26 / 87
中編
人の「魔」
しおりを挟む
◆
異世界の子は、またそこで座り込んでいた。その隣には超越者も一緒で、やけにルンルンと楽しそうだ。
「超越者」
『んー、なんだい?』
「実際、魔の者って何」
その問いに、超越者は少し考えてから答える。
『魔の者が何か、ね。君はまだ知らなくていいよ』
超越者が池の中に石を投げると、それは一回二回と水面を跳ね、三回目はならずにその中に沈んだ。誤魔化すように『あちゃー』と声を漏らした彼に、異世界の子は最早冷たいと言える程にきっぱりと言う。
「そういうの、マジでいらない」
『ははっ、これが通じる程君も子どもじゃないか』
『じゃあ、等価交換。君の事を教えてよ。そうだな、好物とか聞きたいな』
ニコニコとそう訊くと、子は視線を水面に移し、小さな声で答える。
「……ない」
『ないの? 何か一つはあるでしょ、これが出されると嬉しいとか、そういうのさ』
「ないよ。大体、食事なんて生きるのに必要だからしてるだけ。食べなくていいのなら食べないよ」
ふいっと冷たく答えられ、超越者は苦笑いを浮かべる。
『何それ、やさぐれてんねぇ。そういうところ可愛くないよー、君はさ』
『だけどねぇ、僕を誰だと思っているのさ。全てを超越する完全なる存在、超越者だよ。好物くらい知ってるに決まってるじゃん』
「じゃあ訊くなよ……」
『君の口から教えられるから意味があるのー。で、なぁに?』
再び尋ねると、向こうが折れた。
「……ハンバーグ。昔、一回だけ母さんが作ってくれた、最初で最後の手料理」
『ふぅん。美味しかったの?』
「不味かったよ。いつも食べてたコンビニ弁当の方が十倍美味しかった」
「明らかにそこにあった調味料適当に練りこんだ味だった。だけど、美味しかったような気もする」
やはり、この子の表情は中々に読みづらい。この手のタイプを育てるのが初めてな為、超越者は少し慎重になっていた。
『そっかぁ。んー、母の味は再現してあげられないけど、僕、料理の腕は確かだから。この僕のとびっきり美味しいハンバーグ食べさせてあげるよ! ふっふー、楽しみにしてなよ』
『さてと、等価交換成立! 教えてあげるよ、魔の者が何か』
超越者は水面を眺めながら、子に語る。
『人間、誰にも感情がある。喜び、怒り、哀しい、楽しい。その他にも、言い切れない程沢山ね。魔の者っていうのはね、それらの感情に囚われ、自我を失う事から変化が訪れるのさ』
『本人が気付いていなくとも、知らぬ間に心が蝕まれるのはざらにあるさ。分かりやすい初期症状として、名前を忘れる事があげられる。言ったと思うけど、名は魂と直結している。これを失ったそれ即ち、自分を失ったという事になる』
『だけどね、これだけならまだ本人の意思や周りの協力で、戻ろうと思えば戻れるの。ように名前を思い出せばいいのさ』
『問題はここから。名前を忘れて、それを放っておくと、やがて本格的に我を無くす。魂の核は「魔」に乗っ取られ、その果てに肉体との調和が取れずに、魂ごと体が呑まれる。これが魔の者に堕ちる過程。時間は個人差が大きくてね、自我や心が弱い人は、堕ちるのにはそう時間がかからないさ』
『君は、まぁ、直ぐに堕ちてしまうだろうね』
小さく笑って異世界の子を見ると、その判定に不服そうだ。まぁ、これは「お前は心が弱い」と言われているようなものだ、いい気はしないだろう。
『大丈夫だよ。僕がいるから』
微笑んだ超越者から目をそらし、子は吐き捨てるように言う。
「子育て下手なくせに」
『もー、それは言わない約束でしょー。……少なくとも、君の母親よりかはマシな親のはずだよ』
「……今の母さんより、下の親がいてたまるか」
異世界の子はその辺にあった石を掴んで池に投げてみる。石は跳ねずにただ水の中に落ちていった。
『はは、下手だねぇ。いいかい、水切りってのはコツがいるんだよ。こうして、こう!』
彼が投げた石は五度も跳ね、向こうにある蓮の葉にぶつかり沈んでいく。異世界の子は納得できずにもう一度やってみたが、石は跳ねなかった。
◆
異世界の子は、またそこで座り込んでいた。その隣には超越者も一緒で、やけにルンルンと楽しそうだ。
「超越者」
『んー、なんだい?』
「実際、魔の者って何」
その問いに、超越者は少し考えてから答える。
『魔の者が何か、ね。君はまだ知らなくていいよ』
超越者が池の中に石を投げると、それは一回二回と水面を跳ね、三回目はならずにその中に沈んだ。誤魔化すように『あちゃー』と声を漏らした彼に、異世界の子は最早冷たいと言える程にきっぱりと言う。
「そういうの、マジでいらない」
『ははっ、これが通じる程君も子どもじゃないか』
『じゃあ、等価交換。君の事を教えてよ。そうだな、好物とか聞きたいな』
ニコニコとそう訊くと、子は視線を水面に移し、小さな声で答える。
「……ない」
『ないの? 何か一つはあるでしょ、これが出されると嬉しいとか、そういうのさ』
「ないよ。大体、食事なんて生きるのに必要だからしてるだけ。食べなくていいのなら食べないよ」
ふいっと冷たく答えられ、超越者は苦笑いを浮かべる。
『何それ、やさぐれてんねぇ。そういうところ可愛くないよー、君はさ』
『だけどねぇ、僕を誰だと思っているのさ。全てを超越する完全なる存在、超越者だよ。好物くらい知ってるに決まってるじゃん』
「じゃあ訊くなよ……」
『君の口から教えられるから意味があるのー。で、なぁに?』
再び尋ねると、向こうが折れた。
「……ハンバーグ。昔、一回だけ母さんが作ってくれた、最初で最後の手料理」
『ふぅん。美味しかったの?』
「不味かったよ。いつも食べてたコンビニ弁当の方が十倍美味しかった」
「明らかにそこにあった調味料適当に練りこんだ味だった。だけど、美味しかったような気もする」
やはり、この子の表情は中々に読みづらい。この手のタイプを育てるのが初めてな為、超越者は少し慎重になっていた。
『そっかぁ。んー、母の味は再現してあげられないけど、僕、料理の腕は確かだから。この僕のとびっきり美味しいハンバーグ食べさせてあげるよ! ふっふー、楽しみにしてなよ』
『さてと、等価交換成立! 教えてあげるよ、魔の者が何か』
超越者は水面を眺めながら、子に語る。
『人間、誰にも感情がある。喜び、怒り、哀しい、楽しい。その他にも、言い切れない程沢山ね。魔の者っていうのはね、それらの感情に囚われ、自我を失う事から変化が訪れるのさ』
『本人が気付いていなくとも、知らぬ間に心が蝕まれるのはざらにあるさ。分かりやすい初期症状として、名前を忘れる事があげられる。言ったと思うけど、名は魂と直結している。これを失ったそれ即ち、自分を失ったという事になる』
『だけどね、これだけならまだ本人の意思や周りの協力で、戻ろうと思えば戻れるの。ように名前を思い出せばいいのさ』
『問題はここから。名前を忘れて、それを放っておくと、やがて本格的に我を無くす。魂の核は「魔」に乗っ取られ、その果てに肉体との調和が取れずに、魂ごと体が呑まれる。これが魔の者に堕ちる過程。時間は個人差が大きくてね、自我や心が弱い人は、堕ちるのにはそう時間がかからないさ』
『君は、まぁ、直ぐに堕ちてしまうだろうね』
小さく笑って異世界の子を見ると、その判定に不服そうだ。まぁ、これは「お前は心が弱い」と言われているようなものだ、いい気はしないだろう。
『大丈夫だよ。僕がいるから』
微笑んだ超越者から目をそらし、子は吐き捨てるように言う。
「子育て下手なくせに」
『もー、それは言わない約束でしょー。……少なくとも、君の母親よりかはマシな親のはずだよ』
「……今の母さんより、下の親がいてたまるか」
異世界の子はその辺にあった石を掴んで池に投げてみる。石は跳ねずにただ水の中に落ちていった。
『はは、下手だねぇ。いいかい、水切りってのはコツがいるんだよ。こうして、こう!』
彼が投げた石は五度も跳ね、向こうにある蓮の葉にぶつかり沈んでいく。異世界の子は納得できずにもう一度やってみたが、石は跳ねなかった。
◆
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる