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中編
皆でお風呂
しおりを挟むその日の夜。そろそろお風呂に入りたくなってくる頃合いの頃だ。覇白の部屋に、布団を広げて駄弁っていると、司白が声を掛けてくる。
「皆さん、お城の大浴場、入ってみたくありません?」
正直、気になっていた部分だった。大浴場、広いんだろうなと。しかし、これは想定の何倍だろうか。丸い浴槽には龍の噴水的な物があり、その口からお湯を勢いよく出している。あれはちょっとした滝レベルだ。
しかし、それにしたって広い。これだけあれば普通に水泳競争が出来るだろう。
「これ風呂だよな?」
尖岩が短い髪を洗いながら訊いてみる。そりゃどう見ても機能的には風呂なのだが。
「あはは、初見の人は皆その反応なんですよね。プールじゃありませんが、どうせ私達家族しか使いませんし、泳いでくれたって構いませんよ」
それに反応を示したのは鏡月で、それに気が付いた白刃は一言止めておけと注意する。それは他所に、司白は苦笑いをする。
「こんな大きくても、本来の姿で入れば少し有余があるくらいなんですよねぇ」
「あー……」
納得した。確かに龍の本来の姿はあれだ。大きさは変えられるようだが、素の姿は凄く大きい。最初に会った時の覇白でもそこそこだったが、あれでも小さくなっている方なのだ。何故それを尖岩が知っているかと言うと、勿論超越者経由な訳だが。
洗い終わったところでシャンプーを流し、あとは体を洗おうとする。それとほぼ同時に山砕もそうしていたが、珍しい話でもないため特に何も触れずに、タオルに石鹸を付ける。しかし、自分と山砕以外はまだ髪を洗っていた。
そりゃそうだろう。そもそも長さが全然違うのだ。面倒そうだし、切ればいいのにと思わない事もないが、初対面の時から長髪だった為いきなりばっさり切られてもそれはそれで落ち着かないだろう。
体の方もささっと洗い、流そうとシャワーを取る。それを見て白刃が一言。
「やっぱ、チビ達は面積小さい分洗うのが早いな」
丁度山砕も流そうとしていたみたいだ。遺憾だ。まぁ身長の分体の面積が小さいのは認めるが。
むっとしていると、山砕が笑う。
「はは、チビ助言われてんなー」
自分も言われていると言うのに気付いていないのだろうか。
「言っとくけどオメェも絶対含まれてるからな! チビ達って言ってたぞこいつ!」
尖岩がそれを指摘すると、こいつは煽ってきた。
「お前より大きいからいいんですー!」
「まぁまぁお二人さん、身長低いの可愛いじゃないですか。小動物みたいで、お二人を見ていると、なんかハムスター思い出しますもん」
鏡月の、その気遣ったつもりの悪意なしの言葉が何より深く刺さる。それに覇白が堪えるように笑った。
「ふっ、ハムスター……」
「こら覇白、笑っちゃだめだよ、笑っちゃ……ふふっ」
そして司白までもがツボに入っていた。ハムスター二匹がチビチビと言いあっているのを思い浮かべると、なんとも可愛らしいではないか。
考えて、白刃は少し引っかかったようで、真顔で指摘する。
「いや尖岩は小猿だろ」
確かにそうかもと言った反応を見せる鏡月。
「人間! 俺は人間だっての!」
「俺はって、俺も一応人間だよ!」
白刃は、二人の必死の抗議に笑って、更にその頭の輪も締めてやる。
風呂だというのに、とても賑やかだった。
司白は髪の泡を落とすと、覇白に話す。
「覇白、君のお友達は愉快な子達だね」
「いつもこうでして。すみません、騒がしくて」
「ううん、大丈夫だよ。むしろ、たまにはこうして騒がしい方がいいだろ?」
「覇白、友達いなかったじゃない。だからこうしてお友達と一緒に楽しそうにしているの、私はとても嬉しいんだ」
そう言って、彼は慈愛に満ちた表情で微笑んだ。
今でも鮮明に残っている。両親ともに仕事が忙しく、また自分も第一王子としての公務がある中で、ろくに構ってやることも出来なかった頃。一人で寂しそうにしている弟の姿、王子と言う身分で下手に外に出る訳にも行かず、退屈そうだったのを覚えている。
だから、この子がこうして「一緒にいたい」と思える友を作っている事が、何より嬉しいのだ。
覇白のさらさらの髪を撫でると、彼は頬を赤らめる。
「よしてくださいよ、兄上。なんか、恥ずかしいです」
「今更何を言っているんだい。私は誰よりもお前の事を知っているはずさ。例えば」
「ひゃっ」
覇白があげた高めの声に、白刃達が一斉にそちらを見る。
司白は、覇白の背中をなぞったのだ。そして、思っていた通り反応を見せた彼に笑う。
「お前は体の背面が弱いって事とか」
「変な声出たじゃないですか! 普段触られないから、敏感なんですよ」
仲間に向けられた目が妙に痛い。覇白ってこんな声出るんだと思われているだろう。あと、その事は白刃に知られたくなかった。だって、なぁ?
「ふーん」
何か考えているかのような意味深な反応に、覇白は恐ろしくなって予め予防線を張っておく。
「や、やめろよ白刃。本当に、勘弁してくれ。犬でも何でも化けるから、な?」
「猫」
「ね、猫?」
「見てみたい」
これまた、大した要望だ。犬の次は猫かと。出来ない事はないが。だが、よく考えてみれば猫になるくらいならくすぐられた方が良かったのではないかと。恥の概念がよく分からなくなってきた。
「俺等、先湯に入るからなー」
「おっさきー!」
風呂に飛び込んでいった二人。水しぶきが舞い上がり、ここまでやって来た。
「若い子は元気でいいねぇ」
「言うて私と同い年くいらいですよ、彼奴等」
子どもみたいな事して、多分あいつ等は銭湯でもはしゃぐタイプだ。まぁ、他人がいればあんなことはしないか。それはともかく、他も洗い終わると湯船に入った。
これは、少し熱めの設定のようだ。このくらいが丁度いいと、白刃が気持ちよく入っていると、司白が思い出したかのように一旦湯から出て、箱を持ってくる。
「玩具ありますよ、どうぞお使いくださいね」
お風呂の玩具のようだ。箱の中には水鉄砲やらアヒルやら、ひもを引っ張ったら泳ぐなんかよく分からないあれやらが入っている。
一応確認しておくが、ここにそのような類いの者で遊ぶ年頃の者はいないのだが。しかし、堅壁の屋敷で育った身からすれば、お風呂で遊べる玩具と言うのは新鮮だ。試しに一つ手に取って、ひもを引っ張って泳がせてみた。些細な事だが、なんか、面白い。
尖岩が箱の中から水鉄砲を引っ張りだし、思いついた遊びに山砕を誘う。
「お、水鉄砲あるじゃん。山砕! 打ち合いっこしようぜ」
「お、いいね! 久しぶりじゃん。俺これー」
「あ、ずるい! 俺もそれが良かったのに。まぁいいや、俺はこれー。なぁなぁ、鏡月もやろうぜ」
「いいですねぇ。じゃあ私は、これにします!」
楽しそうに自分達の分を確保し、お湯を充填する。それはもう、幼い子どもみたいに。
「お前等何歳だよ」
「六百歳くらい」
「俺もそんくらーい」
「十七歳です!」
「真面目に訊いた訳ではなくてな……。まぁ、いいか」
楽しそうだし、水を差すのは良くないだろう。それに、そう言う覇白も少し気になって覗いてみて、アヒルを一匹お湯に浮かべてみたりした。
呑気な顔をしてのうのうと浮かぶアヒル、そこに尖岩の撃ったお湯が直撃し、アヒルは大きくぐらついた。
視線を三人に向けると、思っていた以上に鏡月の無双状態だった。確かに疑似銃撃戦のような物だろうが。
「これ、楽しいですね!」
楽しかったようだ。はしゃぐ子どもの笑顔で喜んだ。
「お前が楽しいのなら何よりだよ」
「うんうん」
純粋に楽しんでくれているのは喜ばしい事だ。のほほんとしていると、隙を付かれて鏡月に撃たれた為、まだ続ける事にした。
しかしまぁ、年甲斐もなく風呂ではしゃいでしまった。お風呂上り、脱衣所のベンチで牛乳を飲んでいた。
尖岩は鏡月の体に目が付き、話す。
「やっぱし鏡月、お前って細いよな」
「そうですかね? これでも最近は太って来たといいますか、前まで肋骨とか浮き出ていましたし」
「え、それ細過ぎね」
その情報に驚くと、鏡月は苦笑いで答える。
「まぁ、ご飯食べられない事なんてざらにありましたからね」
「成長期の食生活意がそれで、よく身長そこまで伸びたね」
殺せば食える、殺せなかったら食えないのサバイバル的な生活をしていたのだ。成長期真っ盛りの時期にそんな生活で、よくここまで成長できたもの。
確かにと本人も思ったようで、自分がここまで身長が伸びた要因を考え、一つ思い当たった。
自分は肉を食べていた。そう、人肉。しかし、もう一つ食べていた物がある。それは、骨だ。
「あれじゃないですか。私、骨まで食べていたので。砕けば意外と食べられるんですよ、人骨。あと、血も飲めますし、内臓も食べられますからね」
平然と人体の食べ方を説明しないでほしい。尖岩は一種の恐怖を覚えた。
「こえぇよ!!」
「あ、大丈夫ですよ! 今は食べようと思っていないので。考えてみれば、そこまで美味しくも無かったので」
味覚も結局は脳による判断である為、おそらく今食べても美味しいとは思えないだろう。他に美味しい普通の食べ物の味を思い出したのだ、もうあれを食べる事もない。
慌てて話す鏡月に安心した尖岩。飲み干した牛乳をゴミ箱に入れて笑う。
「良かったよお前が人食いのまま大人にならなくて」
「そこは大丈夫だろ。あのままだったら大人になる前に自我が消滅して、そもそも鏡月本人とは言えなくなる」
「白刃、縁起でもない事言うでない」
何にせよ、そうならなくてよかったと言うしかない。
「皆さん、母上がご飯が出来たからおいでとの事ですよー」
「あ、はい。分かりました」
「やった、ご飯ご飯~」
「楽しみですね」
そんな事はともかく、今は美味しいご飯を食べる事にした。
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