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第一章「嬉遊曲」

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「そのシエルって子、逃亡先は検討ついてるの?」
 早速調べているのか、ティナの指が忙しなく画面を行き来している。
「いや……」
 十分の時間制限を過ぎたせいなのかもうタブレットを差し出す様子は無い。聞けば答えてくれるあたり、付き合いの長さはお得だなとティナは心の中で独りごつ。
「平日も調査に着いてきていたらしいから学校は行っていないんだろうな」
 学校に行かずとも養父は学者だ。ついてまわるだけでそれなりの教養は得られたことだろう。だが、それと引き換えに得られなくなるものも馬鹿にできない。
「友達と遊ぶ姿もなかった、と」
 ティナが眼下に見下ろしているのは件の事件の報道だ。凶器は拳銃で心臓を貫通。至近距離で打たれているにも関わらず抵抗の跡は無い。その辺から近親者、アリバイのないシエルが犯人とされてしまったのだろう。
「頼れるアテは無い、か」
 小さく呟いてティナは宙を仰いだ。
 勢いの良さと椅子ごと倒れてしまってもおかしくない角度からロイが静かに慌てる。相当面白い顔になっているのだがティナの視界には入っていないようだ。
「あそこ、事情聴取って言ったって拷問みたいなやり方するからなぁ」
 勢いよく姿勢を戻して腕を組む。
「だな」
 隣の州、ノモアス州は多種多様な正義感の強い警官が揃っているのだ。疑わしきは罰せよ、女子供とて真実を暴いて法廷に引きずり出すと常に息巻いている。味方なら心強いが一度睨まれると面倒な相手なのである。
 そんな彼らが状況証拠で仕立て上げられた罪人シエルにどんな事情聴取をするか、想像するだけで眉間のシワが無数に浮かぶというものだ。
「逃亡できる範囲は限られている、と」
 警察署があるツェルケ市からここまでは徒歩でも移動可能な範囲だ。だが、それ以上となると山河が障害として立ちはだかる。
「最悪既に死んでいる可能性もあるそうだ」
 人混みの中に逃げているにしても手負いの少女だ。別の事件に巻き込まれる可能性もある。山に逃げれば血の匂いで野生動物が追ってくる。川に逃げるとしても昨夜までの雨で増水した濁流に飲まれて無事でいるとは考えにくい。
 瞬間、ティナの表情が僅かに緩んだ。
「まぁ確かに危なかったよね」
「うん?」
 違和感を感じ取ったロイは毛先を弄びながら嘯くじゃじゃ馬娘を呆然と見つめた。その仕草と言葉で気がつくあたり、情報屋の名は伊達では無いらしい。
「帰ってきたばっかりだけどさ、すぐに立つことになりそうかも~」
 服の端で一瞬だけ輝いたものにロイは今すぐ見なかったことにしたい衝動に駆られる。
 ティナは目を細めると、わざとらしく大仰にそれを摘みあげる。長い、しなやかな銀色は人間の髪の毛であることが分かる。もちろん、その色はティナのものではありえない。
「お前、まさか」
 にっこりと笑みを深くすると、ティナは一本の銀髪を床に落とす。
「信頼してるよ、ロイ」
 呆然と口を開くロイに向かって片目を閉じた。そのまま振り返ることの無い軽やかな足取りでティナは家に帰るのだった。
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