楽園遊記

紅創花優雷

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中編

祭りの前

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 何故こうなった。その一言に尽きる。
 現在、白刃がいるのはレッスンスタジオとでも言うのであろうそんな所。そしてそこにいるのは、人型で踊りの練習をする龍達と、それを指導する龍。そこに混じって、白刃は百龍祭で彼らが披露する舞の練習に混じっていた。
 事の発端は一時間ほど前。祭りの準備で賑わう町を、尖岩と山砕と鏡月で見て回っていた。そこでは数多くの行事のエントリーを募集しており、その中の一つ、飲食店が挙って料理を振るう大食い大会に、山砕と鏡月がペアでエントリーしている時だった。
 尖岩はよそ見をしており、白刃は二人が受け付け終わるのを待っていると、ふと肩を叩かれた。
 振り向くと、そこには驚くことに自分と同じくらいの身長の女人がいた。白い髪から察するに、白龍なのだろう。
 対他人用に笑顔を浮かべ、如何なさいましたかと尋ねようとしたが、それより先に彼女が口を開く。
「もー、逃げちゃダメじゃない! ほら、練習行くわよ。若い白龍は全員参加なのよ?」
 言われた情報から、彼女が人違いを起こしているのは確定。そして、その勘違いで何かをさせられそうになっている事も。
「あの、人違いでは? そもそも私、人間ですし」
「何を言っているの、貴方。そんな綺麗な白髪持っておいて。それに、龍の匂いがするのよ。バレバレなんだから!」
「え、いや本当に」
「いいから! 行くわよ」
 手を取られ、先を急がれる。その気になれば振り払う事は出来るのだが、異性相手に強行突破するのも気が引けた。
「え、ちょ、白刃!?」
 やっとこちらに気が付いた尖岩が、驚いて声を上げる。気にするな、直ぐ戻ると伝えて、白刃は仕方なくその龍に付いて行ったのだ。
 それにしてもだ。最初の説明によれば、これは初めて祭りを経験する若者達が種族に分かれて踊ると言うもので、「若新龍の芸」というらしい。そして見ての通りここは白龍族のグループだ。
 彼女はこのグループの指導員なのだろう。そして今の白刃は、何処かの白龍と間違えられている。
「もう、龍王様達もご覧になられるからプレッシャーなのは分かるけどね、逃げちゃダメなのよ? けど、分かるわぁ。私も一回目の時は凄く緊張したもの。だけどこれが終わったら、お祭りを自由に楽しめるのだから、頑張るのよ」
 なんだろう、プレッシャーに負けて逃げたみたいに言われているけど、そもそも本人ではないし、だと言うのに励まされるの、ちょっと嫌だ。
「あの、ですから私」
「さぁ皆、改めてレッスンを再開するわよ! 気合入れていきましょー」
 話を聞いてくれなかった。だから一緒に練習をしているのだ。
 幸いな事に、そこまで難しいモノではない。息を合わせる事は屋敷の訓練で慣れっこだし、しなやかにそして正確に体を動かすのも思っていたより複雑な話ではない。ただ、やられた奴を真似すればいいのだ。
 少しの休憩を挟む事になった。その時、一人の龍が白刃の隣に座って声を掛けてくる。
「お前、凄かったな。実は初めてじゃないだろ」
「いえ、初めてですよ。こうして踊る事自体もした事ないです」
「マジか凄いな! 才能かぁ。羨ましいぜ」
 そいつはあははと笑って、脚を投げ出す。今回の舞のように上品な動きは質ではないのだろう、椅子の上に胡坐をかいて、白刃に言った。
「互いに初めての祭り楽しもうぜ。ちなみに俺、大食い大会出るからさ、見に来てくれよ」
「大食い大会ですか。そう言えば、連れも参加応募していましたね」
「お、マジ? そりゃ楽しみだな! 負けないぞー?」
「そうだそうだ。お前、名前は? 俺はね、清燐」
「白刃と申します」
「白刃か、良い名前だな! 如何にも白龍って感じだ」
 別に白刃は白龍ではないのだが、響きとしてそれっぽい事は否めない。実際、自分の名の由来は「白龍の聖刀」と言う白龍族の刀なのだ。それに、考えてみれば今まで人間として生きてきた中で、同じ白髪の人間を見た事が無い。
 そりゃ間違えられもするわなと納得する。しかし、この状況はどうも面倒だ。
「はい皆、レッスン再開するわよー! 戻ってきて」
 再び始める練習時間。このまま本番まで行ってしまうのではないかと心配になる。
 そうなった場合は、腹をくくろう。いつものように笑顔で対応していれば自然と事は流れるのだ。
 水を飲んで立ち上がると、扉が叩かれる。皆がそちらに視線をやると、そこから二人、中に入って来る。
 それは、龍ノ川の二人の王子。部屋の中にいた龍達は、視察のために来た二人に驚き、実際に初めて見たと話し出す。
「すっげぇ、王子様だよ。白刃、やっぱ王子は格が違うって感じがするよな」
 清燐がひそひそと白刃に言う。その後に、覇白がこちらに気が付き、尋ねてきた。
「あれ、白刃。こんな所で何をしておるのだ?」
「そんなの俺が訊きたい」
 ついでに、王子相手にごく普通に話す白刃にも度肝を抜かれている様子だ。特に清燐も、先ほどまで話していた者が人間だとは考えてもいなかったのだろう。
「あ、あぁ。皆の者、すまぬ。こやつは龍ではなく人間だ。私のあ……えっと、友人だ。折角だから百龍祭に呼んだ次第でな」
 一瞬流れで主と呼びそうになっていたが、友人に訂正して紹介する。
 王子の言葉は疑わないが、しかしそれでも納得できない部分があった。
「しかし、その子から龍の匂いがしまして……」
「多分、この子のお父さんが龍とのハーフだから、そこから少し龍の名残があるのかな。白髪だし、見間違えるのも無理はないだろうね。だけど、人間は人間だから。放してあげなさい」
「承知しました、第一王子様。ごめんなさいね、私ったら勘違いしちゃって」
「気にしないでください。久しぶりに体を動かせて、いい運動になりました」
 笑顔で許してやると、彼女は少し考えてからもう一度白刃に目をやり、話を持ち出す。
「貴方、人間なのよね?」
「えぇ」
 頷くと、眼を輝かせて素早く白刃の手を両手で握る。
「貴方、物凄い才能の持ち主よ! この際龍じゃなくても構わないわ。どう、私達と一緒に舞台に出ない? 是非、私の事務所に所属してみないかしら?」
「これ名刺ね。興味が出たら是非連絡頂戴ね!」
 渡された名刺には、彼女の名前と事務所の連絡先が書いてある。所謂スカウトという奴なのだろう、まぁ受ける気はないのだが。
「はい、持ち帰って検討いたしますね」
 名刺は一応受け取っておいて、覇白に礼を述べる。
「ありがとな覇白。今日は寝かせてやるよ」
「お、本当か。だったら、起こすなよ?」
「あぁ。今日は起こさない」
「今日は、か」
 心もとないが、よしとしよう。今日一日起こされないと言う事だけで安心して眠れるだろう。
 そして、白刃は尖岩達を探しに戻ろうとする。その時に司白は、覇白が少しだけしょんぼりとしたような気がして、ふふっと微笑んで言った。
「覇白。残りの仕事もあと少しだし、私だけで問題ないから、白刃くんと一緒に行っちゃっていいよ」
 そう、優しく微笑んでやる。
 恐らく覇白本人も無意識のうちの反応だったのだろう。その許可をされて、少しだけ嬉しそうだ。
「よろしいのですか?」
「うん。折角なんだし、お友達と遊んでいなさい。こっちは大丈夫だから」
 実際、祭り準備の視察は一人で十分だ。二人いても片方が暇になるだけだろうし、それなら友達を遊ばせてやった方が良いだろう。と言うのは後付けの理由で、九割は弟には友達と一緒に楽しんで欲しいという兄心なのだが。
「ありがとうございます、兄上」
「すみません、お気遣いを。じゃ、行くぞ覇白」
「あぁ」
 やっと解放されたと、そこから出るや否や背伸びをし、すっと表情を戻す。
「お前、切り替え速いよな」
「そうか?」
 そんなに直ぐに真顔になられると少し怖いのだが、こちらが慣れるべきだろう。とは言え、もう慣れたが。
 はぐれた三人と合流しようと、とりあえず元いた大食い大会参加応募の場所に行こうとすると、丁度三人もこちらを探して向かってきていたようだ。
「あ、白刃ー!」
 尖岩が少し先で手を振っている。それで鏡月と山砕も気付き、駆け寄って来た。まるで親を見つけた迷子の子どもみたいだ。どちらかと言えばこちらが迷子か。
「白刃さん、いきなりいなくなるから何だと思いましたよ」
「すまない。人違いで連れていかれた」
「人違いか。俺、ビックリしちゃったよ」
 突然いなくなったものだからヒヤッとしたのだろう、見つかって安心したようだ。
 そんな時に、中から清燐が出てきて、辺りを見渡す。そして、白刃を見つけるとニコッと笑って呼びかけた。
「おや、清燐さん」
「よっ。まさかお前が人間だったとはなぁ、気が付かなかったぜ。それに、第二王子様の友人だったとは、流石に考えてなかった」
 軽く笑ってから、懐から何やらミサンガのような物を出し、それを白刃にあげた。青と白の紐で編まれたモノだ、おそらく手編みだろう。
「折角だからお近づきの印って事でさ。これやる。ま、適当に持っといてくれよ!」
「第二王子様、失礼致しました」
 彼は改まって覇白に軽い一礼し、練習に戻っていった。それから白刃が渡された物に目をやる。あんな感じして意外と丁寧なようで、綺麗な編み目だ。そして、太陽に当ててみるときらりと光る。
「じゃ、行くぞ」
「あぁ」
 折角の貰い物はありがたく受け取っておこう。しっかりしまって先に進んだ。
 それにしても、どこもかしこも祭りの準備だ。先程山砕と鏡月がエントリーした大食い大会は、会場の準備をしている所だった。
 祭りの初日である二日後の昼に行われる大会だ。覇白も観戦したことがある。
 準備される会場を横目に、その事を思い出し食べてもいないのに満腹になったように感じていると、山砕が言う。
「楽しみだなぁ、美味しいの食えるの」
「えぇ、私も楽しみですー。たった千円でいっぱい食べられるのですから、いい大会ですよねぇ」
「お前等、あの大会に出るのか?」
「そうらしいぜー。そんな驚く事でもないだろ、こいつら無限に食うし」
 尖岩の言う通り、この二人は無限と錯覚するくらい食う。しかし、それよりもこの大会だ。量が自慢の店が、腕を振るって美味しいご飯を振舞う。参加者はそれを食し、一皿食べたらもう一皿と、そして最後に皿の枚数で競う、大食い兼早食い大会だ。
 まず、最初の一皿が異様にデカいのだ。両腕で抱える程の丼ぶりの中に入れられた、美味しい丼もの料理。その後の皿は通常サイズなのだが、普通は最初を食べるだけで手いっぱい。これは大層な初見殺しだ。
 前もって情報を得ている奴は良いが、「あ、大食いやるんだー。俺等そこそこ食うし、参加してみよー」くらいのノリで突発的に応募した者はまず後悔する。
 二人もそのノリでの参加だろう。本来は心配すべきだ、しかし何故だろうか。
「余裕な気がする……」
「だろ?」
 尖岩は笑い、山砕に頑張れよと肩を叩く。
「ちなみに、優勝賞品とかあるのか?」
 ふと気になって、白刃が訊く。あぁいうのだと、大体商品券だとかそういうのな気がするが。
 その問いに、鏡月が答える。
「あ、はい! なんか、龍ノ川のお店ならどこでも使える一時間食べ放題券十枚だとか。優勝出来たら、皆でお店巡りとかしましょうよ」
「お、いいねそれ! 当日は腹空かせておかないとな」
「ですね! 頑張りましょ」
 笑顔で話す胃袋ブラックホールの二人。別に今勝敗が決まったわけではないが、なんか、運営側に少し同情をした尖岩だった。
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