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後編
白龍と人の子と、紅の婚約者。
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〇
その日の朝、覇白はとても清々しい朝を感じていた。遅めの賢者タイムとでも言っておこう。さわさわと囁く木葉の音を聞きながら座っていると、起きた白刃がこちらに顔を出す。
「もう起きてたか」
「白刃、おはよう」
「おはようもなにも、今日は寝てないけどな」
そんな事を真顔で言って、覇白の隣に座る。
いや寝ろと。そう言いたいが言ったところでどうなる訳でもない為、大人しく呑み込む。黙って二人で座っているのも気まずくなってしまうだろうと、話を切り出す。
「昨日は災難だったな。大丈夫だったか?」
「見ての通りだ。問題ない」
まぁ何かあったら今平然とここにいないだろう、大丈夫だったからここにいるのだ。それは分かっている。だが、覇白は昨日から少し突っかかっている事があった。
脱出して出て来た白刃に、尖岩が安否を尋ねた時、彼は「多分」と付け加えて平気である事を伝えた。尖岩もそこにはツッコんでいたが、特に気にしている様子はなかった。
「白刃よ、異空間の中で起こった事は覚えているか?」
濁すことなくその事を尋ねると、白刃は少し考えてから口を開く。
「……お前なら、分かるかもな」
「いつからだったかは忘れたが、たまに俺が俺の意識しない事をやるようになった。その間の事はぼんやりとだけしか覚えていなくてな。意味が分からない」
「うむ。昨日もそれが起こったと言う事か?」
「あぁ」
「あの双子が合体して、一人になったのは覚えている。その後少し戦って、あとは……」
「あとは?」
言葉を途中で途切れさせ、白刃はその先を言おうか言うまいか迷っている様子。何かいいにくい事でもあったのだろうか、そう思いながらもその先を尋ねる。
「小さい頃の俺に、俺を殺せと言われた。言われた通り殺そうとしてから、記憶が曖昧だ」
その声に、覇白は白刃に目をやる。
白刃は相変わらず真顔だった。何も感じていなさそうなその表情、しかしそこから伝わる物は少し違う。
「思うに、それは精神の防衛の為に魂の何かしらが作用したのだろう」
なんとなく、白刃が今話した状況が何を示しているかは分かる。忘れてもらっては困るが、覇白は第二王子だ。他一般よりかは知識がある。
殺してはいけない物を殺そうとした、だからそれを喰いとめる為に動いた物があったのだろう。
「白刃。お前は、何故それを殺そうとした?」
「さぁ、何でだろうな」
自嘲気味に小さく笑うと、白刃はその顔を前に向け、髪を結びだす。覇白は心なしか、いつもより結ぶ位置が高いような気がした。
白刃が特別であるのは見て分かる。しかし、それでも結局は人の子でしかない。その本質は、人の物なのだ。
覇白は白刃を目に映さずに、ゆっくりと話し出す。
「忘れるでないぞ、お前が従えているのは第二王子たるこの私だ」
「そう言えばそうだったな」
そう言って白刃は立ち上がる。結ぶ位置がいつもより高い事に気が付いたのか、一旦紐を解いて結び直した。
他の奴等が寝ている所まで足を運ぼうとするが、白刃はその途中で脚を停め、少しだけ振り返って言う。
「俺は、紅蛾に『好きにしていい』と言ったが、お前に『好きにされていい』とは言ってないからな」
少し考えた後、それがどう言う意味かを察する。
「……おい、白刃」
「今日の夜、愉しみにしてろ」
白刃は、愉快そうにいつもの悪い笑みを浮かべた。
「なっ、だ、だったらそうと言ってくれれば多少は抵抗したのだぞ! おい白刃、聞いているか?」
訴えは無視された。いつもの白刃で安心するような、何と言うか。覇白は白刃を追いかけて、皆の所へ帰った。
少しして、全員が朝に気が付き起き始め、軽く食べて朝ご飯を済ませる。今日は近くで桃の木があったから、それも食べた。
「んー、桃って久しぶりに食べましたけど、美味しいですねぇ」
鏡月は口の中に溢れる果物の甘さに頬を緩ませ、パクパクとそれを食べきってしまう。もっと食べたそうだが、食べ過ぎると良くないと我慢をしていた。
「ねー。この桃も美味しいけど、天ノ下にあった桃はもっと美味しかったよ。鏡月も向こうに着いたら食べなよ」
「お、いいなそれ! 天ノ下着いたら超越者にせびろうぜ。うっめぇぞ~」
「天ノ下の桃か、興味ある」
四人とも桃は好きみたいで、むしゃむしゃと頬張りながら天ノ下の桃の事を話す。
確かにあれは甘くて美味しい、きっと鏡月も白刃も喜ぶだろう。龍ノ川でもあそこの桃は高級品なのだ。まぁ、覇白がそうと知ったのはつい最近なのだが。
食べ終わると、朝の食欲が満たされた五人は少しの休憩を挟む。この後、また先に進むつもりだ。正直言えば、この先に目的地があるかも不明なのだが。
ゆっくりしている最中、白刃が今朝受け取った報告を皆に話す。
「第一組織についてだが、四壁がそれぞれ保護した第二組織の関係者は、皆場所までは知らないと答えたそうだ。やはり、結界による少しの歪みを感じ取って探すしかない」
「まぁ、リーダーの寝心が森の中にあるって事しか知らんかったんだから、そりゃそうだよなぁ」
それにしても、無茶な話だ。この世界、人里よりも自然空間の方が広いと言うのに。そんなの、海に投げ込んだ石ころを探すようなものだ。どうすればいいんだよ。
全員がうーんと頭を悩ませる。
「んー……あ!」
「覇白、空からその歪み見つける事出来ない!?」
尖岩のその問いかけに、他三名もそれだと言わんばかりに覇白に目をやる。
やはり、それを飛べると言う点はかなり有効なのだ。上から力の些細な変化に気を配りながら探せば、歩くよりも断然に早い。それに、龍の価値観では馬に化けて人を乗せるよりかはいい役目である。
「あぁ、そのくらいなら構わぬぞ」
龍の姿に戻ると、「少し待っておれ」と言って空に昇って行く。
その様子を見て、尖岩が問う。
「やっぱり、龍は龍の姿でいるのが一番好きなんかな?」
「そりゃそうだろ。龍なんだから」
白刃はそう言うと、山砕から「分かってあんな事させているのかな?」と言いだけな視線を向けられたことに気が付いたが、見なかった事にする。
山砕のその内心に答えるとするなら、「当たり前だろ」の一言に尽きるのだが。白刃は山砕の腕を掴んで、少しだけ彼で遊ぶことにした。
一方覇白は、頼まれた通り上空から結界を探した。
天ノ下を探す時と違って、自分の勘ではどうにもならない為、まずは感覚を集中させ、少しの術根も見逃さないように見てくしかない。いくら飛べると言えど、地道な作業だ。
「うむ、せめてもう一匹龍がいれば良かったのだがな……」
とはいえ、そんな我儘も言っていられない。大まかな目星を付けてから、少しでも違和感がある所を重点的に探せば、まぁ昼までには見つかるはずだ。
長丁場を覚悟して、探し始める。
するとだ、体で感じたちょっとした違和感。空間のつなぎ目がねじ曲がって、無理矢理つなぎ止められているかのような、そんな感じ。
「これは……今日の星占い、一位かもしれぬな」
確認するため、そこに降りてみる。随分と森の奥深い場所のようで、降りてしまえばもう何処が何処だか分からない。しかし、ここに確かに結界がある。
草をかき分ければ、術根が発見できた。確か、第二組織の結界解除が三々七拍子だったから、ここは三本締めのリズムか。もしくは一回強く叩いてみるか。いや、それは白刃達を呼んでからでもいいか。木の前に立ってそんな事を考えていると、横から紅蛾に話しかけられる。
「あら、覇白じゃない。一人なの?」
「私は一人だが……」
何故彼女がここにいるのだろう。確かに彼女は魔潜に関係を持っていたようだが、もしかして……そこまで考えた所で、紅蛾が困った顔をして覇白に告げた。
「ねぇ覇白、貴方にこんな事頼むのもどうかと思うけど。助けてほしいの」
「な、何かあったのか?」
「正確に言えば、私ではなく紅蝶をなのだけれども。貴方しか頼れないの。お願い、出来るかしら?」
紅蛾がこのように頼みごとをしてくるのは初めてだ。頼られている気がして、一種の嬉しさがある。しかし、自分で解決出来なかったと言う事は、かなりの大事ではないのか。
紅蝶には仮にも義理の妹としての認識がある。放ってはおけない。
「分かった、出来る限りの事をしよう」
「えぇ、感謝するわ」
紅蛾は微笑むと、覇白の手を掴み己の身に引き寄せる。それと同時に、引き込まれるように覇白は目を閉じた。
「全く、純粋も考え物よねぇ……」
少し考えれば分かる事だろうに。まぁこういう所も彼の魅力、自分をあそこまで愉しませてくれる一つの要素なのだが。
龍としての力を少し拝借すれば、紅蛾でも持ち運べる子龍くらいの大きさになる。確か、最初に出会った時はこのくらいだっただろうか。懐かしさも感じながら、それを連れて姿を消した。
そして、元の場所に戻ると、待っていた彼女がそれに感づいてこちらを見た。
「あら、その子がアナタのフィアンセ? 思っていたよりも小さいわね、子ども?」
「小さくして持ってきているのよ、いくら小娘でもそのくらいは考え付きなさい」
「言っておくけど、下手な事したら私も許さない。何より、この子の主は途轍もない子よ」
あの時も、龍ノ川に連れ帰らされているだなんて知らなかっただろうに、覇白の主である人間は龍ノ川までやって来た。それはもう、大層お怒りの様子で。あの時の畏怖は今でも思い出せる。だからこそ、これは本気の忠告でもあった。
「龍にそんな事言わせるなんて、余程恐ろしい子なのでしょうねぇ」
「時に魔は、超越者をも堕とす……選ばれた魂がどれ程のモノか、愉しみだわぁ」
扇羅はなんとも愉快そうに笑うよからぬ気配しかしないが、彼女はそういう女なのだろう。
そして、白刃達だが。
暇潰しに山砕をくすぐっていた白刃。くすぐったそうに身をよじる山砕に上機嫌だったのだが、その空気が突然変化した。
この感じ、覚えがある。
「し、白刃?」
いち早く変化に気が付いた尖岩は、嫌な予感がしながらも恐る恐る声を掛ける。そうすると白刃は、怒りともとれる感情を帯びた声で一言。
「売られた喧嘩は、買うのが礼儀だ」
そんな言葉、堅壁育ちが何処で覚えて来たのだろうか。怒っている白刃は普通に怖い。
「尖岩、栗出せ」
ここで言う栗は、尖岩が使用できる術である、雲に似た形の乗り物「栗三号」の事だ。これは、前に覇白が行方不明になった時とまんま同じ流れだ。
出来れば早めに機嫌を直してほしい。とやかく言わずに、尖岩は栗三号を召喚した。
その日の朝、覇白はとても清々しい朝を感じていた。遅めの賢者タイムとでも言っておこう。さわさわと囁く木葉の音を聞きながら座っていると、起きた白刃がこちらに顔を出す。
「もう起きてたか」
「白刃、おはよう」
「おはようもなにも、今日は寝てないけどな」
そんな事を真顔で言って、覇白の隣に座る。
いや寝ろと。そう言いたいが言ったところでどうなる訳でもない為、大人しく呑み込む。黙って二人で座っているのも気まずくなってしまうだろうと、話を切り出す。
「昨日は災難だったな。大丈夫だったか?」
「見ての通りだ。問題ない」
まぁ何かあったら今平然とここにいないだろう、大丈夫だったからここにいるのだ。それは分かっている。だが、覇白は昨日から少し突っかかっている事があった。
脱出して出て来た白刃に、尖岩が安否を尋ねた時、彼は「多分」と付け加えて平気である事を伝えた。尖岩もそこにはツッコんでいたが、特に気にしている様子はなかった。
「白刃よ、異空間の中で起こった事は覚えているか?」
濁すことなくその事を尋ねると、白刃は少し考えてから口を開く。
「……お前なら、分かるかもな」
「いつからだったかは忘れたが、たまに俺が俺の意識しない事をやるようになった。その間の事はぼんやりとだけしか覚えていなくてな。意味が分からない」
「うむ。昨日もそれが起こったと言う事か?」
「あぁ」
「あの双子が合体して、一人になったのは覚えている。その後少し戦って、あとは……」
「あとは?」
言葉を途中で途切れさせ、白刃はその先を言おうか言うまいか迷っている様子。何かいいにくい事でもあったのだろうか、そう思いながらもその先を尋ねる。
「小さい頃の俺に、俺を殺せと言われた。言われた通り殺そうとしてから、記憶が曖昧だ」
その声に、覇白は白刃に目をやる。
白刃は相変わらず真顔だった。何も感じていなさそうなその表情、しかしそこから伝わる物は少し違う。
「思うに、それは精神の防衛の為に魂の何かしらが作用したのだろう」
なんとなく、白刃が今話した状況が何を示しているかは分かる。忘れてもらっては困るが、覇白は第二王子だ。他一般よりかは知識がある。
殺してはいけない物を殺そうとした、だからそれを喰いとめる為に動いた物があったのだろう。
「白刃。お前は、何故それを殺そうとした?」
「さぁ、何でだろうな」
自嘲気味に小さく笑うと、白刃はその顔を前に向け、髪を結びだす。覇白は心なしか、いつもより結ぶ位置が高いような気がした。
白刃が特別であるのは見て分かる。しかし、それでも結局は人の子でしかない。その本質は、人の物なのだ。
覇白は白刃を目に映さずに、ゆっくりと話し出す。
「忘れるでないぞ、お前が従えているのは第二王子たるこの私だ」
「そう言えばそうだったな」
そう言って白刃は立ち上がる。結ぶ位置がいつもより高い事に気が付いたのか、一旦紐を解いて結び直した。
他の奴等が寝ている所まで足を運ぼうとするが、白刃はその途中で脚を停め、少しだけ振り返って言う。
「俺は、紅蛾に『好きにしていい』と言ったが、お前に『好きにされていい』とは言ってないからな」
少し考えた後、それがどう言う意味かを察する。
「……おい、白刃」
「今日の夜、愉しみにしてろ」
白刃は、愉快そうにいつもの悪い笑みを浮かべた。
「なっ、だ、だったらそうと言ってくれれば多少は抵抗したのだぞ! おい白刃、聞いているか?」
訴えは無視された。いつもの白刃で安心するような、何と言うか。覇白は白刃を追いかけて、皆の所へ帰った。
少しして、全員が朝に気が付き起き始め、軽く食べて朝ご飯を済ませる。今日は近くで桃の木があったから、それも食べた。
「んー、桃って久しぶりに食べましたけど、美味しいですねぇ」
鏡月は口の中に溢れる果物の甘さに頬を緩ませ、パクパクとそれを食べきってしまう。もっと食べたそうだが、食べ過ぎると良くないと我慢をしていた。
「ねー。この桃も美味しいけど、天ノ下にあった桃はもっと美味しかったよ。鏡月も向こうに着いたら食べなよ」
「お、いいなそれ! 天ノ下着いたら超越者にせびろうぜ。うっめぇぞ~」
「天ノ下の桃か、興味ある」
四人とも桃は好きみたいで、むしゃむしゃと頬張りながら天ノ下の桃の事を話す。
確かにあれは甘くて美味しい、きっと鏡月も白刃も喜ぶだろう。龍ノ川でもあそこの桃は高級品なのだ。まぁ、覇白がそうと知ったのはつい最近なのだが。
食べ終わると、朝の食欲が満たされた五人は少しの休憩を挟む。この後、また先に進むつもりだ。正直言えば、この先に目的地があるかも不明なのだが。
ゆっくりしている最中、白刃が今朝受け取った報告を皆に話す。
「第一組織についてだが、四壁がそれぞれ保護した第二組織の関係者は、皆場所までは知らないと答えたそうだ。やはり、結界による少しの歪みを感じ取って探すしかない」
「まぁ、リーダーの寝心が森の中にあるって事しか知らんかったんだから、そりゃそうだよなぁ」
それにしても、無茶な話だ。この世界、人里よりも自然空間の方が広いと言うのに。そんなの、海に投げ込んだ石ころを探すようなものだ。どうすればいいんだよ。
全員がうーんと頭を悩ませる。
「んー……あ!」
「覇白、空からその歪み見つける事出来ない!?」
尖岩のその問いかけに、他三名もそれだと言わんばかりに覇白に目をやる。
やはり、それを飛べると言う点はかなり有効なのだ。上から力の些細な変化に気を配りながら探せば、歩くよりも断然に早い。それに、龍の価値観では馬に化けて人を乗せるよりかはいい役目である。
「あぁ、そのくらいなら構わぬぞ」
龍の姿に戻ると、「少し待っておれ」と言って空に昇って行く。
その様子を見て、尖岩が問う。
「やっぱり、龍は龍の姿でいるのが一番好きなんかな?」
「そりゃそうだろ。龍なんだから」
白刃はそう言うと、山砕から「分かってあんな事させているのかな?」と言いだけな視線を向けられたことに気が付いたが、見なかった事にする。
山砕のその内心に答えるとするなら、「当たり前だろ」の一言に尽きるのだが。白刃は山砕の腕を掴んで、少しだけ彼で遊ぶことにした。
一方覇白は、頼まれた通り上空から結界を探した。
天ノ下を探す時と違って、自分の勘ではどうにもならない為、まずは感覚を集中させ、少しの術根も見逃さないように見てくしかない。いくら飛べると言えど、地道な作業だ。
「うむ、せめてもう一匹龍がいれば良かったのだがな……」
とはいえ、そんな我儘も言っていられない。大まかな目星を付けてから、少しでも違和感がある所を重点的に探せば、まぁ昼までには見つかるはずだ。
長丁場を覚悟して、探し始める。
するとだ、体で感じたちょっとした違和感。空間のつなぎ目がねじ曲がって、無理矢理つなぎ止められているかのような、そんな感じ。
「これは……今日の星占い、一位かもしれぬな」
確認するため、そこに降りてみる。随分と森の奥深い場所のようで、降りてしまえばもう何処が何処だか分からない。しかし、ここに確かに結界がある。
草をかき分ければ、術根が発見できた。確か、第二組織の結界解除が三々七拍子だったから、ここは三本締めのリズムか。もしくは一回強く叩いてみるか。いや、それは白刃達を呼んでからでもいいか。木の前に立ってそんな事を考えていると、横から紅蛾に話しかけられる。
「あら、覇白じゃない。一人なの?」
「私は一人だが……」
何故彼女がここにいるのだろう。確かに彼女は魔潜に関係を持っていたようだが、もしかして……そこまで考えた所で、紅蛾が困った顔をして覇白に告げた。
「ねぇ覇白、貴方にこんな事頼むのもどうかと思うけど。助けてほしいの」
「な、何かあったのか?」
「正確に言えば、私ではなく紅蝶をなのだけれども。貴方しか頼れないの。お願い、出来るかしら?」
紅蛾がこのように頼みごとをしてくるのは初めてだ。頼られている気がして、一種の嬉しさがある。しかし、自分で解決出来なかったと言う事は、かなりの大事ではないのか。
紅蝶には仮にも義理の妹としての認識がある。放ってはおけない。
「分かった、出来る限りの事をしよう」
「えぇ、感謝するわ」
紅蛾は微笑むと、覇白の手を掴み己の身に引き寄せる。それと同時に、引き込まれるように覇白は目を閉じた。
「全く、純粋も考え物よねぇ……」
少し考えれば分かる事だろうに。まぁこういう所も彼の魅力、自分をあそこまで愉しませてくれる一つの要素なのだが。
龍としての力を少し拝借すれば、紅蛾でも持ち運べる子龍くらいの大きさになる。確か、最初に出会った時はこのくらいだっただろうか。懐かしさも感じながら、それを連れて姿を消した。
そして、元の場所に戻ると、待っていた彼女がそれに感づいてこちらを見た。
「あら、その子がアナタのフィアンセ? 思っていたよりも小さいわね、子ども?」
「小さくして持ってきているのよ、いくら小娘でもそのくらいは考え付きなさい」
「言っておくけど、下手な事したら私も許さない。何より、この子の主は途轍もない子よ」
あの時も、龍ノ川に連れ帰らされているだなんて知らなかっただろうに、覇白の主である人間は龍ノ川までやって来た。それはもう、大層お怒りの様子で。あの時の畏怖は今でも思い出せる。だからこそ、これは本気の忠告でもあった。
「龍にそんな事言わせるなんて、余程恐ろしい子なのでしょうねぇ」
「時に魔は、超越者をも堕とす……選ばれた魂がどれ程のモノか、愉しみだわぁ」
扇羅はなんとも愉快そうに笑うよからぬ気配しかしないが、彼女はそういう女なのだろう。
そして、白刃達だが。
暇潰しに山砕をくすぐっていた白刃。くすぐったそうに身をよじる山砕に上機嫌だったのだが、その空気が突然変化した。
この感じ、覚えがある。
「し、白刃?」
いち早く変化に気が付いた尖岩は、嫌な予感がしながらも恐る恐る声を掛ける。そうすると白刃は、怒りともとれる感情を帯びた声で一言。
「売られた喧嘩は、買うのが礼儀だ」
そんな言葉、堅壁育ちが何処で覚えて来たのだろうか。怒っている白刃は普通に怖い。
「尖岩、栗出せ」
ここで言う栗は、尖岩が使用できる術である、雲に似た形の乗り物「栗三号」の事だ。これは、前に覇白が行方不明になった時とまんま同じ流れだ。
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