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中編
蝶の風が穏やかであるとは限らない
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それから、射的をしたりもした。難易度を選べ、一番簡単なモノは的も大きくやりやすく、お菓子の景品がもらえる子供向けの物。難しくなるにつれて、当てる事も難しくなりその分景品がいいモノになる。龍ノ川の射的はそういった形式だ。
その中でも、おもちゃ屋が出している射的に、鏡月が興味を示していた。一番いい景品の一つ、空を自由に飛ばすことが出来る言わばラジコンのようなモノで、小さな龍の形をしている。商品の横には「一緒におさんぽしよう!」とあかちゃん龍が言っている言うポップがあり、子ども達があれ欲しいと親にねだっていた。
しかし、的が的だ。小さい上に動き、ねだられる親は「取れるかなぁ……」と苦笑い。
鏡月もねだりはしないが、欲しそうにしている。やっていくかと声を掛けると、彼は近くにいる子ども達と同じくらい無邪気に「はい!」と答えた。
尖岩と山砕は邪魔にならないように近くの別の場所を見る事にして、保護者として白刃と覇白が一緒に並んだ。
順番になり、店主に一回分のお金を払う。
「第二王子様ではありませんか! いっちょ撃って行きます?」
「あぁ、やるのは私ではなくこの子だ。一番難しいので頼む」
「おぉ、最難関行きます? 君、チャレンジャーだねぇ。おじさんも簡単に渡すわけにもいかないから、結構難しいよー?」
そう言いながら、五発分の球を渡し、射的用の銃を置く。
射的も超越者により異世界から仕入れられた遊びだ。コルク玉を飛ばす銃は、そこそこ重い。
そして、数メートル離れた所に的が用意される。卓球のボールほどの大きさの的が左右に移動する。その速さ自体はそこまで早くはないが、かなり難しいだろう。
「出来るのか?」
「どうでしょうか、使った事のない系統なので……」
そう言いながら弾の準備をして、まずは一発撃ってみる。軌道は少し下にズレたが、タイミングは完璧だった。
最難関にチャレンジする人の子に興味津々な周りにいた者たちは、おぉーっと声を上げそれに食いつく。
「あ、掴めました。多分次で行けますよ、これ」
もう一度、二発目を撃つ。有言実行だ。見事的に命中し、ぱたりと倒れた。
そうすると、見ていた者達が「おー!」と拍手を送り、店主がベルを鳴らす。
「凄いね君! おめでとう、景品ゲットだ」
「良かったな、鏡月」
「はい!」
景品を受け取ると、とても嬉しそうにそれを抱え、貰った袋に入れる。
「残りの弾はどうしましょうか。王子、やって行きます? 難易度変えても構いませんし、同じのでも構いませんよー」
「いや、私はいい。白刃、やるか?」
「そうですね。では、中間の難易度のをお願いできますか」
「はいよ! ちょいとお待ちを」
準備をしている間、覇白が尋ねる。
「どれが欲しいんだ?」
「いや別に。そのくらいなら出来るかなって。鏡月、もし出来たらお前が欲しいの貰っていいぞ」
「いいのですか? やったぁ」
「期待はするなよ」
準備された的は、先程と比べれば大分大きく、そして動いていない。難しいと言う程でもないが、簡単ではないだろう。
銃を構えて、手始めに一発撃ってみる。思っていたよりも右に逸れてしまったから、今度はもう少し左に向けてみるが、今度はそちらに行き過ぎたようだ。
「白刃、あと一発だぞ」
「分かってるよ」
ここまでやればもう簡単、二つの間を取ればいいのだ。
撃たれた最後の弾は、的に命中する。
「おめでとうお兄さん! あんたも中々上手だねぇ。前に、別の祭りで景品総取りしていった美人なにーちゃんを思い出すよ。で、どれがいい?」
「鏡月、何か欲しい物は?」
「私、あのぬいぐるみ欲しいです。あの、わんちゃんの」
鏡月が指さしたのは、どことなく犬の姿の覇白に似ているふわふわの犬のぬいぐるみ。ギュッとして丁度いい大きさだ。
「分かりました。では、そちらでお願いします」
「はいよ! 白犬ぬいぐるみだよ、おめでとう」
店主はぬいぐるみを鏡月に渡す。彼は嬉しそうにそれを抱きしめ、「ふわふわです」と言う。そして大きな声で、白刃に言った。
「このわんちゃん、なんか犬の覇白さんに似ていますよね!」
その一言は、ばっちりと周りにいた者たちに聞かれただろう。しかし、王子に対して気を使ったのか、誰も何も聞かないふりをして何事もなかったように動いた。
「鏡月、お前に悪意が無いのは分かるのだがな」
覇白が話している途中、尖岩と山砕が「おーい!」と言って駆け寄って来る。
「見て見て! クジ引きで当たったんだけどな、馬のぬいぐるみ!」
尖岩が自慢するように見せて来たそれは、白馬のぬいぐるみだ。なんか、読めた。
「でさ、これさ! 馬の時の」
「やめてくれ」
それで一瞬口を止めてくれたが、二人は顔を合わせるともう一度言い直した。
「覇白の」
「何故続けるんだお前は?!」
その行動に驚いて、もう一度割って入る。しかし、その後に白刃が間髪開けずに、尖岩の言おうとしていた事を言った。
「馬の時のお前にそっくりだな」
「お前ら、私の立場も少しは考えてくれないか?」
「何のことやら」
聞かなかった事にしてくれている民の優しさがとても刺さった。
いたたまれない為、とっとと他の所に行こうと先を急ぐ。適当に面白そうな屋台でもやらせてはぐらかそうと、そう思ったのだ。
「あ、金魚すくいだって!」
尖岩が金魚すくいに食いつき、鏡月と山砕も興味を示した。あと、覇白も初めて聞いた単語が気になり、そこを覗く。
金魚が泳いでいる。これをすくうそうだ。薄めの紙が貼られた奴だ、おそらくすぐ破けるだろう。しかし、それが金魚すくいなるものだ。
こんなの出来る奴いるのかと、小さな子がやっているのをちらりと見る。やはり直ぐに破けてしまうようで、「惜しかったねー、はい、これ参加賞」と店番のお姉さんにお菓子を貰っていた。子どもはそれでも嬉しそうだったが。
しかし、こいつらなら出来てしまうかもしれない。一回やらせてみようと、尖岩の肩を叩く。
「尖岩」
「んー? 何、白刃」
やってみろと言おうとしたそこで、間に入るかのような声がこの多くの人をかき分けてやって来る。
「義兄様! おにーさまー!」
「覇白義兄様!」
人懐っこい女の子が、覇白の腰に遠くから飛びつくようにぎゅっと抱き着いたのだ。
「紅蝶、お前いつの間に」
「へへ、このコーチョウ! 義兄様の姿を見つけて真っ先にかけてきました!」
覇白の半分ほどの身長しかないその幼女は、ビシッと敬礼の真似をして覇白を見上げる。その時少しだけ、尖岩の中で疑惑が沸いた。
「お前、まさか……」
「何を勘違いしているのかは知らぬが、違うぞ! こ奴は、義理の妹になる予定だった子だ」
それで大体この子が誰かは分かった。覇白にいたあの婚約者の妹だろう。
ここで立ち話をすると邪魔になる。ささっとベンチの方に移動して、紅蝶を座らせる。さて、何用か彼女に尋ねようとすると、その子はぷっくりと頬を膨らませていた。
なぜこの短時間でこんな膨れているのか。堪えは非常に簡単なものだった。
「むー。義兄様っ、だったってなんですかだったって! なんで過去形なんですかぁ!」
尖岩がまぁまぁと宥めているが、それは気にも留めず、覇白に問い詰める。
「あたしの事嫌いなんですか! それとも、紅蛾ねぇ様の事嫌いになっちゃったんですかぁ!」
これは、なんとも元気な子どもだ。覇白は、白刃の相手以上に困っている様子。
これは、とりあえず落ち着かせないといけない。覇白はつい数秒前の自身を叱りたくなりながら、納得させようと説明をする。
「いや、そういう訳ではなくてな。色々あって破談になったから」
「それって嫌いになったって事じゃないですか! 義理兄様ひどいですっ! 紅蛾ねぇ様が結婚しないなら、あたしが義理兄様と結婚する!」
「おぉそう来るか。えーっと、そうだな」
ちらっと白刃に視線で助けを求める。白刃は仕方ないなと言いたげに、覇白と紅蝶の間に入って、彼女の視線に合わせてしゃがむ。
「紅蝶さん、彼を困らせちゃダメですよ。大人の事情って奴ですので、貴女にお話しするのは少し難しいのです」
白刃が優しく声を掛けると、少し怯んだようだが、それでもまだ納得がいかない様子。認めたくないのか、ぴょんぴょんと跳ねながら、白刃に話す。
「だって、だって。義兄様、紅蝶ねぇ様と仲よしなの!」
「あたし見てたもん! 義兄様とねぇ様が、ねんねの時間にお布団で遊んでたの! あたし見たもん!」
なんとも大きな声でのセリフだった。
その場の時が一瞬だけ固まった気がした。尖岩が吹き出しそうになり、山砕が咽る。そして鏡月は、紅蝶と同じく純粋な解釈をしたようだ。
「そんな時間まで一緒に遊んでるって、とっても仲良しじゃないですか~!」
「鏡月、お前はそのままでいていいと思うぞ」
鏡月は尖岩の言う事の意味が今一分からないようで、こてんと首を傾げた。自分も大人になってたんだなぁっと、目を逸らすような事を呟いておく。
「とにかく、彼にも彼の事情があるのです。あまり困らせてはいけませんよ?」
白刃が微笑むと、紅蝶は渋々と頷く。
「……うん。分かった」
「いい子ですね」
「ごめんなさい」
「あ、いや気にするな。これは私の事情だからな」
こうも子どもにしょんぼりとされた顔で謝れると、怒るに怒れないだろう。元よりそんな気は無かったのだが。
そもそも、この子は姉が結婚して、義理ではあるが兄が出来ると喜んでいたのだ。こちらの事情でその楽しみを無くしてしまったのだから、本来謝るべきはこちらだろう。
申し訳なく思っていると、紅蝶が尋ねてくる。
「ねぇ、義兄様。紅蛾ねぇ様、知らないですか?」
「え。すまぬ、今はどうしているかは知らない。家にいないのか?」
「ねぇ様、この前一回お家に来てね、あたしと遊んでくれたの。だけど、その後『バイバイ』って言ってね、そこから帰ってきてないのです」
「やっぱり、お外に行っちゃったのですか?」
紅蝶は、少しだけ寂しそうだ。
おそらく、家にいないとなるとそうなるだろう。紅蛾は、自分は手を引くと言って去って行った。その後に大人しく実家で気品よく振舞う生活に戻るとは思えない。
「多分、そうだと思うが」
答えると、紅蝶は更に質問を重ねる。
「ねぇ。お外って、危ないところですか?」
「んー、さして危なくはないとは思うが。向こうでは龍は実在しない存在の認識であったりもするから、龍とバレてしまうと少し危険かもしれぬ」
まぁ、きちんと化ける事が出来れば大丈夫だろうと、そう答えた。
しかし、ここは嘘でも危険だと言った方が良かったかもしれない。
「そうですか!」
一気に表情を明るくして返事をしたと思うと、紅の龍に姿を変え、素早くその場から去って行く。
突然現れたと思ったら突然去って行ってしまった。
「なんか、嵐みたいな子だったね」
山砕の感想はまさにそうで、尖岩もうんうんと頷く。
「あれでも、紅蝶の妹であるからな」
覇白は溜息を付いた。なんとも可愛い娘であるが、予測の出来なさは姉寄りである。
「ところで覇白。ヤってたんだな」
「一応、な」
「お前、絶対誘導される側だったでしょー?」
「訊いてやるなよ三歳児。どう考えてもそっちだろお?」
「煩いな。別に、何でもいいだろうが」
否定はしないんだと尖岩が声にせずに呟くと、白刃が「どうでもいいから行くぞ」と言ってきた。
その中でも、おもちゃ屋が出している射的に、鏡月が興味を示していた。一番いい景品の一つ、空を自由に飛ばすことが出来る言わばラジコンのようなモノで、小さな龍の形をしている。商品の横には「一緒におさんぽしよう!」とあかちゃん龍が言っている言うポップがあり、子ども達があれ欲しいと親にねだっていた。
しかし、的が的だ。小さい上に動き、ねだられる親は「取れるかなぁ……」と苦笑い。
鏡月もねだりはしないが、欲しそうにしている。やっていくかと声を掛けると、彼は近くにいる子ども達と同じくらい無邪気に「はい!」と答えた。
尖岩と山砕は邪魔にならないように近くの別の場所を見る事にして、保護者として白刃と覇白が一緒に並んだ。
順番になり、店主に一回分のお金を払う。
「第二王子様ではありませんか! いっちょ撃って行きます?」
「あぁ、やるのは私ではなくこの子だ。一番難しいので頼む」
「おぉ、最難関行きます? 君、チャレンジャーだねぇ。おじさんも簡単に渡すわけにもいかないから、結構難しいよー?」
そう言いながら、五発分の球を渡し、射的用の銃を置く。
射的も超越者により異世界から仕入れられた遊びだ。コルク玉を飛ばす銃は、そこそこ重い。
そして、数メートル離れた所に的が用意される。卓球のボールほどの大きさの的が左右に移動する。その速さ自体はそこまで早くはないが、かなり難しいだろう。
「出来るのか?」
「どうでしょうか、使った事のない系統なので……」
そう言いながら弾の準備をして、まずは一発撃ってみる。軌道は少し下にズレたが、タイミングは完璧だった。
最難関にチャレンジする人の子に興味津々な周りにいた者たちは、おぉーっと声を上げそれに食いつく。
「あ、掴めました。多分次で行けますよ、これ」
もう一度、二発目を撃つ。有言実行だ。見事的に命中し、ぱたりと倒れた。
そうすると、見ていた者達が「おー!」と拍手を送り、店主がベルを鳴らす。
「凄いね君! おめでとう、景品ゲットだ」
「良かったな、鏡月」
「はい!」
景品を受け取ると、とても嬉しそうにそれを抱え、貰った袋に入れる。
「残りの弾はどうしましょうか。王子、やって行きます? 難易度変えても構いませんし、同じのでも構いませんよー」
「いや、私はいい。白刃、やるか?」
「そうですね。では、中間の難易度のをお願いできますか」
「はいよ! ちょいとお待ちを」
準備をしている間、覇白が尋ねる。
「どれが欲しいんだ?」
「いや別に。そのくらいなら出来るかなって。鏡月、もし出来たらお前が欲しいの貰っていいぞ」
「いいのですか? やったぁ」
「期待はするなよ」
準備された的は、先程と比べれば大分大きく、そして動いていない。難しいと言う程でもないが、簡単ではないだろう。
銃を構えて、手始めに一発撃ってみる。思っていたよりも右に逸れてしまったから、今度はもう少し左に向けてみるが、今度はそちらに行き過ぎたようだ。
「白刃、あと一発だぞ」
「分かってるよ」
ここまでやればもう簡単、二つの間を取ればいいのだ。
撃たれた最後の弾は、的に命中する。
「おめでとうお兄さん! あんたも中々上手だねぇ。前に、別の祭りで景品総取りしていった美人なにーちゃんを思い出すよ。で、どれがいい?」
「鏡月、何か欲しい物は?」
「私、あのぬいぐるみ欲しいです。あの、わんちゃんの」
鏡月が指さしたのは、どことなく犬の姿の覇白に似ているふわふわの犬のぬいぐるみ。ギュッとして丁度いい大きさだ。
「分かりました。では、そちらでお願いします」
「はいよ! 白犬ぬいぐるみだよ、おめでとう」
店主はぬいぐるみを鏡月に渡す。彼は嬉しそうにそれを抱きしめ、「ふわふわです」と言う。そして大きな声で、白刃に言った。
「このわんちゃん、なんか犬の覇白さんに似ていますよね!」
その一言は、ばっちりと周りにいた者たちに聞かれただろう。しかし、王子に対して気を使ったのか、誰も何も聞かないふりをして何事もなかったように動いた。
「鏡月、お前に悪意が無いのは分かるのだがな」
覇白が話している途中、尖岩と山砕が「おーい!」と言って駆け寄って来る。
「見て見て! クジ引きで当たったんだけどな、馬のぬいぐるみ!」
尖岩が自慢するように見せて来たそれは、白馬のぬいぐるみだ。なんか、読めた。
「でさ、これさ! 馬の時の」
「やめてくれ」
それで一瞬口を止めてくれたが、二人は顔を合わせるともう一度言い直した。
「覇白の」
「何故続けるんだお前は?!」
その行動に驚いて、もう一度割って入る。しかし、その後に白刃が間髪開けずに、尖岩の言おうとしていた事を言った。
「馬の時のお前にそっくりだな」
「お前ら、私の立場も少しは考えてくれないか?」
「何のことやら」
聞かなかった事にしてくれている民の優しさがとても刺さった。
いたたまれない為、とっとと他の所に行こうと先を急ぐ。適当に面白そうな屋台でもやらせてはぐらかそうと、そう思ったのだ。
「あ、金魚すくいだって!」
尖岩が金魚すくいに食いつき、鏡月と山砕も興味を示した。あと、覇白も初めて聞いた単語が気になり、そこを覗く。
金魚が泳いでいる。これをすくうそうだ。薄めの紙が貼られた奴だ、おそらくすぐ破けるだろう。しかし、それが金魚すくいなるものだ。
こんなの出来る奴いるのかと、小さな子がやっているのをちらりと見る。やはり直ぐに破けてしまうようで、「惜しかったねー、はい、これ参加賞」と店番のお姉さんにお菓子を貰っていた。子どもはそれでも嬉しそうだったが。
しかし、こいつらなら出来てしまうかもしれない。一回やらせてみようと、尖岩の肩を叩く。
「尖岩」
「んー? 何、白刃」
やってみろと言おうとしたそこで、間に入るかのような声がこの多くの人をかき分けてやって来る。
「義兄様! おにーさまー!」
「覇白義兄様!」
人懐っこい女の子が、覇白の腰に遠くから飛びつくようにぎゅっと抱き着いたのだ。
「紅蝶、お前いつの間に」
「へへ、このコーチョウ! 義兄様の姿を見つけて真っ先にかけてきました!」
覇白の半分ほどの身長しかないその幼女は、ビシッと敬礼の真似をして覇白を見上げる。その時少しだけ、尖岩の中で疑惑が沸いた。
「お前、まさか……」
「何を勘違いしているのかは知らぬが、違うぞ! こ奴は、義理の妹になる予定だった子だ」
それで大体この子が誰かは分かった。覇白にいたあの婚約者の妹だろう。
ここで立ち話をすると邪魔になる。ささっとベンチの方に移動して、紅蝶を座らせる。さて、何用か彼女に尋ねようとすると、その子はぷっくりと頬を膨らませていた。
なぜこの短時間でこんな膨れているのか。堪えは非常に簡単なものだった。
「むー。義兄様っ、だったってなんですかだったって! なんで過去形なんですかぁ!」
尖岩がまぁまぁと宥めているが、それは気にも留めず、覇白に問い詰める。
「あたしの事嫌いなんですか! それとも、紅蛾ねぇ様の事嫌いになっちゃったんですかぁ!」
これは、なんとも元気な子どもだ。覇白は、白刃の相手以上に困っている様子。
これは、とりあえず落ち着かせないといけない。覇白はつい数秒前の自身を叱りたくなりながら、納得させようと説明をする。
「いや、そういう訳ではなくてな。色々あって破談になったから」
「それって嫌いになったって事じゃないですか! 義理兄様ひどいですっ! 紅蛾ねぇ様が結婚しないなら、あたしが義理兄様と結婚する!」
「おぉそう来るか。えーっと、そうだな」
ちらっと白刃に視線で助けを求める。白刃は仕方ないなと言いたげに、覇白と紅蝶の間に入って、彼女の視線に合わせてしゃがむ。
「紅蝶さん、彼を困らせちゃダメですよ。大人の事情って奴ですので、貴女にお話しするのは少し難しいのです」
白刃が優しく声を掛けると、少し怯んだようだが、それでもまだ納得がいかない様子。認めたくないのか、ぴょんぴょんと跳ねながら、白刃に話す。
「だって、だって。義兄様、紅蝶ねぇ様と仲よしなの!」
「あたし見てたもん! 義兄様とねぇ様が、ねんねの時間にお布団で遊んでたの! あたし見たもん!」
なんとも大きな声でのセリフだった。
その場の時が一瞬だけ固まった気がした。尖岩が吹き出しそうになり、山砕が咽る。そして鏡月は、紅蝶と同じく純粋な解釈をしたようだ。
「そんな時間まで一緒に遊んでるって、とっても仲良しじゃないですか~!」
「鏡月、お前はそのままでいていいと思うぞ」
鏡月は尖岩の言う事の意味が今一分からないようで、こてんと首を傾げた。自分も大人になってたんだなぁっと、目を逸らすような事を呟いておく。
「とにかく、彼にも彼の事情があるのです。あまり困らせてはいけませんよ?」
白刃が微笑むと、紅蝶は渋々と頷く。
「……うん。分かった」
「いい子ですね」
「ごめんなさい」
「あ、いや気にするな。これは私の事情だからな」
こうも子どもにしょんぼりとされた顔で謝れると、怒るに怒れないだろう。元よりそんな気は無かったのだが。
そもそも、この子は姉が結婚して、義理ではあるが兄が出来ると喜んでいたのだ。こちらの事情でその楽しみを無くしてしまったのだから、本来謝るべきはこちらだろう。
申し訳なく思っていると、紅蝶が尋ねてくる。
「ねぇ、義兄様。紅蛾ねぇ様、知らないですか?」
「え。すまぬ、今はどうしているかは知らない。家にいないのか?」
「ねぇ様、この前一回お家に来てね、あたしと遊んでくれたの。だけど、その後『バイバイ』って言ってね、そこから帰ってきてないのです」
「やっぱり、お外に行っちゃったのですか?」
紅蝶は、少しだけ寂しそうだ。
おそらく、家にいないとなるとそうなるだろう。紅蛾は、自分は手を引くと言って去って行った。その後に大人しく実家で気品よく振舞う生活に戻るとは思えない。
「多分、そうだと思うが」
答えると、紅蝶は更に質問を重ねる。
「ねぇ。お外って、危ないところですか?」
「んー、さして危なくはないとは思うが。向こうでは龍は実在しない存在の認識であったりもするから、龍とバレてしまうと少し危険かもしれぬ」
まぁ、きちんと化ける事が出来れば大丈夫だろうと、そう答えた。
しかし、ここは嘘でも危険だと言った方が良かったかもしれない。
「そうですか!」
一気に表情を明るくして返事をしたと思うと、紅の龍に姿を変え、素早くその場から去って行く。
突然現れたと思ったら突然去って行ってしまった。
「なんか、嵐みたいな子だったね」
山砕の感想はまさにそうで、尖岩もうんうんと頷く。
「あれでも、紅蝶の妹であるからな」
覇白は溜息を付いた。なんとも可愛い娘であるが、予測の出来なさは姉寄りである。
「ところで覇白。ヤってたんだな」
「一応、な」
「お前、絶対誘導される側だったでしょー?」
「訊いてやるなよ三歳児。どう考えてもそっちだろお?」
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