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第六章 アルナハブ編
犠牲
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ありったけの松明に火を灯し、作業を進める。
生気のない、人間であることを諦めたかのように見えた囚人たちは、よく見れば一人ひとり違う顔をしていた。動ける者も動けない者もいたし、やっぱり何も理解していないように見える者もいた。が、明け方が近付く頃には、何人かが笑顔のような表情を見せることすらあった。
「……よし、そろそろ夜明けだ」
ヨナが言った。
「餌場にはわたしが残って、みんなを連れて出る。ヨナとサハルはヤーシャール王子をあの縦穴から連れて出て」
「アトゥイー!でも俺たちは君を守るようにって……」
「わたしなら大丈夫。彼らが信用してくれたのはわたしだから、わたしが残る。あなたは王子を無事に逃がして。――リン」
「なんだ」
「通訳に残ってくれるか?」
「元傭兵隊員の誼だ。引き受けよう」
「……仕方ないな。おいアトゥイー、俺がスカイ隊長に殺されないように、頼むから無事で戻ってくれよ?」
ヨナが言った。
「勿論」
アトゥイーは微笑んだ。
縦穴の下で、ヨナとサハルとヤーシャール王子がその時を待つ。穴はもう半分ほど塞がれて、あとは大きな石を3、4個積めば塞がるはずだった。その石もすぐそばに用意してある。穴の下半分をせき止めたことによって、既に腰のあたりまで水に浸かっていた。
「パヤはどこだ?」
ふと、ヤーシャールが訊ねた。
「あれ、そういえば……」
ヨナは辺りを見回した。
その時、頭上に開いた穴から見える空が、しらじらと明けてきた。
「夜明けだ!」
ヨナとサハルは残りの石を積もうと手を掛けた。
「待て、パヤがおらぬ。パヤは何処だ?」
ヤーシャールがヨナたちを止め、辺りを見回した。
「王子、時間がありません。パヤはきっとどこかに」
そう言って、ヨナが最後の石を置いたときだった。
「ヤーシャール様、私のことはどうかお忘れになって、お行きください」
積み上げた石壁の向こうから、パヤの声がした。
「……パヤ?……パヤ!」
「お聞きください、ヤーシャール様。この石をどかす人間が必要なのです。皆さんが出られた後、私がこの穴を開けて水位を戻します。でないとエクバターナの街に、そして王宮に、水が溢れてしまいます。更に、地下水脈の下流の井戸が干上がってしまうやもしれません。家々を押し流し、人々の生活を壊すわけにはいきません」
「何を言う!そんなことをして、そなたは……そなたはどうやって逃げるのだ?」
返事はない。
「そんな役目は奴隷にやらせればよい!パヤ!父母にも兄にも見放された私は、お前がいないと生きていけない!戻れ!」
「ヤーシャール様、私も元は奴隷でございますよ――」
パヤが微笑んだのが、分厚い石壁越しにもヤーシャールに伝わった。
「パヤ!だめだ!許さぬ!私のもとを離れるなど許さぬ!!戻れ!パヤ!」
ざあざあと音を立てて水位が上がっていく。足が地面を離れ、三人の身体が水に浮いた。
「この八年、ヤーシャール様と共にあることができて、パヤは幸せでございました。どうぞ、豊かで美しいアルナハブを――」
パヤの声は、流れ込む水音に掻き消された。
「パヤ!パヤーーーーーっ!!!」
すべてが終わるのを、パヤはじっと待っていた。
穴を塞ぐ大石の下に積んだ数個の小さな石に楔を打ち込むと、勢いよく水が吹き出してきた。またたく間にその量は増え、すぐに怒涛が岩を砕いて押し寄せた。高まりきった水圧が、岩の破片ごとパヤを押し流す。
清冽な奔流とともに、パヤは漆黒の滝壺へと落ちていった。
生気のない、人間であることを諦めたかのように見えた囚人たちは、よく見れば一人ひとり違う顔をしていた。動ける者も動けない者もいたし、やっぱり何も理解していないように見える者もいた。が、明け方が近付く頃には、何人かが笑顔のような表情を見せることすらあった。
「……よし、そろそろ夜明けだ」
ヨナが言った。
「餌場にはわたしが残って、みんなを連れて出る。ヨナとサハルはヤーシャール王子をあの縦穴から連れて出て」
「アトゥイー!でも俺たちは君を守るようにって……」
「わたしなら大丈夫。彼らが信用してくれたのはわたしだから、わたしが残る。あなたは王子を無事に逃がして。――リン」
「なんだ」
「通訳に残ってくれるか?」
「元傭兵隊員の誼だ。引き受けよう」
「……仕方ないな。おいアトゥイー、俺がスカイ隊長に殺されないように、頼むから無事で戻ってくれよ?」
ヨナが言った。
「勿論」
アトゥイーは微笑んだ。
縦穴の下で、ヨナとサハルとヤーシャール王子がその時を待つ。穴はもう半分ほど塞がれて、あとは大きな石を3、4個積めば塞がるはずだった。その石もすぐそばに用意してある。穴の下半分をせき止めたことによって、既に腰のあたりまで水に浸かっていた。
「パヤはどこだ?」
ふと、ヤーシャールが訊ねた。
「あれ、そういえば……」
ヨナは辺りを見回した。
その時、頭上に開いた穴から見える空が、しらじらと明けてきた。
「夜明けだ!」
ヨナとサハルは残りの石を積もうと手を掛けた。
「待て、パヤがおらぬ。パヤは何処だ?」
ヤーシャールがヨナたちを止め、辺りを見回した。
「王子、時間がありません。パヤはきっとどこかに」
そう言って、ヨナが最後の石を置いたときだった。
「ヤーシャール様、私のことはどうかお忘れになって、お行きください」
積み上げた石壁の向こうから、パヤの声がした。
「……パヤ?……パヤ!」
「お聞きください、ヤーシャール様。この石をどかす人間が必要なのです。皆さんが出られた後、私がこの穴を開けて水位を戻します。でないとエクバターナの街に、そして王宮に、水が溢れてしまいます。更に、地下水脈の下流の井戸が干上がってしまうやもしれません。家々を押し流し、人々の生活を壊すわけにはいきません」
「何を言う!そんなことをして、そなたは……そなたはどうやって逃げるのだ?」
返事はない。
「そんな役目は奴隷にやらせればよい!パヤ!父母にも兄にも見放された私は、お前がいないと生きていけない!戻れ!」
「ヤーシャール様、私も元は奴隷でございますよ――」
パヤが微笑んだのが、分厚い石壁越しにもヤーシャールに伝わった。
「パヤ!だめだ!許さぬ!私のもとを離れるなど許さぬ!!戻れ!パヤ!」
ざあざあと音を立てて水位が上がっていく。足が地面を離れ、三人の身体が水に浮いた。
「この八年、ヤーシャール様と共にあることができて、パヤは幸せでございました。どうぞ、豊かで美しいアルナハブを――」
パヤの声は、流れ込む水音に掻き消された。
「パヤ!パヤーーーーーっ!!!」
すべてが終わるのを、パヤはじっと待っていた。
穴を塞ぐ大石の下に積んだ数個の小さな石に楔を打ち込むと、勢いよく水が吹き出してきた。またたく間にその量は増え、すぐに怒涛が岩を砕いて押し寄せた。高まりきった水圧が、岩の破片ごとパヤを押し流す。
清冽な奔流とともに、パヤは漆黒の滝壺へと落ちていった。
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