楽園遊記

紅創花優雷

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中編

マイペースなお妃様

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 龍ノ川の空には、いつもより多くの龍が飛び交っていた。それを眺め、王子である司白は笑顔で振り向く。
「いやー、賑やかですねぇ父上」
「あぁ。もう直ぐ百龍祭だからな」
 百龍祭。龍ノ川で行われる百年に一回の大きな祭りだ。街は数多くの屋台や出し物で賑わい、今度の龍の繁栄と平穏を願う。その歴史は長く、龍が独立する種となり百の時が経った頃、始祖である龍が考案したものだ。
 龍ノ川でもっとも大事な行事だ。勿論、龍王の一族も参加する。
「そろそろ、覇白に一旦戻って貰わねばな」
「えぇ、そうですね。では私が」
 司白が迎えを申し出る前に、部屋の扉が勢いよく開いた。
「私が呼んでくるわ~」
 いつも風のようにマイペースに現れては去って行く、龍王の妃、牡丹だ。
「母上! お帰りなさいませ、一体いつお帰りに」
「いつだっていいじゃないの司白ちゃん、そんな事より覇白ちゃんのお迎えに行くんでしょ? 私が行くわぁ、最近あの子とお話できていないのですもの。ねぇトーちゃん、いいでしょう?」
「牡丹、帰って来るなら連絡を寄こしなさいと言っているだろう。まあ、私は構わぬが、しかし」
「じゃあ行ってくるわぁ!」
 統白がその肝心な部分を言う前に、構わないの所だけを受け取り足早に駆けて行く。
「あ、待て牡丹! 人の話を――」
 その場には彼女が飛んで行った余韻の風が吹き、少しの沈黙が流れる。
「行っちゃいましたね」
「相変わらずマイペースな奴だ」
 まぁ大丈夫だろうと。統白は祭りの準備をする民たちを窓から眺めた。
 その一方、白刃達は陰壁の屋敷から出て、天ノ下の場所に向かって歩いていた。
 道も広いため、白刃は馬に乗っている。勿論これは覇白だ。
 尖岩はふと乗ってみたいと思い、白刃に頼む。
「なぁ白刃、たまには俺等も乗せてくれよー」
「えー。ちょっとだけだぞ?」
 降りて覇白の上を空ける。今日はやけに親切だななんて思いながら、尖岩は思い付きで二人も誘った。
「よっしゃぁ。二人も、乗ろうぜ」
「お、いいねそれ!」
「私、馬乗るの初めてですー」
 二人もノリノリで乗ろうとするが、少し待って欲しい。三人も乗せられる訳がない。いや、やろうと思えば出来るが、重いに決まっているだろうそんなの。白刃一人乗せる分にはもう慣れたが、いきなり三人は無理だと。
 他人がいる中だ、声は出せないため目で訴える。白刃はそれに気が付いてふっと笑った。これは確信犯だ。
「うわすっげぇ、身長伸びた気分だぜー」
「なー。結構いいものだね」
「いいですねぇ、楽しいです」
 はたから見れば、少年達が馬に乗ってはしゃいでいるように見えるのだろう。まぁ、喜んでもらえているのなら何よりなのだが。
 横に付いて歩いている白刃は、相変わらず街の女人に遠巻きに鑑賞されている。それは美しい花でも見ているかのよう。白刃本人はこの反応を怖がられて避けられていると思っているときたものだ。とは言え、本人が異性を欲していない以上はそれ事を自覚した所で困るだけだろう。
「ねぇ見て。あの人、凄い美人よ」
「あらま、綺麗な殿方ねぇ。あんな人が婿に来てくれれば、うちも安泰なのにねぇ」
「ちょっとお母さん、よしてよ。私には高嶺の花よ」
 高嶺の花だそうだ。確かにまぁ、こうして見れば美人でいい男だ。持っている力と、それに見合った実力、そして堅壁師匠の愛弟子という肩書もある。余の女性諸君からすればかなりの優良物件だろう。逆に手を出しづらいレベルだ。
 改めて彼の桁外れさを感じていると、覇白は白刃が龍の血を引いている事を思い出す。
 年齢はかなり離れているが、叔母の孫の為、そこそこに近い血縁だ。となると、それにこうして使われているのかぁと。
 まぁ、良いかと。白刃にこうして扱われるのも、嫌な気はしないのだ。
 そんな覇白の上では、山砕と鏡月が、そこにある菓子屋に興味を示していた。さっき食べたばかりだと言うのに。
「白刃さん。あれ、食べたいです」
「はいはい」
 鏡月のおねだりはすんなりと受け入れ、覇白を邪魔にならない所に停めて三人はそこから降りる。
「んー、どれもおいしそうですね。どうしましょう」
「俺は、とりあえずこの饅頭と練りきりとー」
「山砕、一つにしなさい。持っていけるのには限りがありますから」
「んじゃあ皆でこの饅頭食べるかな。俺漉し餡」
「じゃあ私、この抹茶味がいいです」
「俺は栗ー!」
「分かりました。すみません、この饅頭の、漉し餡と粒餡と抹茶と栗餡と白餡を一つずつお願いします」
「かしこまりました。こちらで食べていきますか?」
「いいえ、持ち帰りで」
 店内での買い物を済ませ、紙袋を手に戻って来る。今度は普通に白刃が上に乗り、饅頭を食べるために少し人気のないところまで行った。
 人目が無い事を確認してから、白刃が覇白の背を叩く。
「戻っていいぞ、覇白」
 白馬だった覇白は人の姿に変わった。
「白餡で良かったか?」
「構わぬぞ。ありがとな」
 饅頭を受け取り、それを頬張る。これまた美味しい。主に山砕が美味しそうな店を見つける度に食べたがるから、最近は食べ歩きも増えた。勿論、馬の姿である時は、街中で普通に人間の食べ物を食すわけにも行かず、こうして人目のないところで食べている。
 自分が馬として行動するかどうかは、白刃の気分だが。
「おぉ、美味しいなこれ」
「だね。これなら百個行けるよ」
「おめぇなら本当に百個食いそうで怖いよなぁ」
 饅頭一個は直ぐに食べ終わる。山砕ではないが、もう一個くらいは食べたいなぁなんて。
「なぁ白刃」
「駄目」
「まだなんも言ってない!」
 そんな即答するこたぁないじゃんと、言っても無駄だから言わなかったが。まぁ、これ以上食べたらお昼御飯が食べられなくなる。自分はこの胃袋ブラックホール達と違って体に見合った普通の胃袋なのだ。
 そんなふざけた事を考えていると、何やら街の方がざわつき始めた。
「ん、どうかしたのかな?」
 顔を出して覗いてみると、人々の視線は一つに集まっている。今度は男達が、何かに釘付けになっていた。
 視線の先を追ってみると、そこには商店街には見合わない白く美しい婦人がいる。すっきりとした白いドレスは、どちらかと言えばもっとお上品な所にいるような風貌だ。
「ありゃ綺麗な婦人だなぁ」
「三歳児、ナンパしないの?」
「しねぇよ! 俺を何だと思ってるんだよ」
「ははっ、冗談冗談」
 山砕と尖岩が戯れ、一体どんな人がいるのかと気になった覇白が少しだけ覗き見る。そして、それを目にして小さく声を漏らした。
「なっ……」
「覇白さん、どうかしましたか?」
「お前等、ちょっとここで待ってろ。良いと言うまで顔を出さないでくれ」
 何事かと首をかしげる仲間を置いて、覇白はその夫人の下に駆け寄り声を掛ける。
「母上!」
「あらぁ、覇白ちゃんじゃない! やっぱここにいたのね、私の勘は間違ってなかったわぁ」
 そこではっきりとその顔が見えた。どこか覇白に雰囲気が似ており、母親である事をはっきりと示している。
 顔を出すなと言われたため、白刃達は大人しくそこから二人の様子を眺めていることにした。
「何故こちらに……、それに、龍ノ川外にお出かけするなら目立たない格好でと、父上もおっしゃっていたではありませんか」
 覇白が周りを気にしながら母親に尋ねた。そして、彼女は柔らかい表情で喋りだす。
「あらまぁ、そういう所はトーちゃんと似てきたわねぇ~。お母様ね、貴方に用があって来たのよ、ほらもう直ぐ百龍祭じゃない? 準備があるから、一旦戻っておいでなさいな。私も久しぶりに息子に手料理を振舞いたいわぁ~」
「あ、そうそう。白刃ちゃんだったっけ? 貴方の新しいお友達! 会ってみたいわぁ、なんせ貴方友達いなかったじゃない、寂しがりやのくせに人見知りでねぇ、挨拶の一つや二つしておかないと。そうだ、覚えている? 貴方が三歳の時なんだけどねぇ」
 案の定だった。無限に沸く言葉達を遮る。
「あの、すみません母上! そんな事こんな所で話さないでください、直ぐにそちらに向かいますので、先に帰って――」
「釣れないわねぇ、お迎えに来たのだから一緒に行きましょうよ~。あ、もしかして思春期? 聞いたことあるわぁ、お母様と一緒に歩くのは嫌になるんですって、嬉悲しってかんじよねぇ。貴方が自分の意見主張できるようになったのはお母様としても嬉しいけれども、昔みたいにお母様って呼ばれたいわぁ。ね、覇白ちゃん丁度いい機会だからお母様って、なんならママでもいいのよ~!」
 遮ったところで、湧き出てくる訳だが。
 なんとなく、先程覇白が顔を出すなと言った訳が分かった。こりゃ、こんな人の前に白刃達が出たらセリフの十割増しだろう。
 覇白がどうにかするまでここで待たせてもらおうと、あたふたする彼を鑑賞している。しかし、彼女は野生の勘とやらが優れていた。
「あら、もしかして貴方が白刃ちゃん!?」
 白刃が驚くと、他三人が何かを察知してすすーっと数歩下がった。
「あ、母上!」
 覇白が慌てて止めに入ろうとするが、意味をなさずに終わる。
「まぁ、そっくり! あ、私ね牡丹って言うの、覇白ちゃんの母親なのよぉ~。うちの子がお世話になっているわねぇ、この子ったらいい子なんだけどね昔っから寂しがりのくせに人見知りで、しかも騙されやすい子でねぇ、よく見てあげて欲しいわー。お願いね?」
 勿論ですともという白刃の返事を前に、牡丹は語りだす。それはもう、物凄い文量で。
「あ、そうそう! 私ね、貴方の祖母の義理の姉なのよ~。トーちゃん、あ、旦那なんだけどね、彼の妹ちゃんなの。正確に言えば違うんだけど! ちょっと前に死んだ旦那追っかけて自決しちゃったから貴方に合わせてあげる事は出来ないんだけど、可愛い子だったのよぉ。そうそう、その旦那、貴方の祖父の事なんだけどね、夜射っていう子なんだけどその子にもまた似てるわぁ。三代揃って美人ちゃんなんだからねぇ、だけどその白い髪は白龍族の血ね、春風ちゃんと同じ。夜射ちゃんは綺麗な黒髪だったもの。ふふっ、子どもが増えたみたいで嬉しいわぁ」
「ところで、覇白ちゃんが迷惑かけていない? さっきも言ったけどこの子ったら騙されやすい子でねぇ、心配なのよ~」
 これがいわゆる、水を得た魚という奴だろうか。なんだろう、苦手だ。これは、世にいうマイペースという、白刃の最も苦手な系統の人間だ。何が嫌って、掴めないのだ。しかもマイペースの中でも最も苦手な、こういうタイプ。思うように出来ない。やりづらいったらありゃしない。
「母上、白刃が困っていますので、その辺で……」
「あら、ごめんなさい。私ったら喋ると止まらなくてねぇ。ゆっくり行きましょうか」
「それで、覇白ちゃん。白刃ちゃん以外の子の名前も教えてくれないかしら?」
「あ、はい。あの小さい二人の赤い方が尖岩、緑の方が山砕で、もう一人が鏡月です」
 小さい二人と言う表現は解せないものがあるが、実際牡丹より低いのだ。致し方無いと呑み込む。
「あらぁ、可愛いお名前。覇白ちゃんにも友達が出来たのねぇ、お母様も嬉しいわ」
「うふふ、丁度いいわ。息子の初のお友達ですものね。龍王妃の名の下、貴方達を百龍祭に招待するわぁ。百年に一度の楽しいお祭りよ、屋台も沢山出るし、皆気合ばっちりなんだから! 期待は裏切らないわよ~」
「特等席よぉ~。そうと決まれば早速行きましょう、龍ノ川」
 笑顔で手を合わせ、間髪開けずに足元に風を巻き起こす。本当に、こちらの意向は完全無視のようだ。
「え、ちょっと、お待ちください母上」
「れっつごー!」
「少しは話を聞いてくださいよ!」
 マイペースもここまでくるとエゴのようなものだ。覇白の訴えは聞かずに、突風がその場を吹き抜けていった。
 そしてそこに人の姿はいなくなる。
「おい、今の風は何だ?」
「さ、さぁ? 竜巻、だったのかな?」
 突然やって来た風に辺りの人はざわついたが、直ぐにまぁ良いかと皆元に戻って行った。
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