楽園遊記

紅創花優雷

文字の大きさ
上 下
9 / 87
前編

天ノ下の手掛かり

しおりを挟む


 ハロー!
 なぁに驚いた顔しているのさ、君の所の言葉だろ? 知ってるよ! なんてったって僕は全てを超越する、超越者だからね。
 なんか腑に落ちなさそうな顔をしているねぇ。あ、分かった! ハローはニホンジンが使う言葉じゃないって言いたいんだろ? それも知ってるもんねー。イギリスジンとかが使うんだろ?
 え、ニホンジンもたまに使う? ……もう、この僕の揚げ足を取るなんて、大した度胸だこと!
 ん、何だい? 訊きたいことがあるの? うーん、内容にもよるけど、それ次第だな! 言ってごらん。
 うん。うんうん。なるほどねぇ、天ノ下がどこにあるのかね。
 じゃあ逆に、どこにあると思う~?
 あはは、だから言ってるだろ? 等価交換だって。教えて欲しいのなら僕に君の事を一つ教えてよ! それで手を打ってあげる。
 ふんふん……へぇ、君貧乳派なんだ。まさかそんな情報から教えてくれるなんてね、まぁいいよ、交渉成立! 教えてあげる。
 と、言ってあげたいところだけども! 残念、教えません。
 不満そうな顔してるねぇ、けどこれには理由があるんだ。ごめんね。
 まぁさ、宝探しも地図があれば簡単じゃない。難しい方がいいだろう? まぁ、探すのは君じゃないけど。
 じゃあその代わりに、僕の事を教えてあげるよ! え、そんなに興味ない? あー、ごめん、僕急に耳が悪くなちゃった。教えてあげるね!
 実はね、僕ね、子育てがあまり得意じゃないんだ。何でだろうね、いつも失敗しちゃう。
 あー、君今「そりゃそうでしょうな」って思ったぁ。ひっどいなぁー、僕だって頑張ってんだよー?
 それに、君だって独りの子どもを放っては置けないんじゃない? あの子たちは非常に無力で、何も出来ないんだ。誰かの保護が必要で、その誰かがいないと生きる事すらできない。本当に、何も……。
 はい、このお話やめね。僕、飽きちゃった。ほら、ご飯食べるから、手洗ってきなよー。なんと今日はね、君の故郷の食べ物、スシを作ったんだ! 君も好きだろう? 聞いたよ、ニホンジンはみーんなこれが好きだって! ふっふー、心優しいこの僕に感謝しな!



 道を尋ねるのは苦手だ。何故だろうか、女人の声をかければ怖がられるし、男に声をかければなにやら驚いた顔をされる。
 手分けして手がかりを探す事になり街に出たのは良いのだが、やはり御伽噺の一環としか考えられていない天ノ下だ。それを知っているかと聞けば、幼い頃にお話で聞いたことがあるという情報くらいしか手に入らない。
「天ノ下ですか、確か、お話ではお空の上にあるとかなんとか……」
 そう答えるお店の看板娘は、やはり白刃と目を合わせようとしない。たまに横目にしたと思えば、直ぐに顔を赤くして逸らすのだ。
「そうですか。ありがとうございます、お嬢さん」
「は、はい! お役に立てたのなら何よりです」
 看板娘は二度頭を下げると、直ぐに自身の働く店に戻っていく。丁度良くそのタイミングで、向こうから尖岩が声をかけて来た。
「白刃、どうだ?」
「駄目ですね、やはり場所を知っている者はいなさそうです」
 人目が沢山あるからか、白刃の口調はそちらの装いの方だ。何だろう、何だかムズムズする。
「尖岩、一つお訊きしたいのですが」
「んー?」
「私は、そんなに怖いでしょうか」
 白刃を見上げてみると、彼なりに真剣に悩んでいるようだ。
 尖岩は先程の白刃と看板娘のやり取りを一部見ていたが、あの反応は明らかに怖がっているモノではない。恋をし始めた乙女の顔だ。
「だーかーら! それは怖がられている訳じゃないんだっての」
「そうなのですかね?」
「そうなんだよ」
 何度言ったら分かってくれるのだろうか。こいつは恋と言うものを知らないらしい。
「もったいねぇなぁ、美人なんだから女も沢山言い寄ってくるだろうにさぁー」
「おやおや、褒めても何も出しませんよ?」
「あーはいはい。何も求めてりゃしていませんよー」
 適当な会話で歩いている合間にも、街の娘からの視線が白刃に集まる。なんともまぁ、妬ましい事。
 前方から歩いてくる覇白を見つけ、尖岩が「おーい!」と手を振る。周りの反応でなんとなく分かるが、覇白も中々の美形なのだ。
 そして覇白がこちらに来ると、感じるのは圧倒的な身長差。あぁなんとも妬ましい。
「白刃に尖岩。一通り聞き終わったが、やはり情報はなしであったぞ」
「そうですか。ありがとうございます、覇白」
 にこりと笑った白刃に、うわっと声を漏らした。
「なんか気色悪いなお前。いつもの方が良いぞ。なんか、気色悪い」
 尖岩がずーっと言わないようにしていた感想を、馬鹿正直に言うものだ。
「お前っ、俺が必死に言わないようにしていた事を……」
「ふふっ、私も世間体と言うものを気にしているのですよ。ところでお二人、後でお時間ありますかね? 少し、お話ししましょうか」
 これは確実に何かに触れた。触れてはいけない何かだ。
 今は人の目があるから尖岩の頭の輪を締めたり、他様々な事もしてこないが、これは後がとても怖い。今手出しできない分、後に倍になる気がしてやまないのだ。
「げっ、なんで俺もなんだよ! おいこら覇白! お前のせいで俺もじゃねぇか!」
「い、今のはお前も悪いであろう!」
 言い争う二人を、白刃は笑顔のまま注意する。
「お二人、町中なのでお静かに。ね?」
「ひゃっ……お、おう。すまねぇ」
「あぁ、すまなかったな」
「えぇ、お利口さんですね」
 先程は気色悪いと言ったが、お詫びして訂正申し上げよう。これは、怖い。普通に、いや、本当に。
 しかし、そんなやり取りの側だけを見ていた街の者たちは、とても微笑ましそうにしている。側だ見れば、美人な男二人と小さくてかわいい男の子がはしゃいでいるようにしか見えないのだ。
 それと、尖岩は気が付いていなかったが、本人の意に反して「あの子可愛い~」と言われていた。しかし、これは教えてやらない方が幸であろう。男の子と言うのは、可愛いよりカッコいいと言われたいのだ。まぁ、男の子なんて年齢ではないのだが。
「そ、そうだ! 山砕と鏡月探そうぜ! そろそろ合流した方が良い、な!」
「それもそうですね。では、参りましょうか」
 白刃は笑顔で答えると、先に進む。
 今日の夜は寝かしてくれないだろう。まぁこれ自体は、いつもの事ではあるのだが。
 夜中眠りについたところを強制的に起こされて、白刃が寝る時まで相手をしないといけないのだ。子どもか。とにかく構って欲しい子どもか。
「なぁ白刃、お前って何歳なんだよ?」
 嫌味のつもりでそう尋ねてみる。
「確か、二十二でしたかね」
「はは、若いなぁ」
 粗方見た目通りの年齢だろう。しかしこの感じ、老け知らずな気もするが。
 尖岩の言葉をどういう意味で受け取ったのかは知らぬが、白刃は微笑んで言葉を返す。
「ご安心ください、尖岩。貴方の見た目は十五歳ほどなので」
「確かに、それは否定できぬな」
 覇白まで真面目な顔で頷く。それは尖岩からすれば誠に遺憾な話であった。
「否定しろ!」
 そう叫んだところで、同じく十五歳くらいの見た目のそいつが、甘味処で団子を喰っていた。加えて、そのお盆の上には既に串が五つ乗っている。
「よくお食べになられるのですねぇ~。もう一本如何です?」
「あぁ、いただくよ。ここのお団子は美味しいねぇ、俺、また来ようかな」
「ありがとうございます! その時はまたよろしく願いしますね」
「うん! そうだ、お姉さんのお勧めは何かあるかい? お土産に買って後で食べたいなぁ」
「あら、ありがとうございます! 私のお勧めは――」
 きゃっきゃと店員の会話をしているその様子を見て、尖岩はそういえばこいつこういう奴だったなと声にはせずに呟く。
「じゃあまた来るね、お姉さん」
「はい、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
 お金を払うと、食べた団子と綺麗に包まれた御萩の箱を持ってルンルンと出てくる。まだ、こちらには気付いていないようだ。
「そこの旦那! 中々いい食べっぷりだね、うちのもどうだい? さくさくコロッケ揚げたてだよぉ!」
「お、美味しそうだね! 一つ頂こうかな」
「ありがとねぇ! 他に何か必要かい?」
「んー、じゃあお勧めとかあるのかい?」
「この店はトンカツも一押しだよ!」
「あー、すまんねぇ。俺、豚肉は食べないんだ。そうだな、じゃあ唐揚げの五個セットいただこうか」
「あんがとね! 初回サービスで一個サービスしておくよ、これからもうちの店を御贔屓にー」
「あぁ、また来るよ」
 とても楽しそうで、そしてまだこちらに気付く様子はない。何だろう、視野が狭いのだろうか。もう気付いても可笑しくない距離にいると言うのに。
 そして山砕は再び客引きに呼ばれ、あろうことか白刃のすっと横を素通りして行こうとした。
 横を通り過ぎようとしたその瞬間に、白刃はにこにことしたままその腕をがっしりと捕まえた。
「ここまで来て、何故気付かない」
 顔はそのままであるが、言葉に素が出ていた。ここまでくれば流石に気付いたみたいで、山砕はやらかしたと言いたげに白刃を見上げる。
「あ……白刃、いつから、いた?」
「行くぞ」
 質問には答えずそう言う。
 この感じ、少し前から見られていたのだろうと気付いて、山砕は恥ずかしくなる。出掛ではしゃいでいるところを思いっきり見られた。別にどうと言うわけでもないが、凄い恥ずかしい気がする。
「お前、すっごい楽しそうだったな。俺、少し安心したぞ」
「俺からすればあまり見られたくなかった所だけどな」
 尖岩はともかく、他二人にはあまり見られたくなかった。しかし、浮かれていた自分が悪いから、それ以上は何も言わずに吞み込む事にした。
 あとは鏡月だけだが、おそらく彼も何も得ていないだろうと考えていた。やはり御伽噺は御伽噺なのだ。
 皆これからどうするかを考えながら鏡月を探していると、お茶屋から「ありがとうございました」とお礼を言って出てくる鏡月がいた。
「あ、白刃さん達」
「鏡月、何か分かりましたか?」
 一応尋ねてみると、鏡月は嬉々として伝えて来た。
「どれほど有力な情報かは分かりませんが、一つ情報がありましたよ!」
「どうやら、龍は古来より超越者との繋がりがあるそうでして。龍の王族の者なら天ノ下の場所が分かるかもですって」
 鏡月の報告が終わると、鏡月以外の三人共が一気に覇白に目をやった。覇白は極力視線を合わさぬようにそっぽを向いて、今にも逃げ出しそうだ。
「……」
「……」
「覇白」
 無言の間の後に名を呼ぶ。本人は何も言わずに後ずさり、「御免」と一言呟く。そのすぐだった。覇白は足元から風を巻きおこして龍の姿に戻り、その場から逃げて行った。
 そう、こんな街中で。
「おいなんだ今の!」
「今の、龍じゃなかったか?」
「本当か!?」
 案の定ざわつく周辺。白刃の表情はすんとしていたが、何を考えているのか分かってしまい、尖岩と山砕は無意識的に距離を取っていた。
 一方何も知らない鏡月は、一連の流れを見て不思議そうに首をかしげていた。
 数十分ほど歩いて、覇白が近くにいないか探してみる。しかし、近場にはいなかった。
「なぁ白刃、どうすんだよ? 覇白逃げたぞ」
 尖岩が訊くと、白刃はとくに慌てた様子もなく答える。
「あぁ、逃げたな」
「逃げたなって」
「もしかして、今のって私のせいですか?」
「気にするな。捕まえれば問題ない」
 その返事にとりあえずは安心した鏡月。しかし、どうするつもりなのだろうか。何処に逃げたかも分からないと言うのに。
 尖岩がもう一度どうするかを尋ねようとした時、見上げた時に見えた白刃の表情から、恐ろしいものを感じとった。
 これは、怒りなのだろうか。知らぬのも怖いから、恐る恐ると声をかける。
「な、なぁ白刃? 怒ってんの?」
「ん、いや。怒ってはない。粗方実家に帰りたくないから逃げたんだろ、まぁ気持ちは分からんくもない」
 これは、気のせいだったのかもしれない。胸をなでおろしていると、なんだか不穏な言葉が聞こえた気がした。
「ただ、あいつは俺の玩具だ。他の奴が弄ぶのは気にくわない」
 その声にこそ、本当の怒りが宿っていた。
 逃げられたことに対してではない、尖岩が知らぬ何かに矛先が向いている。
「待って白刃、どういう事? なんかあったのか?」
 鏡月も山砕もどういうことかは分からずに、おろおろとしている尖岩と表情だけはいつもの白刃を交互に見る。
「山砕さん、これは俗にいう修羅場の予感と言うものでしょうか?」
「多分……と、とりあえず、鏡月。おはぎ食べるか?」
「いいのですか? 頂きます!」
 鏡月はおはぎを受け取るとそれを一口はむっと頂く。白刃はこれまでに聞いたことのない文量の文句やらをぶつぶつと呟いて、いかにも不機嫌だ。
「白刃! とりあえず落ち着けって、な! お前いつもの十倍怖いぞ、俺の為にも落ち着いてくれ! 覇白に何か分かったのか? 何かあったとしてもなんでお前が知ってるんだ!」
 ごもっともな要求と問いかけに、白刃は山砕からもらったおはぎを呑み込んでから答えてやる。
「俺が、俺の玩具の監視をしていないと思うか?」
 つまりは、そういう事だ。世の中にはそういう術もある、尖岩はよく知っている。
 何処で何をしているか、それを術者に伝える物だ。本来は親がお転婆で心配ばかりかける子供に使ったりする術だが、まぁこういう使い道もある。しかし、イレギュラーだ。
「ちなみにお前等にもやってる」
 あまり知りたくなかった追加情報に、尖岩はツッコむ。
「だからお前怖いって! あとおはぎを丸呑みみたいに食べるな喉に詰まるだろ!」
「チビ助ったら、なんか母親みたいだな。ん、このおはぎ、きな粉もめっちゃ美味しいよ、ほら食べてみろよ」
「そうですねぇ。わぁ、これとっても美味しいです!」
 こちらはこちらでなんともツッコみ所があること。何故この状況でそんなにほのぼのとおはぎを食える。
 それを言うついでに、山砕のチビという言葉にも注釈を加えておいた。
「なんで他人事何だよお前等にも使われてるんだぞ、あと俺がチビならお前も大概チビだこの三歳児」
「まぁいいじゃないですか、そのくらいは。どうせ行動を共にするのですから」
「そうだぞチビ。細かい事気にしてると身長縮むぞ。それに、俺はお前より三センチくらい高い」
 微妙な抵抗に顔をしかめると、はっときた鏡月が言った。
「あ! 私それ知っています、どんぐりの背比べですね」
「鏡月、お前に悪意が無いのは分かる。分かるから言っておく、思っても言うな」
「今日のお前凄くツッコむじゃん、どうしたの?」
「お前等がツッコませてんだっ!」
 久しぶりに酷使した喉を休めようと出されていたお茶を飲もうとしたところで、頭の輪が締められる。もはやもう何も言うまい。今のこいつはとことん不機嫌なのだ。
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

生まれたて魔王とサイコパス勇者

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

悪役令嬢の私がシンデレラの世界で王子と結ばれる方法

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:23

魔王学校へ通う

絵本 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

メルヘンガール

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:5

処理中です...