぶ通りに出た。
「わ、凄いわね!」
「人がたくさんいる。はぐれるなよ」
ジュストが人波から私を守るように少し前を歩き出す。
はぐれたら合流するのは難しそう。私はジュストの騎士服の裾をちょこっと握った。
この人混みなら誰にも見とがめられないでしょ。
「いろんなものがあるわ」
野菜や果物がツヤツヤと光を反射する店の隣には、鍋や匙がぶら下がる金物屋がある。その隣には白っぽい色のついた石の塊のようなものを売っている店がある。
「あれは?」
「岩塩だ」
「塩なの?」
「ああ、この辺りは海が近いから塩には困らないだろうが、珍しい岩塩が欲しい人もいるのかもしれないな……」
なんとなく冷やかし気分で見た値段が高くて驚いた。店主のおじさんがジィッと見てくるので慌てて店から離れる。
移動した先には綺麗な布を売る店があった。
「これは異国の布ね」
「ああ。あの、占い師の女が着ていた布に似ているな」
「そうね」
店主の女性は髪の毛を布で覆い隠しているし、服装も占い師の女性とほぼ同じような恰好をしていた。
行商をしながら移動して暮らしているのだろう。
「旅の路銀の為に市場で自分たちの民芸品を売っているのね」
「多分な」
もしかして、あの占い師も街から街を移動して歩く旅をして暮らす移動民族の人だったのだろうか。
店主の女性がにこりと微笑み、片言で商品の説明をしてくる。
ジュストがそれに手を振って断ると、女性はすぐに他の人達へ声をかけ始めた。
私は、隣の露店にあるキラキラと光る石たちが気になって商品を覗き込んだ。
店主は布を売っている女性と同じ移動民族の老婆だった。
「不思議な色合いの石だわ」
鮮やかなブルーグリーンの石は空の青と草原の緑を混ぜ合わせたような色合い。
大粒の石が連なっている3連の長いネックレスを見つめていると、おばあさんが口を開いた。
「この石、旅のお守りだよ」
先ほどの女性よりも言葉が滑らかだ。
「お守り?」
「アタシたちも荷馬車につけてるよ。邪気を払いアンタを守ってくれる」
「へぇ」
「アンタ神に仕えるなら邪気払うの必要よ」
「えぇっと」
私は首を振った。
期待させて申し訳ないけれど、買う予定はないのだ。
修道女は修道院へ入る時に自分の物を持たないで入る。
一切自分のものは何も持たない。
強いて言うなら聖女の証の首飾りは私の物だけれど、それくらい。
皆何も持っていないのに、私が何かを買う訳にはいかないのだ。
少し悲しいけれど、これも聖女を引退するまでの我慢だと思っている。
首を振ったのを商品が気に入らなかったと捉えたのか、おばあさんは長い紐に小さな石が付いた髪紐を見せてきた。
「これなら小さいね」
「そういうことじゃないの」
するとやり取りを見ていたジュストがおばあさんから髪紐を受け取った。
「これなら髪に編むから見つからないだろ」
「え、駄目よ」
「普段からフードを被っていて外すのは風呂か寝る時くらいだろ。石も小さいからわからない。婆さん、これを頼む」
私は慌ててジュストの腕を引っ張った。
「ジュスト、規律を知らないわけじゃないでしょう?」
ジュストは私を見下ろすと、ブルーの瞳を優し気に細めた。
私の大好きは瞳の色。
そういえば、この髪紐についている石はジュストの瞳の色に少しだけ似ているかもしれない。
そう思うとこの髪紐がとても愛おしい物のような気がしてきた。
「アリーチェは引退だのなんだの言うけれど、きちんと与えられた役目をこなして決まりも守るよな。誰よりも模範であろうとしている。そういうところ偉いと思ってるよ」
「私だけじゃないわ」
ジュストは店主から髪紐を受け取ると、私の手のひらに乗せる。
「どうかな? アリーチェは知らなくても良いことなんだろうな」
「何を?」
「そのうち話してやるよ。さ、行くぞ。そろそろ孤児院に送る」
私はジュストに背を押されて人混みから抜けると孤児院へ向かった。
この時の私は規律の厳しい大聖堂の修道院しか知らなくて。世の中には祈りの時間をサボったり、ワインを飲み過ぎて二日酔いになる修道女もいたり。極めつけに修道院を騎士との出会いの場だと勘違いしているような修道女がいるなんてことは知らなかったのだ。
これを知るのはもっとずっと後。
知っていたら髪紐の1本くらい、気にしなかったと思う。
でも知らなくて本当に良かったと思っている。
だって知っていたら、堕落した人達をうらやましいと思っちゃうかもしれなかったじゃない?
ワイン、大好きなんだもの! 二日酔いになるくらい飲んでみたい!
漁村に行った日は青い顔でガタガタと振るえていて、私も怖くてたまらなかったから回復して私もとても安心した。
今はベッドの上が暇なのか、手紙を書いているようだった。
実は教会には私とカーラの身分は明かしてある。
その方が、待遇が良くなるかと思ったからだ。実際、他の人には申し訳ないれど気にかけて貰えているようだった。
「カーラ、元気そうだったわね」
「ああ。あれならもうすぐ出られるな」
太陽が高い位置にあり、私は体温を逃したくてフード首元を引っ張った。
べたつくケープが首元から離れて少しだけ涼しくなったような気がする。
石造りの高い建物が並ぶ大通り。
段々と喧噪に近づくにつれて、ポツポツとあった露店から道の両端にびっちりとテントが並ぶ通りに出た。
「わ、凄いわね!」
「人がたくさんいる。はぐれるなよ」
ジュストが人波から私を守るように少し前を歩き出す。
はぐれたら合流するのは難しそう。私はジュストの騎士服の裾をちょこっと握った。
この人混みなら誰にも見とがめられないでしょ。
「いろんなものがあるわ」
野菜や果物がツヤツヤと光を反射する店の隣には、鍋や匙がぶら下がる金物屋がある。その隣には白っぽい色のついた石の塊のようなものを売っている店がある。
「あれは?」
「岩塩だ」
「塩なの?」
「ああ、この辺りは海が近いから塩には困らないだろうが、珍しい岩塩が欲しい人もいるのかもしれないな……」
なんとなく冷やかし気分で見た値段が高くて驚いた。店主のおじさんがジィッと見てくるので慌てて店から離れる。
移動した先には綺麗な布を売る店があった。
「これは異国の布ね」
「ああ。あの、占い師の女が着ていた布に似ているな」
「そうね」
店主の女性は髪の毛を布で覆い隠しているし、服装も占い師の女性とほぼ同じような恰好をしていた。
行商をしながら移動して暮らしているのだろう。
「旅の路銀の為に市場で自分たちの民芸品を売っているのね」
「多分な」
もしかして、あの占い師も街から街を移動して歩く旅をして暮らす移動民族の人だったのだろうか。
店主の女性がにこりと微笑み、片言で商品の説明をしてくる。
ジュストがそれに手を振って断ると、女性はすぐに他の人達へ声をかけ始めた。
私は、隣の露店にあるキラキラと光る石たちが気になって商品を覗き込んだ。
店主は布を売っている女性と同じ移動民族の老婆だった。
「不思議な色合いの石だわ」
鮮やかなブルーグリーンの石は空の青と草原の緑を混ぜ合わせたような色合い。
大粒の石が連なっている3連の長いネックレスを見つめていると、おばあさんが口を開いた。
「この石、旅のお守りだよ」
先ほどの女性よりも言葉が滑らかだ。
「お守り?」
「アタシたちも荷馬車につけてるよ。邪気を払いアンタを守ってくれる」
「へぇ」
「アンタ神に仕えるなら邪気払うの必要よ」
「えぇっと」
私は首を振った。
期待させて申し訳ないけれど、買う予定はないのだ。
修道女は修道院へ入る時に自分の物を持たないで入る。
一切自分のものは何も持たない。
強いて言うなら聖女の証の首飾りは私の物だけれど、それくらい。
皆何も持っていないのに、私が何かを買う訳にはいかないのだ。
少し悲しいけれど、これも聖女を引退するまでの我慢だと思っている。
首を振ったのを商品が気に入らなかったと捉えたのか、おばあさんは長い紐に小さな石が付いた髪紐を見せてきた。
「これなら小さいね」
「そういうことじゃないの」
するとやり取りを見ていたジュストがおばあさんから髪紐を受け取った。
「これなら髪に編むから見つからないだろ」
「え、駄目よ」
「普段からフードを被っていて外すのは風呂か寝る時くらいだろ。石も小さいからわからない。婆さん、これを頼む」
私は慌ててジュストの腕を引っ張った。
「ジュスト、規律を知らないわけじゃないでしょう?」
ジュストは私を見下ろすと、ブルーの瞳を優し気に細めた。
私の大好きは瞳の色。
そういえば、この髪紐についている石はジュストの瞳の色に少しだけ似ているかもしれない。
そう思うとこの髪紐がとても愛おしい物のような気がしてきた。
「アリーチェは引退だのなんだの言うけれど、きちんと与えられた役目をこなして決まりも守るよな。誰よりも模範であろうとしている。そういうところ偉いと思ってるよ」
「私だけじゃないわ」
ジュストは店主から髪紐を受け取ると、私の手のひらに乗せる。
「どうかな? アリーチェは知らなくても良いことなんだろうな」
「何を?」
「そのうち話してやるよ。さ、行くぞ。そろそろ孤児院に送る」
私はジュストに背を押されて人混みから抜けると孤児院へ向かった。
この時の私は規律の厳しい大聖堂の修道院しか知らなくて。世の中には祈りの時間をサボったり、ワインを飲み過ぎて二日酔いになる修道女もいたり。極めつけに修道院を騎士との出会いの場だと勘違いしているような修道女がいるなんてことは知らなかったのだ。
これを知るのはもっとずっと後。
知っていたら髪紐の1本くらい、気にしなかったと思う。
でも知らなくて本当に良かったと思っている。
だって知っていたら、堕落した人達をうらやましいと思っちゃうかもしれなかったじゃない?
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