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チャイコフスキーの薔薇2
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「おじいちゃん、アポロ十三号に興味が……」
と言いかけたところで、老人の異変に気がついた。
ガタガタと震え、頭を抱えている。
「ど、どうしたの? 大丈夫? おじいちゃん」
リサが肩に触れようとすると、老人はリサを突き飛ばして立ち上がった。
リサは驚き見上げると、老人は震えながら涙を流していた。
リサを見つめる老人の目の奥には、何かを恨むような、それでいてとても悲しげな闇が感じ取れた。
その後、老人は逃げるようにして部屋にこもって出てくることはなく、しかたなく帰ることにした。
「そうなんですか。アポロ十三号? いつの頃だろう」
「千九百七十年みたいですよ」
とリサが言うと、孫娘は、
「ああ、それってお父さんが生まれた年ですよ!えっと、四月十一日が生まれた日です」
と言ったので、リサは先ほど確かニュースで聞いたとはっとした。
「え? それって、アポロ十三号の打ち上げの日ですよ」
「そうなんですか? じゃあお父さんのことでずっと悩んでいたとかじゃないのかな?」
二人とも淹れたてのエスプレッソを目の前にしてうなっていた。立ち上る湯気と香りが、優雅なロケットの噴出煙を思い起こさせるようだった。
次の日、リサが老人の家に行くとどこにも見当たらないので家中を探して回った。そしてリサは一度も入ったことのない老人の部屋の前で立ち止まった。
(勝手に入っちゃっていいのかな。でもどこにもいないのだから、もうここにしか)
リサがノックをして恐る恐る中に入ると、ふと目に付いたのは部屋中に飾られたトロフィーだった。
随分とほこりを被っているが、賞状やトロフィーが所狭しと飾られている。
(うわあ……凄い……)
ほこりまみれの部屋の中で、ぱっと目に付くものがあった。
それは真新しい白い布で覆われた、リサの胸まである物体だった。
罪悪感よりも、磁石のように引きつけられたリサは、布をふっとめくった。
布に覆われていたのはチェロだった。まるで新品のような光沢に包まれ、太陽の光を滑らせるように反射させていて神々しさすら漂わせていた。その輪郭は、まるでトップモデルのような均整の取れた体つきで、女性らしさの中にも筋肉で引き締まった美少年のような面持ちすらも感じ取られた。
「何をしている! それに触るな!」
背中からつんざくような怒号が響いたかと思うと、すぐさまリサは引き倒され、老人に馬乗りになられた。
「貴様! あれに触ったのか! あれに触ったのか!」
鬼気迫るような剣幕に、リサは恐怖で圧倒されて泣いてしまいそうだった。
「触ってません! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「出て行け! お前なんて出て行け!」
老人のひどい言葉に、リサの心は完全に折れようとしていたが、老人と目が合ったとき、アポロ十三号の時と同じように、憎しみと悲しみを瞳の奥に見た。
「どうして、あれを恨むんですか?」
恐怖で涙が止まらないリサが絞り出すように言った言葉に、老人の怒りがすっと消えた。
「どうして、知ってるんだ」
「だって、とても悲しそうで、怒りに満ちていて、恨みがこもっているようにも見えたから」
老人はがっくりとうなだれた。
と言いかけたところで、老人の異変に気がついた。
ガタガタと震え、頭を抱えている。
「ど、どうしたの? 大丈夫? おじいちゃん」
リサが肩に触れようとすると、老人はリサを突き飛ばして立ち上がった。
リサは驚き見上げると、老人は震えながら涙を流していた。
リサを見つめる老人の目の奥には、何かを恨むような、それでいてとても悲しげな闇が感じ取れた。
その後、老人は逃げるようにして部屋にこもって出てくることはなく、しかたなく帰ることにした。
「そうなんですか。アポロ十三号? いつの頃だろう」
「千九百七十年みたいですよ」
とリサが言うと、孫娘は、
「ああ、それってお父さんが生まれた年ですよ!えっと、四月十一日が生まれた日です」
と言ったので、リサは先ほど確かニュースで聞いたとはっとした。
「え? それって、アポロ十三号の打ち上げの日ですよ」
「そうなんですか? じゃあお父さんのことでずっと悩んでいたとかじゃないのかな?」
二人とも淹れたてのエスプレッソを目の前にしてうなっていた。立ち上る湯気と香りが、優雅なロケットの噴出煙を思い起こさせるようだった。
次の日、リサが老人の家に行くとどこにも見当たらないので家中を探して回った。そしてリサは一度も入ったことのない老人の部屋の前で立ち止まった。
(勝手に入っちゃっていいのかな。でもどこにもいないのだから、もうここにしか)
リサがノックをして恐る恐る中に入ると、ふと目に付いたのは部屋中に飾られたトロフィーだった。
随分とほこりを被っているが、賞状やトロフィーが所狭しと飾られている。
(うわあ……凄い……)
ほこりまみれの部屋の中で、ぱっと目に付くものがあった。
それは真新しい白い布で覆われた、リサの胸まである物体だった。
罪悪感よりも、磁石のように引きつけられたリサは、布をふっとめくった。
布に覆われていたのはチェロだった。まるで新品のような光沢に包まれ、太陽の光を滑らせるように反射させていて神々しさすら漂わせていた。その輪郭は、まるでトップモデルのような均整の取れた体つきで、女性らしさの中にも筋肉で引き締まった美少年のような面持ちすらも感じ取られた。
「何をしている! それに触るな!」
背中からつんざくような怒号が響いたかと思うと、すぐさまリサは引き倒され、老人に馬乗りになられた。
「貴様! あれに触ったのか! あれに触ったのか!」
鬼気迫るような剣幕に、リサは恐怖で圧倒されて泣いてしまいそうだった。
「触ってません! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「出て行け! お前なんて出て行け!」
老人のひどい言葉に、リサの心は完全に折れようとしていたが、老人と目が合ったとき、アポロ十三号の時と同じように、憎しみと悲しみを瞳の奥に見た。
「どうして、あれを恨むんですか?」
恐怖で涙が止まらないリサが絞り出すように言った言葉に、老人の怒りがすっと消えた。
「どうして、知ってるんだ」
「だって、とても悲しそうで、怒りに満ちていて、恨みがこもっているようにも見えたから」
老人はがっくりとうなだれた。
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